『兵長』
「なんだ」
『ハンジさんから聞いたんですけど…』

兄の話を聞いてから、ずっと疑問に思っていたことがある。クロエは隣に座るリヴァイに視線を向け首を傾げながら口を開いた。

『兵長って、調査兵団に入る前は都の地下街に居たって本当ですか?』
「…ああ?」
『す、すみません…気になって』

やはり聞いていい質問ではなかったのだと焦るクロエ。リヴァイは一表情を歪めその問いの意図を読み取るため思考を動かした。大方ハンジにでも自分とエクトルは兵団に入る前から親しかったようだと聞いて疑問に思ったのだろう。その問いに答えてもいいのだが、正直クロエがどんな反応を見せるのか一瞬だけ不安に思った。だがいずれは話そうと思っていた内容だし、今がそのタイミングなのかもしれない。
まだ風化するには鮮明すぎる記憶が蘇り天を仰ぐと目の前に広がった青空。どこまでも続くあまりにも広大で美しい景色を想像しながら、あの頃は随分と長い間思いを馳せていた気がした。

「あのメガネ、余計な事まで言いやがって」
『え、じゃあホントに地下街にっ…?』
「だったらなんだ」
『…うそ…。え、本当ですか兵長っ…』
「なんだ、オレが冗談言う面に見えるのか?」

信じられないと言いたげな表情で自分を見つめてくるクロエ。訳が分からなくてただただ眉間にしわを寄せれば次の瞬間にはガシッと腕を掴まれて顔には出さないが内心かなり驚いた。

『兵長!』
「だからなんだ。デケェ声出すな」
『お、落ち着いて聞いてくださいっ』
「オレはいつも落ち着いてる。お前が落ち着け」
『私、兄から聞いてたんですよ!』
「何をだ」
『リヴァイ兵長のことをですっ』
「……は?」

クロエの言葉に少しだけ目を見開くと、エクトルのあの無邪気な笑顔が脳裏に蘇る。自分には妹が居ると嬉しそうに言っていたあの日から、リヴァイが惚れたら困るとか、変な虫がついたら嫌だとか馬鹿なことばかり言っていた過保護な兄。冗談でそんなことを常々言ってはいたが本音は危ないことに妹を巻き込みたくなかっただけ。のはずなのに、地下街に住む自分たちの存在を口にしていたなんて想像もしていなかった。

『訓練兵になる前の兄は、ふらっとどこかに出かけてはケガして血の匂いさせて帰って来てて、私それが心配である日兄に聞いたんです。どこに行ってるの?って』

今まで疑問に思っていた全ての謎が綺麗に線で繋がっていく感覚に、クロエは小さく笑みを浮かべた。

『そしたら兄さん、嬉しそうな笑顔を浮かべてこう言ったんです。…地下街に、すごく面白い大事な友達がいるって』
「………」
『あの時はそうなんだって思っていただけだったけど、今はそれが兵長のことだったんだって分かりました』

心底嬉しそうに笑うエクトル。地下街は危険な場所だと聞いていたのに、なぜ彼があそこまで嬉しそうに笑っていたのか今ならそれもわかるような気がする。

『なんか、運命みたいですね』
「…なに言ってんだお前。バカか」
『兄妹そろって兵長にお世話になるなんて、なかなかないじゃないですか』
「そんな迷惑な運命いらねぇよ。手ぇ離せ、汚ねぇ」
『酷くないですか?』
「普通だ」

神経質で粗暴でかなりの問題児だとは思うが、兄がどうしてリヴァイを信用しそばにいたのか身を持って知ることができた。クロエは掴んでいた手を離すどころかぎゅっと力を込めると、ふわりと柔らかい笑顔を浮かべながら口を開いた。

『私、兵長の部下になれて良かったです』
「………そうか」

そんな真っ直ぐな瞳は確かに兄エクトルによく似ていた。



「まじで死ね…クソチビ…」
「ああ…?お前が死ね」

ードサッ


お互いの顔に拳がめり込みほぼ同時に力尽きた少年リヴァイと、エクトルの体が地面へと倒れた。周りでは数時間続いた殴り合いに表情を歪める者、拳を突き上げもっとやれと煽る者が綺麗に分かれて居てリヴァイは鬱陶しと痛みに舌打ちをした。口の中に広がる血の味に自分が生きているんだと実感させられながら。

「今日もリヴァイとエクトルは互角かよっ!」
「暇つぶしにはなるが、賭けにはならねぇな」
「人のケンカを金で買うんじゃねーよ、おっさん」

上半身だけを起き上がらせたエクトルはぺっと血の混じった唾を吐き捨てると、周りの取り巻きを睨みつけ手の甲で口元を拭った。今だに起き上がろうとしないリヴァイに視線を戻すとゆっくりと立ち上がり近づいていく。
ケニーが自分の元を離れてからしばらくした頃、入れ代わるようにしてリヴァイの目の前に現れた少年エクトル。自分より頭一個分背が高く見下してるような視線が気に入らないという理由で、出会ったその日に殴り合いの喧嘩をした。それから半年、どこからともなくふらっとやって来るエクトルと顔を合わせれば始まる殴り合い。今では地下街のちょっとした催し物と化していた。

「なあ、リヴァイ…」
「…ああ?」

自分を見下ろしてくる不細工な腫れ顔が視界に入り、リヴァイは表情を歪めながら返事を返す。

「オレたち、親友になれそうだ」
「………バカだろ、お前」


兄妹って
(なんでこんなにお人好しなんだか…)


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