『…っ!!!』

降りしきる雨の中、片目を斬られ声を上げる巨人。そして立体起動装置とガスの噴射される音が響き始めたと同時に、巨人の体から血しぶきが上がっていく。三人を失ったことで怒りと悲しみが複雑に絡み合い、感情のコントロールが出来ない。クロエは悲鳴に近い叫び声を上げながら奇行種の巨人の体を一方的な強さで駆逐していく。

ーヲォオオォオッ!!!

あまりにも強すぎるその力に、なす術を無くした巨人。こうも一方的に攻め立て奇行種と呼ばれる巨人を駆逐したのはただ一人…その姿は、ファーランたちを失った時のリヴァイそのものだった。

『あぁぁぁっ!!!』

素早くアンカーを打ち込んでは剣を振るい、また打ち込んでは振るう。単純な動作だが不規則に動き回るクロエの身体能力は、すでに常人を超えていた。自分を捕らえようと伸ばされた手を上手く避けてから体を回転させながら甲から二の腕を滑るようにして削いでいくクロエ。
巨人の腕から血しぶきが上がり、態勢を崩した。

「リヴァイ!」
「…!?」

なにも考えていないかのような表情だった。
ただ、怒りと悲しみがクロエを支配し突き動かしている様にしか見えなくて…。巨人の体を斬り刻めば刻むほど、三人との思い出が次から次へと蘇ってくるのだ。昔から仲が良かった訳でも、深い絆があったわけでもない。けれど、クロエにとっては調査兵団に入団して初めて出来た班の仲間。ミケの隊にいた時も確かに仲間は居た。しかしそれは束の間過ぎて、感情移入をする程の関係にはならなかった。調査兵団全員が仲間で大切な事に変わりはないが、関わりが深ければ深いほど感情が大きく揺さぶられクロエの中で何かが弾けたのだろう。

『返せっ!!!!』

弱い自分が。なにも出来ずにいた自分が…。

『返せっ!!!!!』

無力な自分が…。

『三人を、返せっ…!!!』

仲間を守れなかった非力な自分が…。

「…!クロエ!!」
『あぁぁあっ!!』

許せなかった。

ードシュッ!!!!

高々と舞い上がったクロエは折れかけの剣をギュ!と強く握りしめ、それを巨人の頸に勢いよく振りかざし削ぎ落とした。肉の切れる生々しい音と共に巨人が崩れ落ち、吹き出した血しぶきと蒸気でクロエの体が吹き飛ばされる。
白い煙が辺りの視界を一気に遮る中、この光景を目の当たりしていたハンジはただただ唖然とする他なかった。

「ちっ…!」

吹き飛ばされたクロエは赤い血溜まりに叩きつけられ、そのまま力なく倒れ込む。ほぼ無表情で、曇った瞳からは涙が溢れ出ている。目の前で倒れ消えていく巨人をぼんやりと眺めながら、このまま自分も消えてしまえたらどんなにいいかと心が呟く。仲間たちの死んでいく姿が浮かび上がり、吐き気が襲う。赤い雨がクロエに降り注ぎ、忘れかけていた骨折の痛みがぶり返し目をキツく閉じた…その時。

『…!!!』

異様な気配、生臭い空気を感じすぐに目を開ければクロエの目の前には自分を覗き込んでいる子供の巨人が座っていた。ギョロッと動いた目に今まで感じていなかった恐怖が一気に湧き上がり、力の入らない体に絶望を感じ小さな悲鳴を上げる。食べられる…そう思った瞬間に悟った死。
そして先程までとの感情とは打って変わった「生きたい」という思いが、彼の言葉を思い出させた。

「絶対に死なないと、そう約束しろ」

『…っ…リヴァイ…兵長…っ』

巨人と目が合い伸びてくる大きな手。
もう言うことを聞いてくれない体。
最後の最後で口から出た言葉は、自分を信じてくれた上官の名前だった。死なないと、約束したばかりなのに何も出来ず自分の死を背負わせてしまう申し訳なさと恐怖から『…助けて』と小さく呟いたその瞬間。

「オイ…」

ーザシュッ!!!!

『…っ…あ…っ』

今まさに自分を捕食しようとしていた巨人から上がる蒸気。聞こえてきた不機嫌なトーンの声に、クロエの瞳からさらに涙が溢れ出した。

「汚ねぇ手で、オレの部下に触るんじゃねぇよ…」



(もう、死なせはしない。絶対に)


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