朝。調査兵団はいよいよこの日を迎え門へと続く町の中心路に長蛇の列をつくった。
住民らがその姿を見ようと列を挟むようにして両脇に群れをなし、野次を飛ばす者や陰口を叩く者、拳を上げて声援を送る者などの様々な声が聞こえてくる。

「クロエ」
『はい?』
「最初の拠点まで、君の無事を祈るからねっ」
『…!ハンジさんっ(なんて優しいんだろう!)』
「くれぐれも巨人の餌にはならないよう気をつけるんだよ」
『はいっ!私もハンジさんの無事を祈ってますっ』

リヴァイ班の隣に並ぶハンジはクロエの頭をよしよしと撫でながら「心配だなぁ、大丈夫かなぁ」とわざとらしくリヴァイに視線を送り呟く。

「オイ、クソメガネ。汚ねぇ手でベタベタ触るんじゃねぇよ」
「やだな〜。私は可愛い部下を心配してるんだよ?」
「てめぇは自分の班の心配してろ」
「やだね、怖いねクロエ」
『え、あ…ははは』
「あ、そうだ!この調査から戻ったら私の班に配属させてもらえるようエルヴィンに頼んでおくとしようっ」
「ダメだ」

ハンジの提案をぴしゃりと断りクロエの頭を掴むと無理矢理前を向かせるリヴァイ。そんな行動がおかしくてハンジとオリヴィアはくすくすと小さく笑った。

「おーコワッ」
「…しっかり前見て走れよ」
『は、はいっ。すみませんっ』

エルヴィンの「開門」の言葉を合図に重量感のある音を立ててゆっくりと開く巨大な門。この先には美しい広大な大地が広がっているが、人を喰らう巨人も生息している。一度足を踏み入れれば命の保証はなくいつ死んでもおかしくはない。クロエは自分の斜め隣にいるリヴァイの背中を見つめた後、エルヴィンの号令と共に手綱を動かした。

「前進せよーー!!!!」

馬の駆ける音が大地を揺らしているような感覚に、クロエの心情とは裏腹に晴れ渡っている綺麗な青空。開放感を感じさせる広大さに一瞬見惚れてしまいそうになるがここは巨人の生息領域だと思い出し身を引き締め直す。

「散開ーー!!!」
「気をつけてねクロエ!」
『ハンジさんもっ』
「オイ、行くぞ!」
『は、はいっ』

エルヴィンの護衛に着くハンジ班から離れていき、リヴァイを筆頭にクロエたち四人が続く。いつ巨人と遭遇してもおかしくない状況に、緊張が徐々に高まって行く。いつだ、いつ現れる…と息を呑み冷や汗がこめかみを伝う。前回は初陣だったというのにこんな風に精神的に追い込まれることはなかったのに、今日はなんだか…いつも以上に気持ちが落ち着かない。

「クロエ、大丈夫?」
『…っ、あ…は、はい…』
「2回目の参加で初列の索敵任せられて平常心でいられる方が少ないわ。怖いだろうけど、私たちもリヴァイ兵長もいるから…大丈夫よ」
『…オリヴィアさん』

眉間にシワを寄せ、恐怖が入り混じったような表情でそう言ったオリヴィアの言葉にクロエの不安な気持ちが少しばかり和らいでいく。その後ろを走るドニーとヘイズに顔を向けると、言いたいことはオリヴィアと一緒なようで力強く頷いてくれた。

『(そうだ。大丈夫だ…。私にはこんなにも頼もしい仲間がついてる…っ)』

前回は守られながら後方で戦っていたが、同じ境遇の仲間がいる心強さを改めて感じ前を向き走り続ける。大丈夫。私たちなら必ず生きて帰れると信じながら。

「無駄なお喋りはその辺にしとけ。この先は平野で立体起動が使いにくくなる」
「「「……」」」
「巨人に遭遇したら出来るだけ戦わずに乗り切りたいところだが、そうも言ってられねぇ。その時はオレたちで始末をつけるぞ」
『はいっ…』



プシュゥゥ…。
頸を削ぐと蒸気を噴き上げながら倒れていく巨人を前に、ハンジは奇行種じゃなかったかと残念そうに呟いた。リヴァイたちと別れてから一時間後、エルヴィンの護衛についていたハンジ班は早くも巨人と遭遇し応戦。初列索敵にあたっている彼等の方角からもしばしば赤い煙弾が上がり巨人の存在を知らせている。

「分隊長っ、大丈夫ですか!」
「ああ、平気平気」

駆け寄って来たモブリットにいつもの調子で返事を返す。ハンジの無事に安堵のため息をつくと彼も同じように数キロ離れた先にいるリヴァイ班の身を案じている様だった。常日頃からクロエの面倒見がよかったから尚更気になってしまうのだろう。

「リヴァイと一緒だからってのはあるけどさぁ…」
「…ええ」
「やっぱり心配だよね。…特にクロエが」
「…全く同感です」
「もうホント頼むよリヴァイって祈りっぱなし」
「…私もです」
「……雨も、降り出しそうだね」

先ほどまで青々とした綺麗な空が広がっていたはずなのに、徐々に灰色の雲が顔を出して陽の光を遮り出す。少しだけ冷たくなった風がヒューっと吹き抜けると、自分たちの前を走っていた索敵班からとんでもない知らせが届いた。

「ハンジ!!急いで馬に乗れ!」
「…?どうしたのっ」

少し離れた場所にいたエルヴィンが急を要する雰囲気でそう声をかけてくる。ハンジが答えを聞く前にすぐさま馬に駆け寄り鐙に足をかけ体を上げようとしたまさにその時だった。
今一番見たくない色の煙弾が上がったのは。

「……っ!?」
「…奇行種だぁぁぁあー!!!!」


灰色の空が不穏を連れて
(ただ信じるだけでは思いは無意味となる)


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