「オイ、クソメガネ」
「なに…リヴァイ」
「これは一体どうゆう状況だ」
「…私が知りたいよ」

眼下に広がる地獄絵図を見つめながら、リヴァイとハンジは思いの外冷静だった。

「オレはここに…奇行種の討伐に来たはずだ」
「そうだよ。私もだ」
「…エルヴィンの無事は何よりだが…」
「これは、死に過ぎだ…」

真っ赤に染まった大地には人だった肉の塊があちこちに散らばり、それはもう見るに耐えない酷い有様だった。ハンジの少し後ろにいるモブリットは口元を押さえながら驚愕している。他の兵士たちも皆表情を崩し絶望しているようだった。
リヴァイが奇行種の発見場所であるこの場に駆けつけた時にはもう一帯が血の海と化していて、そこに居るはずの巨人の姿は見当たらなかった。それがおかしいのだ。代わりに灰色の雲がついに大雨を連れて来て、状況は悪化の一歩を辿っている。

「肝心の巨人はどこ行きやがった」
「移動したと考えていいだろう。すれ違わなかった?」
「注意はしてたが、この雨だ。視界が限られてる」
「…だよね。私も分からなかった」

ザァァアと勢いよく降り続ける雨。フードをかぶり辺りを見渡すが巨人らしい影は見えない。もし仮にすれ違っていたとしたら後列に被害が及ぶ為エルヴィンがすぐに数名の伝達係を向かわせている。奇行種の存在を確認したら黒の煙弾で知らせるようにと指示も出した。なんて最悪なハズレくじを引いたんだと舌打ちをし空を見上げると、途端にクロエたちの安否が気になりだし鐙に足をかけて馬に跨るリヴァイ。もう移動するのかとハンジに声をかけられ右翼側に視線を向けた。

「リヴァイ、まだ近くにいる可能性があるからもう少しここに…」
「…嫌な予感がする」
「え?」

なんの確証もないが胸の奥がザワつき始める。ただの胸騒ぎで終わってくれればいいのだがあのタイミングで自分がクロエの元から離れたことも、奇行種の出現も、この雨も霧も…すべてあの時と似ているのだ。初めての壁外調査で、イザベルとファーランを失った時のあの状況と。

「リヴァイ、どうしたの?」
「…煙弾が上がってからどれくらい経った」
「え…っと…そんなには経ってないと思うけど」

もし近くに巨人がいるのなら、自分たちの存在に反応して襲って来ているに違いない。けれど、リヴァイやハンジたちがここに来てからそういった雰囲気も気配も一切無く立ち止まることができている。もし、もしも出現した奇行種が自分たちがここに来る前に一番近くにいた人間たちの気配を辿りそちらに向かったと仮定したなら、この場所から一番近い初列索敵班は…。

「分隊長!!!」
「??」
「あれをっ!!!」

モブリットが指差す方向。それは今まさにリヴァイが向かおうとしていた方角。右翼側の初列索敵班…クロエたちがいるであろう場所で、悪い予感が的中してしまったんじゃないかと視線を向ければ今一番見たくなかった光景が映り込みその衝撃に心臓が痛いくらいに脈打ったのが分かる。雨と霧に覆われた視界の中、微かに見えたのは黒い煙弾が撃ち上がった跡だった。

「奇行種!?…いや、ちょっと待って…あの場所って…っ」
「っ…。オイ、ここは任せたぞ!」
「…っ、リヴァイ!!」

眉間にしわを寄せて舌打ちをしたリヴァイは一目散に手綱を引き馬を走らせる。その姿からは焦りだけが感じられ、さすがのハンジも動揺が先行しすぐに動きだすことができなかった。

「分隊長っ。あの方角にはクロエがっ…」
「ああ…最悪だ…」

常々奇行種に会いたいと言っているハンジも愕然とした表情を浮かべて煙弾の上がった方角を見つめている。今まで数え切れない程の仲間を失いその度に自分の力の無さを悔いて来た。エクトルが巨人に捕食された時もそうだ。駆けつけた時には彼の姿はもうなくて、そこに居たのは血の海に佇むリヴァイだけ。もうあんな思いはしたくないと溢れ出す感情に、ハンジはギリッと奥歯を噛み締めてエルヴィンの元へ駆け寄った。

「エルヴィン!今の煙弾を見た!?」
「ああ…リヴァイはどうした」
「先に向かった。それで、私情を挟んで申し訳ないんだがっ…私もクロエたちの救援に向かう。部下を置いていくから、エルヴィンには…」
「なら急げ。右翼側まで失いたくはない」

ハンジが何を思って意思表示をしているのか、エルヴィンには分かっているのだろう。最後まで言い終える前にGOサインが出て、ハンジは拳を握りしめ「ありがとう!」と感謝の言葉を口にすると愛馬に駆け寄り鐙に足をかける。近くにいたモブリットに視線を向けると何も言わずとも頷き、ハンジの意思を汲み取り受け入れた様子だった。

「頼むから、間に合ってくれよっ…!」

降り続く雨に打たれながら、ハンジは手綱を手にクロエたちの元へ急ぐ。


哀しみの足音
(それは降りそそぐ雨と共に訪れる悲劇)
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