「ぐぁぁあっ」
「どうしたクソ野郎」
『………』
「オレみたいなチビ相手なら、怪我しねぇんじゃなかったのか?」

リヴァイに片腕を捻り上げられ抵抗できないまま地面に膝を落とす男。自分たちよりも遥かに体格のいい人間を押さえ込むその姿は、側から見れば異様な光景だろう。今日が非番でリヴァイもたまたま団服を着ていなくてよかったと心底思ったクロエ。これ以上騒ぎになって駐屯兵でも来ようものなら後処理が面倒くさくなりそうだ。

『兵長、あのっ…その辺にして下さいっ』
「ああ?」
『もう十分ですよ!人が集まって来ちゃいます』
「丁度いいじゃねぇか。見せしめになる」
『そうじゃないでしょうっ』
「おい!兄貴を離しやがれチビが!」
『わっ…!?』
「!」

急に背後から両腕を拘束され引き寄せられる。ぐらりと傾いた体が別の男によって支えられ、それがリヴァイが押さえつけている男の仲間だという事はすぐに分かった。

「女離して欲しけりゃ兄貴離せ!」
「…オイ」
「うっ…な、なんだよ」
『兵長…?』

男によって拘束されたクロエが視界に入った時にはもう、体が勝手に動いてしまっていた。
手加減してでもリヴァイの相手ではない不良の端くれ二人。まず押さえつけていた男の脇腹を思い切り蹴って気絶させた後、すぐに仲間の男に歩み寄りクロエを拘束していた手を無理やり引き剥がす。そして顔面めがけて勢いよく振り抜いた拳は見事に頬にめり込み、男が倒れたところで胸倉を掴むと至近距離で睨みつけた。

「汚ねぇ手でオレの部下に触んじゃねぇよ」
「う、うぐっ…」
「汚れちまうだろうが」
『ちょ、やりすぎですっ…!』
「お前も簡単に捕まってんなクロエ」
『す、すみません…』

ちっと舌打ちをして突き飛ばすように男から手を離すとハンカチで自らの手を拭うリヴァイ。小さく悲鳴を上げ震えている男をもう一度睨みつけてからクロエの腕を掴み歩き出す。軽い騒ぎにはなったが駐屯兵が来るわけでもなくとりあえず胸をなでおろした。

「お前、少し警戒心ってモノを身に付けろ」
『え、あ…はぁ…』
「隙だらけだ。気づけ」
『自分ではそうは思わないんですが』
「それはお前がマヌケだからだ」
『ひどっ…!』

肩をガックリと落としてうな垂れるクロエ。酷いことを言ったとは思わないし、むしろ的確なアドバイスをしてやったんだから落ち込む事はないだろうと思った。
クロエが男に捕まった時、まるで自分が汚い手で触れられたかの様な感覚になりとてつもない不快感に襲われた。自分でも少し驚いてはいるがなぜそんな風に思ったのかなんて考えたくはない。リヴァイは掴んでいた腕を離すと歩く速度を落としクロエの歩幅に合わせて歩き出した。



エクトルの墓石は小高い丘の上にあって、ふわりと髪を撫でる風が吹き抜くとてもいい場所に建てられていた。町で買ってきた花を置き、墓石に向かって手を合わせるクロエ。何を思いどんな言葉をかけているかは分からないが、その横顔はとても綺麗に見えた。

『よしっと…』
「いいのか?」
『はい。でももうちょっとここに居てもいいですか?』
「ああ」
『ありがとうございます』

墓石の前に腰を下ろしたクロエに続いてその場に座るリヴァイ。特に兄であるエクトルの思い出話をするわけでもなく少しの沈黙が流れたあと、クロエはため息混じりに口を開いた。

『いよいよですね、壁外調査…』
「…不安か?」
『それはもう…。リヴァイ班の一員として、ちゃんと役割を果たせるか不安です』

膝の上でぎゅっと拳を握りしめるクロエにリヴァイの視線が向けられる。

『…兵長は、不安になったりするんですか?』
「ああ?」
『いやそのっ、変な意味じゃなくて…っ。リヴァイ兵長はいつも冷静で巨人を前にしても臆することがないと聞いていたので…』

正直今はそんなリヴァイが羨ましく思えた。兄の死を知り、リヴァイ班という大きな名を背負い、今回は初列索敵という重要な任につく。前回の初陣から考えると難易度は一気に飛躍し、寡黙で父親のようだったミケの下にいた時には感じなかったプレッシャーをひしひしと感じるようになった。壁外調査の日が近づけば近づくほど緊張感は高まり、クロエはそんな気持ちに呑まれまいとエクトルの墓前に足を運んだのだ。
リヴァイにそれが伝わっているかは分からないが何かを察したのか軽くため息をつくと、俯くクロエの名を呼びロイヤルブルーの大きな瞳と視線を合わせた。

「不安なのはお前だけじゃない」
『…そ、そうですよね。思ってる事はきっとみんな同じですよねっ。巨人を前にして平気でいる方が難しいし、不安じゃない兵士なんていないですよね』
「まあ、そうだが。そういう意味じゃねぇよ」
『え?』
「お前が不安なように、オレも不安は感じる」
『…兵長も、ですか?』
「なんだ。おかしいか」
『い、いえっ…。ただちょっと、意外で』

すみませんと苦笑いを浮かべるクロエ。

「まあオレの場合、巨人に喰われるかどうかの不安じゃないがな」
『…と言うと?』
「部下を一人でも多く生かせるかどうかの不安だ」
『……兵長…』

ハッキリとした口調でそう言ったリヴァイは視線を逸らしエクトルの墓石を見つめた。あの時、あの瞬間もっと必死になってエクトルを止める選択を取っていたら彼は今もここにいたかもしれない。妹の成長を間近で喜び、いつもみたいにくだらないやり取りができたかもしれない。
大切な仲間と友を失い、リヴァイが感じた事はどんな結果が待っていたとしても悔いのない選択を選ぶこと。最後にどうなるかなんて誰にも分からなくて、なにが正しいかなんて事は誰にも決められない。
こんな風に不安なんて言葉をあえて口に出すなんてらしくない、そう思いながらクロエを見ると感極まった様な表情を浮かべていた。

「なんて面してんだてめぇは」
『…兵長…』
「あ?」
『私、兵長のそうゆうところが大好きですっ』
「………」

クロエの言葉に一瞬思考が停止しかける。

『いつも兵長は不機嫌で口悪くて怖くて神経質だけど』
「オイ」
『部下を思う気持ちは兵団一だと思います!』
「褒めてんのか貶してんのか分かんねぇよ」
『リヴァイ班の名に恥じない様に、私頑張りますね』
「人の話聞いてんのか」

次第に熱のこもった口調になっていくクロエに若干の面倒くささを感じたが、やはり手のかかる可愛い部下には変わりなくて…リヴァイは分からないくらいに小さく笑みを浮かべるとクロエの頭に手を乗せ視線を合わせた。

『兵長?』
「なあクロエ」
『はい』
「どんな状況にしろ、オレは最善を尽くすつもりだ。だからお前は…」
『……』

どんなことがあっても、守ると誓った。

「絶対にオレの前から居なくなるなよ、クロエ」


いってきます
(お前の妹は、絶対に死なせないから)


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