『私たちを、信じてください』

その言葉とクロエの強い意志を秘めた視線に、兄であるエクトルと同じものを感じた。リヴァイが一時的とはいえ自分たちの元を離れることに不安や恐怖もあっただろう。だがクロエは兵団組織の存続を一番に考えリヴァイの背中をあえて押し、兵士としての責任と覚悟を通したのだ。
けれどリヴァイはそんなクロエの行動にいちもつの不安を抱かずにはいられなかった。それはイザベルやファーランをはじめ、エクトルや多くの仲間を失ってきているから。いろいろと納得のいかない未消化な気持ちを抱えたまま、リヴァイはエルヴィンの元へと急いだ。



『オリヴィアさん!!!』

リヴァイと別れてから数十分後。幸いなことに三人と合流するまで巨人と遭遇せずに済み、オリヴィアたちの姿が見えた時には束の間だが胸を撫で下ろすことができた。三人は後ろから聞こえてきたクロエの声に振り向き安堵の表情を浮かべる。

「…!!クロエ!?」
「よかった、無事だったんだ!」
「クロエー!!」
『みなさんも無事でよかったっ…!』

手綱を引き立ち止まりクロエを迎え入れる。が、そこにリヴァイの姿が無いことに気づくとヘイズは真っ先にそれを問いただした。

「兵士長は?」
『エルヴィン団長の救援に向かいました。さっき出現した奇行種に、中央の初列索敵班が全滅させられたって…』
「なんだと!?」
「ぜ、全滅!?」

その言葉に三人は血相を変えて驚愕する。クロエも視線を落として俯きかけたがリヴァイとの約束を思い出し、気を落としている場合ではないと自分自身に言い聞かせ力強い眼差しを三人に向けた。

『兵長はできるだけ戦闘を避けながら先へ進めと言ってました』
「私達だけで!?」
『はいっ。リヴァイ兵長ならきっとすぐに戻って来ます。不安はありますけど…私たちまで機能しなくなったら後列にまで被害が拡大する…。なんとか最初の拠点まで行きましょうっ』

今回の初列索敵班には、リヴァイがいたからそれでも生きて帰れるんじゃないかという希望は少なからずあった。自分たちは兵士長という絶対的な立場からの指示を待ち、それに従う。そうすれば大丈夫なんだと。だがこの状況はなんだ。まるで話が違うじゃないかとオリヴィアとヘイズは同じようなことを思っているのか青ざめた表情で顔を見合わせた。
確かにクロエは腕が立つし優秀だ。さっきも巨人を仕留めていたし、こうして自分たちの元へ戻って来た。しかし実戦での経験はほぼ新兵と同じで班をまとめる指導力もない。中途半端な力しか持たない自分たちと、新兵とでこの先の索敵が機能しなくなるのは時間の問題ではないのかと思ってしまう。

「僕たちだけで…っ、なんとかなるの!?」
『え?』
「この班にはリヴァイ兵士長がいてくれたから機能していたけど…っ。あの人無しで、しかもこんな平地でどうやって巨人を相手にしろっていうんだよ…」
「そうよ…私たちの力だけでどうにかなる状況じゃないわ」
『で、でもっ…』

弱気な二人の発言にたじろぐクロエ。

「やめないか二人とも」
「あんた…」
『ドニーさん?』

助け舟を出すかのようにクロエの肩に手を置き「大丈夫だ」と力強くそう言ったドニーが、同期の二人を見据え口をへの字に曲げた。

「新兵のクロエが覚悟を決めて先へ進もうと言っているのに、みっともないぞお前たち!」
「……っ。だって、明らかにこの状況じゃあ…」
「そ、そうだよドニーッ」
「調査兵団に志願したのだから受け入れろ!それに、兵長はオレたちを信じて前へ進めと言ってくれたはずだ!兵士なら戦う覚悟を決めたらどうなんだ!」

二人に向かって喝を入れているのだろう。普段はオリヴィアからからかわれてばかりいるけれど、今はとても頼もしく見えクロエはその大きな背中を見つめながら優しく微笑んだ。

『ドニーさんの言う通りですっ』
「クロエ」
『私たちならきっと大丈夫。先へ進みましょう』
「「………っ」」
「よく言ったぞオレの天使!」
『え?天使?』
「あ、いや…違う。なんでもない。…とにかく!ここで立ち止まっていては何も始まらない!それこそ巨人のエサになるだけだっ。先へ進むぞ!」

首を傾げて自分を見上げてくるクロエに顔を赤くして視線を泳がすドニー。そんな二人の姿にオリヴィアとヘイズは顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。希望が湧いてきたわけでもないし、ドニーに感化されたわけでもない。ただ、仲間を。この二人を信じて戦えば何とかなるかもしれないと思ったのだ。

「ごめん、尻込みして。行きましょう」
『オリヴィアさん…』
「確かに、ドニーの言う通りここにいても巨人のエサになるだけだね」
「ヘイズ…」

今一度手綱をギュッと強く握りしめ、四人はそれぞれの顔を見つめ頷くと馬を走らせ平地を駆け抜けていった。

『…(兵長…。どうかご無事で)』




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