遺体を持ち帰る事が出来なかった兵士の代わりに、できるだけ多くの胸章を持ち帰ることでその犠牲に対し敬意を払うようにした。毎回毎回多くの犠牲者が出る中で、全ての兵士に同じ対応をできるわけではないのだが少しでもその犠牲を背負えるようにと。
エクトルの右腕と団服を持ち帰った時、本当は自分がクロエにその死を知らせに行くべきだったのかもしれない。けれど、いつもみたいに冷静にその死を受け入れることができなくて友人があれだけ大切にしていた妹に合わせる顔がなくて、結局別の人間に任せてしまった。あれは仕方のない事だったなんて慰めをかけられても、そうは思えずあの光景がしっかりと記憶に焼き付いてしまっている。
リヴァイは壁の上から街を超えた先に広がる広大な大地を見つめながら、小さくため息を吐いた。

『兵長、ここに居たんですね』
「…クロエ」
『探してもなかなか見つからなくて』

立体起動で壁を上がり苦笑いを浮かべながら歩み寄って来たクロエにリヴァイは少しだけ目を見開いた。ハンジから兄の話を聞いたであろうすぐ後に、よく自分のところに来ようと思ったなと。責められても仕方がないと思っていたのに目の前にいるクロエからはそんな気配は感じられず、いつも通りの柔らかい雰囲気が伝わって来た。
隣いいですか?と聞かれ、ああとだけ短く答えまた視線を遥か遠くの大地に戻す。

「体調はどうだ」
『もう大丈夫ですっ。すみません迷惑かけて』
「いや」
『…兵長あの…』
「ハンジから話は聞いたのか」
『あ、えっと…はい。聞きました』
「そうか」

穏やかな風が二人の髪を揺らし、通り抜ける。とても平和な時間が流れているような気がして、しばらく沈黙が続いた後にリヴァイがゆっくりと口を開いた。

「オレが憎いか?クロエよ」
『…え?』
「あいつはオレを庇って死んだ。オレがいなきゃ、あいつがあそこで死ぬことはなかったからな」

単刀直入なその質問にリヴァイを見ると、遠くの大地を真っ直ぐに見つめたままいつもと変わらない無表情な横顔が映り込んだ。
恨まれていようが、憎まれていようが正直どちらも受け入れることはできた。それが妥当な判断だと、自分でも納得がいくから。クロエはそんな問いに一瞬俯いたがすぐに顔を上げて口を開いた。

『兄は兵士として最善の選択をしたんだって、私は思ってます』
「………」
『人類を救うという視点から考えれば、兵長の力は必要不可欠…調査兵団の要ですから。当然の判断だと思います。…けど』
「…なんだ」
『兄はただ、友人であるあなたを…守りたかったんじゃないでしょうか』

その言葉にクロエを見ればエクトルと同じ青い瞳が真っ直ぐ自分に向けられている。下唇を少しだけ噛み締めながらそう言ったクロエの拳が震えているのが視界に入りリヴァイは目を細めた。

『兵長が責任を感じる必要なんてないです』
「……」
『誰のせいでもない。むしろ…兄が守りたいと思ったものを守らせてくれた兵長には、感謝しています』
「お前…」

予想をしていた反応とは、えらくかけ離れたクロエの行動。自分の兄の死の原因を作った張本人が目の前にいるというのにどうしてここまで受け入れられることが出来るのだろう。あまりにも純粋で真っ直ぐな心根に、何も言い返すことができなかった。

『それとあの…。ハンジさんから聞きました…。兵長が兄の右腕と団服を見つけて持ち帰って来てくれたって』
「……」
『酷く汚くて、またいつ巨人が襲ってくるかも分からない様な場所で…兵長はずっと…兄を見つけようとしてくれた。そんな人を私は憎めないし、恨んだりしません。それに兵長は兄の、エクトルの大切な友人ですから』

きっとエクトルも、同じことを思っているんだろうなと感じた。死の間際に伝えた言葉を忘れずにいてくれた友人の思いや行動に、きっと感謝しているだろうと。

「クロエ」
『はい?』
「…お前はそれで、後悔はしねぇのか」
『後悔、ですか?』
「自分の中でそう納得付けて後悔はねぇのかって事だ」

真っ直ぐ遠くの景色を見つめるリヴァイの横顔を視界に収めながら、心の中で自問自答してみる。が、そもそもそんな事は必要なくてはなからエクトルの死がリヴァイの責任だとも感じてはいなかった。だからこそ素直な気持ちで感謝もできたのだし、こうして面と向かって話をしていられるのだ。

『後悔なんて、してないです』
「……」
『私は兄を尊敬しているし、その想いを生かし続けてくれる兵長には本当に感謝してます。だから後悔はありません』
「…そうか」

ずっと胸の奥でつかえていたシコリが、クロエの言葉でかき消されたような気がした。

「…クロエ」
『はい』

いつ以来だろう。こんなに温かい気持ちに包まれたのは。女の笑顔を見て綺麗だと思える感情を自分が持ち合わせていたなんて思いもしなかった。

「ありがとうな…」


心にはまだが生きていて
(…え、兵長…怖いです)
(今のは聞かなかった事にしといてやる)


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