それは突然のことだった。
「ヘイズッ!!!」
「いやぁっ!!」
『っ!!!!!』
リヴァイと別れ、オリヴィアたちと合流してからどれくらい時間が経ったのだろう。時の流れも忘れる程張り詰めた緊張感を保ちながら前進していたリヴァイ班。灰色の雲が大雨を連れて来たことに不吉さを感じながらも、少し離れた場所ではリヴァイたちが奇行種の討伐に成功しているに違いないと期待を膨らませていた。
あと少し辛抱すれば何食わぬ顔でリヴァイが戻って来てくれると信じながら、フードを目深に被り見通しの悪い道を進んでいた時だった。その巨体が目の前に現れ勢いよくヘイズの体を掴んだのは。
「うわぁぁあぁぁあっ!!!!」
『ヘイズさんっ!!』
「嘘だろっ!!どこから現れやがった!」
小さな林の中から体を横に回転させ転がって来た巨人は四つん這いになり一瞬動きを止めたかと思ったが、すぐにその腕を伸ばしヘイズを掴んだ。あまりにも一瞬のこと過ぎて他の三人は身動きすら取れない。全身から血の気が引き我に返った時にはヘイズの断末魔が聞こえて来た。
下半身の右足だけを食べられ噴き出す赤い血。壮絶な痛みに叫び声を上げ、目の前にいる巨人に視線を向ければ大きな目がぐじゅっと音を立てて動きさらなる恐怖がヘイズを支配する。
『…あ…ああっ……』
「ちくしょう!!クロエ!早く信煙弾を撃て!」
『……っそんな…』
「おいクロエ!!」
『…!!』
「早く撃て!!あいつは奇行種だ!!」
目の前の光景に驚愕し、ガタガタと体を震わせているクロエ。突然のことにパニックになりかけていたところをドニーが肩に手を置き振り向かせる。視線が重なり「急げ!」という言葉で我に返るとクロエは慌てて信煙弾に手をかけた。
『早くっ……早くっ…』
恐怖で震えているせいか、それとも雨に濡れて手が滑るせいか、うまく弾を込められず焦るクロエ。目の前で起きていることは現実なのか、この地獄はなんなんだと自問する。やっとの思いで撃ち上げた煙弾は黒い煙を吹き上げながら、雨の中周囲に最悪の知らせを届けた。
「なんでここに奇行種がいるのよっ!!!」
「知るか!!早くヘイズを助けるぞ!」
巨人に掴まれたままのヘイズに視線を移した時には下半身全体…腰のあたりまで大きな口の中に入っている状態で、クロエが小さな悲鳴をあげたと同時に、
「ぁああ"ぁあっ!!!たずげてっ…たずげでっ!やだやだ死に"だぐな"っ…!!」
バキャッ!
骨と肉が噛み砕かれた音を響かせながら、ヘイズの息絶えた上半身が地面へと落下した。その表情は絶望に満ちていて、ほんの数分前まで生きていた人間のモノとは到底思えない。一瞬の出来事に三人は愕然とした表情を浮かべたが、巨人は待ってはくれず次のターゲットを絞るためギロリと視線を下ろし不気味な呻き声を上げた。
『…!!立体起動に移りましょう!あの林を利用できるっ』
「…やるしかないよなっ。急げ!」
「来るわよ!!」
恐怖を感じながらも動き出したクロエに続いて手綱を引き近くの林に近づいていく三人。伸ばされた巨人の手をうまく交わしたが、奇行種というだけあり反応速度が速い。四つん這えのまま目の前にいたオリヴィアを食べようと頭から突っ込んで来た巨人。がちん!と歯と歯が重なり合う音が響きなんとか逃れるも馬が大勢を崩し勢いよく落馬しその体が地面へと叩きつけられた。すぐにクロエが振り返りオリヴィアに迫っている巨人へ近づこうとしたその時だった。
「いやぁぁあぁぁあ!!!」
「クロエ!下がってろ!」
『…!ドニーさん!!』
力強い眼差しを巨人に向けて、オリヴィアに意識がいっている隙にアンカーを巨人の足元に引っ掛け馬から飛び降り地面を滑るようにして勢いよく左足の腱を切り裂いたドニー。
そのおかげてガクンと力の入らなくなった左足を地面につけて動きに制限がかかる。その一瞬を見逃さなかったクロエが馬を加速させこめかみ辺りにアンカーを撃ち付け同じようにして馬から飛び降りガスを噴射した。クロエが巨人の目の前に現れたと同時に、赤い血しぶきが上がり目の前が真っ暗になった。痛みを感じているかなんてわからないが、うぉお!と声を上げて体勢を大きく崩した巨人。
『…倒せる!ドニーさん!』
「ああ!!ヘイズの仇はオレが取る!」
すでに宙に浮いていたドニーが刃を振りかざし目を押さえている巨人の頸目掛けて降下する。数秒後には頸が削がれ血の雨を降らせた。ドォンという巨人が倒れた衝撃が辺りに伝わり煙が立ち込める。ドニーもオリヴィアの近くに着地すると、安堵とはいかないが表情を歪めたまま手を差し伸べた。
犠牲は出てしまったけれどこれで終わると思いクロエが剣をしまおうとしたその時…。
「…っ!?」
「オリヴィ…ッ」
『…!?!?』
「ドニッ…」
新たな巨人の手がオリヴィアを掴み、その体を貪った。
Rain of blood
(全ての悲劇はここから始まる)
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