貪られた体。一瞬の激痛と凄まじい恐怖、迫り来る死を感じる間もなくオリヴィアはその生涯を閉じた。それは覚悟していたことかもしれない、けれど、大切な家族や友人になんの思いも伝えられないままやって来た。ヘイズの時のように断末魔は聞こえない、それくらい一瞬の出来事だった。

『…あっ…あぁ…』
「オリ…ヴィアッ…」

クロエとドニーは今目の前で起きた出来事を青ざめた表情で見つめている。恐怖、絶望、悲しさ、辛さ、怒りと言った負の感情が一気に湧き上がり頭の中がパニックを起こし思考が一瞬停止するクロエ。その隣ではドニーが大きく目を見開き肩を震わせていた。
生き絶えたオリヴィアの首だけを吐き出した巨人は不気味な唸り声と白い息を吐きながら二人に視線を移し見下ろす。雨で視界が悪いがその醜く気味の悪い大きな目は確かにこちらを見ているのが分かる。今度はどちらを先に捕食しようかと。

「…ぐっ!よくもっ…」
『!』
「よくもオリヴィアをっ…!!許さねぇぞ!!」
『ドニーさん!待ってっ…!!!』

カタカタと震えを通じて握られていた剣が音を立てていたが、ドニーの怒りが頂点に達した瞬間に鳴り止み巨人をギリっと凄まじい眼光で睨みつけるドニー。次の瞬間には近くにあった木にアンカーを撃ち込みクロエの前から姿を消した。それと同時に巨人の眼光がドニーを追い体を反転させ手を伸ばす。

「こんなところでくだばってたまるかよっ!」
『一体だけじゃなかった…!あの巨人…奇行種だっ』
「うおぉぉおっ!!」
『ドニーさん!!」

巨大な手がドニーを掴んだように見え悲鳴に近い叫び声を上げたクロエ。巨人との戦いは恐ろしいほどのスピードで勝敗がつくため駄目かと思ったその瞬間、ギリギリのところで剣を振るい巨大な指がバラバラに切り刻まれジュウゥッ!と血しぶきと蒸気を上げる。

ーウガァァァアッ!

『(今なら足を狙えるっ…!)』

雄叫びを上げ一瞬だがドニーから視線を逸らした巨人。その薄気味悪い声に表情を歪めながらクロエは隙をつき巨人の足首辺りにアンカーを発射させた。上手くバランスを取りながら地面を滑るようにして近づき剣を構え肉を削ごうとした瞬間、巨人が突然体を反転させたものだからアンカーが外れてクロエの体は数メートル先に飛ばされて転がり落ちる。
泥水をバシャバシャと浴びながら吹き飛ばされたクロエは全身に走る痛みに堪えながら、すぐに顔を上げて次の体制に移ろうと試みた…が。

『…い"っ…!!』

バキッ!と言う嫌な音が響き強打した右足首の骨が折れたのが分かった。こんな状況で訪れた最悪な事態にクロエは表情を歪めながら肘を地面につけ巨人と交戦するドニーに視線を移した。

「奇行種だかなんだか知らねぇがっ!!!」
『ドニーさん!!』
「お前がオリヴィアをっ…!!ヘイズをっ…!」
『…っ!!』
「死ねぇ!!バケモノ野郎が…っ」

頸付近に突き刺さっているドニーのアンカー。二本の剣を振りかざし残り数メートルで巨人の頸を削ぎ落とせるという時だった。

「うわぁぁぁあああっ!!!!」

ドニーの威勢の良かった声が、断末魔に変わったのは。

「逃げろ!!!!クロエーーー!!!」
『いや!…だめ!やめてっ!!!』

巨人は頸に刺さっているアンカーに手をかけそのまま引き抜きドニーを手の中に収める。大きく開かれた口の中にドニーの下半身が入り、勢いよく口が閉ざされれば今の今まで生きていた仲間は肉塊と化し生気を失い死んでいった。
赤い血しぶきを上げ吐き出された上半身。ドニーの無残な死体がクロエの前に転げ落ちる。内臓が飛び出しいつも希望に満ち満ちていた彼の表情は絶望のそれと化していた。この短時間で自分以外のリヴァイ班全員を失ったクロエ。この現状を受け入れられないままドニーの死体をただ目を見開いたまま見つめる。絶望感と恐怖と怒りが体を支配して呼吸が荒くなっていく。

『…ヘイズさん…オリヴィア…さん…ドニー…さん』

先程まで生きていたのに。どうして…。
そんな疑問の後には走馬灯のように三人と過ごした思い出が蘇ってくる。リヴァイ班に配属になり、初めて出来た仲間と呼べる同じ境遇を共にする存在。切磋琢磨し合い、厳しいリヴァイの修行にも耐えここまで来た。不安や恐怖に押しつぶされそうになった時も、励まし合いこの日を迎えた。ほんの数時間前まで生きて帰ろうと約束を交わしていた三人は、もう居ない。あるのは無残に食いちぎられた死体だけで…。クロエは溢れてくる涙にも気付く事なくドニーを見つめた。

『…なん、で…』

ドニーの下半身をゴクリと生々しい音を立てて飲み込んだ巨人が、ついにクロエを捉え白い息を吐いた。不気味な唸り声を上げた15m級の奇行種は、四つん這いになり大きな口を開けてクロエ目掛けて走り出す。ドンドンッと地響きを鳴らし遥かに小さい肉の塊を捕食しようとした、その瞬間だった…っ。

ーザンッ!!!

巨人の大きな右目を斬りつけ、赤い血しぶきが上がったのは。

『……あんたは絶対に…許さないっ…』


奇行種
(体から、不思議と力が湧き上がったんだ)


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