かの有名な人類最強リヴァイ兵士長はその見た目と粗暴で神経質な性格とは裏腹に、兵団一部下思いな上官だとクロエは思っていた。厳しいし言葉による暴力なんてお手の物だけれど部下の為なら自分が危険に晒されることを厭わない、一人一人の命を背負ってくれる人だと。

「ふぅ…。いよいよ明日ね」
「不安で仕方ないよ…」
「何を言ってるんだ!オレたちの力で巨人供を駆逐する絶好の機会なんだぞ!もっと張り切れ!」
「……そう思ってんのアンタだけだからドニー」

明日の壁外調査に向けて装備品の最終チェックをしている最中、げんなりした表情のオリヴィアとヘイズと違い拳を握りしめ闘志をあらわにするドニー。その表情は兵士の手本そのもので、きっとドニーに一番向いている仕事なのだろうと確信に近い気持ちを抱いた。

「あ、あと兵長くらいか…平気そうなのは…」

そう言い少し離れた場所でクロエの最終チェックを手伝っているリヴァイに視線を向ける。時折笑顔を見せながら楽しそうに話をしているクロエを見て、何であんなに笑えるんだとオリヴィアとヘイズは疑問を抱いていた。
だって相手はあの仏頂面のリヴァイ兵長だぞ、と。

『兵長、自分でできますっ』
「は?さっき鐙の破損に気づかなかっただろ」
『…あ、あれはその…』
「壁外で馬に乗れなくなったら死んだも同然だと言ったよな」
『は、はい。聞きました』
「見落としてんのに一人で出来ますじゃねぇだろうが」
『すみません…。一緒にお願いします』
「最初からそう言っとけ、面倒くせぇ」

隣にいるクロエに視線を向ければ申し訳なさそうな表情を浮かべている。

「あの二人ホント仲良いわよね」
「クロエは怖くないのかな…?」
「……(今日も天使だ。オレのクロエ)」
「元々苦手だったって言ってた。今も時々怖いって感じるけど、配属された時よりだいぶ慣れてきたって」
「…僕にはその慣れが来ない…」

オリヴィアの説明にガタガタと体を震わせるヘイズ。彼はもともとリヴァイが苦手で話すどころか目も合わせられないのだ。

「私だって慣れないわよ…」
「なぁ、二人とも」
「ん?」
「なによドニー」
「…ずっと気になっていたんだが…」

クロエは兵長が好きなのだろうか?

「「………」」

視線の先にいる二人をじーっと見つめながらそう問いかけてきたドニーに、オリヴィアとヘイズは一瞬言葉を失いフリーズした。確かに二人は常日頃から一緒にいる事が多い。それはクロエが直属の部下ということもあるのだろう。ハンジとモブリットのような。リヴァイも直々にクロエを引き抜いたくらいだし、気に入っていない…ということはないだろう。と言うか、その逆だとオリヴィアは感じていた。
そんな風に言われてしまうと女性特有の好奇心からか、実際はどうなんだろうと気になってしまい真相を問いただしたくなる。

「なんでそう思ったのよ」
「ただ純粋に、兵長はかっこいいからな。クロエもああして頼りにしているし、惚れていてもおかしくないからだ。男のオレですら兵長には惚れ惚れしている」
「ドニーの趣味は別として、確かに日頃から二人でいるよね」
「ああ。兵長は特定の誰かと群れるようなタイプじゃない」
「ふふっ。意外と気に入ってんでしょ?自分で引き抜いた部下だし」
「優秀だしね」
「それに可愛いしな。天使だ」
「「…は?」」
「あ、いや…。なんでもない」

一瞬鼻の下を伸ばしかけたドニーはすぐにキリッと表情をつくり止めていた作業の手を動かす。まあ分かりやすいしドニーがクロエに好意を寄せていることくらいお見通しなのだが、叶わないそれにオリヴィアとヘイズは同情のため息をついた。

「エクトル分隊長の妹ってのもあるし、やっぱり気にかけるよね」
「私はそれだけじゃないと思うけどねぇ」
「え?それって?」
「面白いから後でクロエに聞いてみようよ」
「オレは例えクロエが兵長を想っていても、それを受け入れることのできる器の広い男だと思われたい!」
「……夢みるのよしなさいドニー」

呆れた表情を浮かべ、この話は一時中断。
昼食にうまくクロエを誘い出して、リヴァイに対しての想いを聞こうとオリヴィアは愛馬の背中にブラシを通した。



「で、あの…なんでハンジさんもいるんですか?」
「ふふふふっ。なんか楽しそうだな〜って思って」
「分隊長、悪趣味にも程があります…」
「いいだろ?モブリット。君も気になるくせに」
「リヴァイ兵長に知れたらどうするんですっ」
「その時はクロエを盾にするから大丈夫!」

呼んでもいないのにどこから話を嗅ぎつけて来たのか笑顔を浮かべてオリヴィアの目の前に座っているハンジ。その隣ではモブリットがため息ついていた。面白いことに首を突っ込みたくなるのは分かるが、本当にどうやって嗅ぎつけて来たのかハンジの情報網には少し気味の悪さを感じた。

『あ、オリヴィアさん、ヘイズさん、ドニーさんっ』
「(来たかオレの天使!)」
「クロエ〜!こっちだよ〜」
『あれ、ハンジさん?』

食堂のドアが開き待ち人であるクロエがやって来ると、ハンジは嬉しそうに手をひらひらと振り笑顔を浮かべた。

「やっと来たわねクロエ〜」
「なに?リヴァイに仕事でも頼まれた?」
『あ、はい。兵長に執務室の掃除しろって言われて』
「ぐふふ…リヴァイのやつ、一秒でも長くクロエをそばに置いておきたいんだよ」
「分隊長…悪趣味です」

ハンジの呟きに含み笑いするオリヴィアとヘイズ。なぜ二人が笑っているのか分からなくてクロエは首を傾げたままハンジの隣に腰を下ろした。

「ねぇクロエ」
『なんですか?オリヴィアさん』
「あんたさ、兵長の部下になって半年は経つけどぶっちゃけどう思ってるの?リヴァイ兵長のこと」
『え、兵長の事をですか?』

少し他愛もない会話をした後に、気になっていた話だいへとシフトする。カップに入った水を飲みオリヴィアからの唐突な質問にこれまた首を傾げた。しかもドニーとモブリット以外の三人は何やらニヤニヤと怪しげな笑みを浮かべていてちょっと不気味だ。クロエは質問の意図が分からないまま『尊敬できる人です』と短く答えると、三人の口からははぁ〜と残念そうなため息が漏れた。

『な、なんなんですか…?』
「そうじゃないのよクロエ」
「それは僕らでも思う事だよ」
「クロエは間違っていないぞ!」
「あんたは黙ってなさいドニー」
『え?…あの、よく分からないんですけど…』
「よぉし。なら私が分かりやすく質問し直そう」
『ハンジさん?』

きょとんと大きな目を丸くしているクロエの肩に手を置き笑顔を浮かべるハンジ。小動物みたいで可愛いなあ、なんて一瞬思ったが早く本音が聞きたくて単刀直入に問いかけてみることにした。

「君さ、リヴァイの事好き?男として」

その瞬間、その場の時が停止したような感覚を覚えた。ハンジの想像以上の単刀直入っぷりにモブリットは頭を抱え盛大なため息をつく。

『…は?えと、なに言ってるんですかハンジさん』
「いやだからさ。リヴァイの事好き?って」
「す、すまないクロエ。もうちょっと噛み砕いて説明挟んでからその質問して下さいよ分隊長」
「え〜、だって面倒なんだもん。早くクロエの気持ちが知りたい」
「自分勝手はやめて下さいよっ」

悪気もなくけろっとパンを頬張るハンジの隣でクロエはいまだにぽかんと口を開けたままフリーズしている。流石に唐突すぎたかと思い向かい側に座っていたオリヴィアが肩を揺らすと、はっと我に返ったクロエの頬がみるみるうちに赤く染まり出した。

『や、やめて下さいよハンジさんっ』
「お。え、あれ?なんか照れてる?」
『て、照れてません!急になんなんですかっ?』
「ごめんクロエ。別に深い意図はないんだよ」
『ヘイズさん』
「たださ、あんたと兵長ってやけに仲がいいから実際どう思ってんのかなーっていう好奇心よ」

ニタ〜と怪しげな笑みを浮かべそう言ったオリヴィアの言葉に、そこで自分がからかわれていることに気づく。と言うか周りからはそんな風に思われているだと知ると急に恥ずかしくなる。
自分はただリヴァイの部下として一緒にいる時間が長いのは当たり前だと思っていたのだが、どうやら一部の人間からはそれだけじゃないように思われていたようだ。

「で、どうなんだいクロエ!」
『え、あの…兵長を、ですか?』
「実際仲良いし、嫌いって事はないわよねぇ」
『嫌いじゃないですけど…』
「あーもうっ、焦れったいなぁクロエ!」
「落ち着いてください分隊長っ」
「早く答えて!」
『え、いや、兵長は兵長です!私の上官ですっ』

あわあわと身振り手振りで答えるクロエ。まさかこんな質問をされるとは思っていなくて自分が今までリヴァイのことをどう思っていたのかうまく整理できずにいたことに気づく。なんせあのリヴァイだ。ハンジたちが期待しているような感情を持ち合わせているかどうかも怪しいところだ。

『あんな感じで怖いところはありますけど、強くて部下思いで頼りになるしカッコイイとは思います!でも、それ以外はっ…』
「それ以外はっ!?」

すかさずハンジが身を乗り出す。

『…いや、あの、だからっ…私は兵士で、そうゆうことを異性に抱いたことがなくて。だから兵長は兵長なんですっ。私にとって』
「…特別な思いはないってこと?」
『…はい、まだ』
「「「「「…まだ??」」」」」


束の間の
(まだってどうゆうこと!?)


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