「オイ」
『は、はい』
「喉が渇いた」
『え、あ…すぐに何か持ってきます』

初日勤務はまさに怒涛だった。
午前中は予想外の清掃から始まり、洗濯、お茶入れ、挨拶の仕方、兵団でのルールの再確認、言い出したらキリがないような細かい雑用から執務まで一気に説明され、合わせてリヴァイルールを徹底的に叩き込まれた。部下は部下でもリヴァイの手足に使われそうな気がしてならない。

息の詰まるような昼食を終えて午後になると、先日の壁外調査の報告書が分隊長たちから集められ、部屋には大量の書類の山が出来上がっていた。兵士長であるリヴァイを通してエルヴィンに渡る大切な報告書を整理し始めて大分時間が過ぎた頃、これまた息苦しくなる様な沈黙に包まれていた部屋にリヴァイの声が響き、クロエはその要望に応えるべく急いで部屋を後にした。

「性格は兄貴に似てねぇな…」

慌ただしく閉められた扉を見つめながら、リヴァイは一人そう呟いた。



『どうぞ』
「ああ、悪いな」
『(そんな風に思うんだっ!)』
「…なんだ?」
『い、いえ!仕事に戻りますっ』

持っていたトレーで顔半分を隠し一礼してからソファに座る。部屋を一度出たことで少しだけリセットされた疲労感。もう一度この大量の書類たちと奮闘する為手を伸ばした。そして再び訪れる沈黙。自分は人見知りな方ではないと思うのだが、相手がリヴァイだと迂闊に話しかけることができない。

まず、何を話したらいいのかすら分からない。あの寡黙なミケ相手の時ですら話す話題は山ほどあった。初日という事もあってとにかく下手な失敗をしない様にと必死で会話どころではないのだが。訓令兵の頃から憧れの的であった人類最強の男が目の前にいるというのに、喜びよりも恐怖が勝るとは思っていなかった。

「…?」
『(集中だ、音を立てず迅速に書類の整理をしろ私)』
「オイ…クロエ」
『!!な、なんでしょうか…』

不意に名前を呼ばれ顔を上げれば、一枚の報告書を見つめたままでいるリヴァイが視界に映り込む。何を言われるのかとハラハラドキドキしていると、鋭い視線が自分に向けられ息を飲んだ。

「先日の壁外調査は初陣だったな」
『は、はい。ミケ分隊長の指揮の元で…』
「この討伐数はなんだ」
『えっ?』

なんだ、その言葉の意味が分からず首を傾げるクロエ。初陣にしてはいい出来だとミケには褒めてもらえたのだが、人類最強の男の前では物足りない数だったのだろうか。

『あの、討伐数に不服な様でしたら…』
「いや、そうじゃない」
『そ、そうですか良かっ……え?』

聞き間違えたのではと目を大きく見開いてリヴァイを見るクロエ。立体起動装置の扱いは稀に見ない優秀な腕の持ち主だと聞いていたし、実際訓練兵として試験に挑む姿も見ていた。そこでリヴァイの目にとまり引き抜かれたのだが、これほどとは思っていなかった。

「巨人討伐数5体、補佐数8体」
『…あ、あの…』
「初陣にしちゃあ上出来だ」
『!!』
「よくやったな」

その瞬間、リヴァイに後光が差した気がした。

『いや、えっと…あ、ありがとうございますっ』
「…」

唖然としながらもぺこりと頭を下げたクロエは、緩んでしまいそうになる表情を必死で押さえようとする。照れ臭そうに頬を染めてリヴァイを見ると、プイッと顔を反らされてしまった。

「ブスが」
『なっ!!!(ガーーンッ)』

恥ずかしくなり反らした視線。いい歳こいて照れ隠しに口を突いて出た言葉は、思ったこととは正反対の気持ちだった。


初日が肝心なんて
(可愛い、なんて口が裂けても言ってやらない)


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