「いいか?手は抜くなよ」
『はいっ』
「オレが止めろと言うまで自由にやってみろ」
『分かりました』

訓練兵の時に何度も通った森の中。立体起動装置をつけ準備が整ったのを見て、リヴァイはクロエにそう声をかけた。

「頑張ってねクロエ。私たちは離れた場所から見させてもらうよっ。君の実力」
『き、緊張します…』
「大丈夫、大丈夫。君はもう壁外調査を経験してるんだから、自信を持って」
『ハンジ分隊長っ…(ジーン)』

キラキラと瞳を輝かせながらハンジの優しさに感動しているクロエ。自分にはあんな態度も表情もしないうえ、他の上官に懐いている姿に苛立ちを感じた。なぜそんな事を感じたのかは分からないが、多分あれだ。もたもたしている新兵に苛立っているんだろうとリヴァイはこの感情をさらりと流す事にした。

「早くしろっ」
『す、すみません!じゃ、じゃあ失礼します』
「うん、またね」

リヴァイの元へ駆けていく小さな戦士から視線を反らし、ハンジとモブリットも少し離れた木の上へと移動した。



「(速いな)」

至る所から出現する巨人に見立てたオブジェを軽々とした身のこなしで避けながら、うなじに巻かれた分厚い麻を勢いよく斬りつけていく。動きのない分削がれたヶ所はどれも的確で深いが、あの小柄な体格の腕力を考えると十分過ぎる程。さすがは卒業を前に引き抜かれ、壁外調査の初陣でも活躍しただけの事はある。

「いいねぇ、クロエ!すごくいい!」
「動きが新兵とは思えませんねっ」
「まるで奇行種を見てるみたいだぁ〜っ」
「いや、巨人に例えないでください分隊長っ」

立体起動でクロエの後について行きながら観察をしていたハンジは、巨人を前にした時と同じような興奮状態で騒いでいる。リヴァイはそんな彼女に鬱陶しそうな視線を向け再びクロエを視界に収めると、ザンッ!という斬れ味のいい音が森の中に響き、最後の一体を斬り終えた体を空中で宙返りしながら整え、近くの木の枝の上に着地していた。

やはり自分の目に狂いはなかった。部下にして正解だったと思いながら、クロエがいる場所まで移動すると同じように枝の上に着地した。

『リヴァイ兵士長…あの…』
「いい腕だ、殺傷能力も立体起動の素質も十分にある」
『…!』
「だが動きにムラがある分ガスの消費量が激しいな。次の壁外調査までにそこを修正してオレの動きについて来られる様に…」
『はぁ〜っ…』
「……オイ、どうした」

削ぎ落とした巨人のオブジェを見つめながら今後の改善点を伝えクロエに視線を移すと、両手で顔を覆って力尽きた様にその場にぺたんと座り込んでしまった。深いため息をつき、肩の荷が下りたといった感じが見て取れる。

『す、すみません…すごく緊張してしまって…』
「実際に巨人を殺した奴が言う事か?」
『そうじゃなくて、人類最強のリヴァイ兵士長の前でいつも通りに出来るか不安でっ』
「………」
『これで使えないと判断されたらどうしようかと』

でも…。そう言いながら顔から手を離し、自分を見下ろしているリヴァイを見上げるとクロエはふわりと花が咲いた様な笑顔を浮かべた。そして。

『リヴァイ兵士長に褒められて、とても嬉しいです』
「………」

心底嬉しそうにそう言ったクロエから、しばらく目を離せなかった。不意にとくんと高鳴ってしまった心臓に後味の悪さを感じたが。

「フフフッ。かわいい部下で羨ましいなぁ」

どこから湧いて出てきたのか、怪しげな笑みを浮かべてリヴァイの肩に手を置きながら現れたハンジに苛立ちを覚える。すぐに置かれた手を振りほどき、睨み付けると「怖い怖い」と両手を上げた。

「…ハンジてめぇ…」
「早く私の所にクロエを寄越してくれよ?」
「ああ?」
「一緒に巨人の身体調査をするんだからっ」

ばっ!と両手を広げ興奮気味のハンジにモブリットがなにか言っていたが、リヴァイはくだらないと舌打ちをしクロエに視線を戻した。訓練兵の頃から気にかけその実力を買い引き抜いた。実戦で使えれば自分の班に入れる、そうゆう約束をエルヴィンとした。

他人に干渉しないリヴァイがクロエをここまで気にかけるのは、兄エクトルへの償いだと周りは思っているらしいが正直自分の中でもよく分からない。救えない部下は今までにもいた。エクトルだけが特別ではないはずなのに。

「オイ、クロエ」
『はい』
「明日から実戦的訓練を付けてやる」
『へ、兵士長直々に…でしょうかっ?』
「不服か?」
『いえっ。…よろしくお願いします!』
「死ぬ気で付いて来いよ」

何故だか、居なくなられては困る。
そんな思いが強く心に絡みついた。


その一言があればいいなら


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