『あ』
「………」
『お疲れ様です兵長』
「…ああ」

ハンジからリヴァイとエクトル、それに地下街での仲間の話を聞いてから数日後のこと。よく晴れた昼下がり、この日クロエは久しぶりに非番を使い兄の墓参りに出かけることにした。いつも着ている堅苦しい団服を脱ぎ、シンプルなロングワンピースにカーディガンをさらっと肩掛けして町へ出ようとした時だった。ちょうどエルヴィンの遣いから帰ってきたリヴァイと遭遇したのは。

「…今日は非番だったか」
『そうなんです』

いつもと雰囲気の違うクロエを前に、リヴァイは一瞬だけ目を奪われ少しだけ驚いたような表情を浮かべた。やはり団服を着ている時は兵士として扱えるし、特別容姿に華が出るわけではない。けれど今目の前にいるクロエは女性特有の柔らかい雰囲気を放ち兵士とはかけ離れた姿をしている。こんな格好で本部内をうろうろすれば確実に周りが騒つくことだろう。

『あの兵長…』
「あ?」
『私の顔に、何か付いてますか?』

そう言いながら首を傾げたクロエ。本人は無意識なのだろうが身長差から自然と上目遣いになるその視線に、不覚にも可愛いなんて柄にもない気持ちを抱いてしまった。そんな自分に舌打ちをしたい気分だ。

「いや…」
『そうですか。…あ、兵長』
「なんだ」
『襟、少し曲がってますよ』

すっと自然な動作で伸ばされた手によって、乱れた襟を直される。たったそれだけの、本当に一瞬の出来事だったがリヴァイは心底驚き表情を歪めた。まず潔癖症の自分に触れる他人の手を跳ね退けなかったことと、目の前でにこりと笑うクロエを見て悪くないと思ってしまったこと。自分の部下にとクロエをそばに置いたあの日から暗闇続きだった自分の世界に光が差し込んで来たような気がしていて、なんとも言い表せない気持ちには正直戸惑っている。

『はい。これで大丈夫です』
「……」
『あの、手は綺麗ですからねっ?』
「誰も汚ねぇなんて言ってねぇだろ」
『そうゆう顔をしてたので…』
「生まれつきだ。悪かったな」

ぷいっと顔を背けたリヴァイに苦笑いを浮かべるクロエ。

『引き止めてすいませんでした』
「それはいいが。…町へ行くのか?」
『はい。壁外調査前に、兄に挨拶して行こうと思って』
「アイツの墓参りか」
『兵長も一緒にどうですか?』

冗談で言ったつもりだった。絶対に断られると予想した上での問いかけだったのだが、少し考えたリヴァイから返って来た返答は予想していたものとは真逆の答えだった。

「少し待ってろ」
『へっ…?』
「エルヴィンに報告を済ませて来る。また勝手に動き回るなよ」
『え、あの…いいんですか?行くんですか?』
「なんだ。てめぇ自分から誘って来たんだろうが」
『いや、まさか行くなんて言わないだろうなと…』
「……オレはそこまで薄情じゃねぇよ」

少しばかり表情を歪めてそう言い残し去って行くリヴァイ。死んでもなお、仲間を大切に思ってくれるその姿勢にクロエは胸に熱くなるものを感じ感動を覚えた。

『素敵だなぁ、兵長…っ』



リヴァイと町に出ることは仕事以外では初めてのことで、なんとなくいつもと違う雰囲気に緊張している自分がいる。そこまで人が溢れているというわけではないが、相変わらず賑わいはあり活気に満ちていて壁一枚隔てた向こう側に巨人がいるとは思えない、いたって平和な光景が目の前には広がっていた。

『付き合ってくれてありがとうございます、兵長』
「別に構わねぇよ。…丁度いい口実にもなったしな」
『口実?なんの口実ですか?』
「都のブタ野郎共との会議に出席しろとエルヴィンに言われていたんだが、頭まで肥腐った奴らのうるせぇ話しを聞くなんざ時間の無駄だろ」
『え、断って来ちゃったんですか?』
「ああ。オレはアイツら嫌いだしな」

ぴしゃっと何食わぬ顔で言い切ったリヴァイには恐れ入る。都と言えば恐らく王政の人間とのかなり大事な話し合いに違いない。それこそ調査兵団の存続を視野に入れた重大な内容ばかりだろう。それをただ個人的に嫌いだからという理由で欠席する自由さが許されるのは、リヴァイが人類最強と呼ばれているからなんだろうなと思う。

『…兵長、あなた一応団長の次に偉いんじゃないんですか?いいんですかそんなワガママ言って…』
「良いも悪いもねぇよ。ブタとどうやって会話しろってんだ」
『…………』

もう彼らを人間とすら認識していないリヴァイに改めてとんでもない人の部下になってしまったんだなと思い知らされた。
しばらくはそんな他愛もない話をしながら歩いていると、リヴァイは結構喋るんだという事に気付く。クロエが何かを問いかければちゃんと返事を返してくれるし、色んなことをよく知っていてあれがああだとかこうだとか聞いていない事も愚痴混じりだが教えてくれる。ただ言葉遣いは最高に悪くさすがは地下街のゴロツキだっただけの事はあるなと感じた。喋らないときは本当に口を閉ざしているのに、今日は嫌な会議を逃れたからか機嫌がわりと良くてクロエも誘ってよかったと笑顔を浮かべたまさにその時だった。

ードンッ
という鈍い音と軽い衝撃がクロエの体をよろけさせ、誰かとぶつかったことに気づく。顔を上げれば目の前には自分よりも遥かに背が高く体格のいい悪そうな男が肩を押さえてこちらを睨みつけていた。

「ってぇな。女、どこ見て歩いてんだ」
『あ、すみませ…』
「ああ…?」
『え…』

すぐに謝ろうと口を開いたがリヴァイによってそれは叶わずクロエの肩に手を置き庇うように立ち塞がる。もう嫌な予感しかせず止めに入ろうとしたが、リヴァイが片手でそれを制した。

「てめぇこそ、どこに目付けて歩いてんだ」
「ああ?なんだお前なめてんのか?先にぶつかって来たのはその女だろうが」
「なぁ、オイ。冗談はそのブサイクな面だけにしろ」
「ブサッ…!んだとてめぇ!!」

もともとの目つきの悪さもありリヴァイの態度は男を煽るのには十分なほどの威力があった。二人の間には明らかな険悪ムードが漂い始め殴り合いになるのは時間の問題。クロエはリヴァイの後ろでどうしたものかと慌てるが、完全に止めに入るタイミングを失ってしまいすぐに謝って立ち去ってしまえばよかったと後悔した。

「止めとけ。怪我したくはねぇだろ」
「は?てめぇみてぇなチビ相手に怪我なんてしねぇよっ」
『(あわわわっ…。それ禁句っ…)』
「そうか。なら加減しなくていいよな」
「あぁ?」

リヴァイの言葉に嘲笑うかのような笑みを浮かべた男が石の地面に膝をついたのは数秒後のことだった。


いつもと違うを前に
(見栄を張りたくなったのかもしれない)


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