『リヴァイ兵士長、おはようございます』
「ああ」

就業30分前、クロエは執務室に来る。

『リヴァイ兵士長、紅茶です』
「気が利くな」

午前と午後、リヴァイの喉が乾いた頃合いが分かるようになりある程度決まった時間にお茶を出して来るようになった。

『リヴァイ兵士長、ここが分からないんですが…』
「ああ?」
『す、すみませんっ…』

バカは治らない様子。

『リヴァイ兵士長、書類まとめて置きました』
「…なんだ、今日は槍でも降るのか?」

作戦会議に出払っている間に、面倒くさい仕事を片付けておけるようになった。

『リヴァイ兵士長お出かけですか?』
「エルヴィンに使いを頼まれた…なんだ」
『あ、いえ。…お気をつけて』
「……お前も来い」
『え、いいんですかっ?』

わりとどこにでも、連れ歩くようになった。

『兵士長〜!あのっ…』
「提出書類は3段目の引き出しの中にある」
『あ、はい。分かりました』

何が言いたいのか、何となくわかる様になってきた。新兵のクロエがリヴァイ班に配属されてから半年。執務やら会議やら、実戦訓練で忙しいリヴァイといると必然的に一日があっという間に過ぎていく。今現在もクロエ以外の隊員はおらず、リヴァイに課せられる仕事は全て二人で捌いているような状態が続いていた。

『リヴァイ兵士長〜っ!』

ハンジと共に次の壁外調査の事で話し合いをしていた最中、少し離れた場所から聞こえた声に視線を向ければクロエがこちらに駆け寄って来るのが見えた。初めはリヴァイ相手に超がつくほど怯えまくっていたクロエだが、今はだいぶ距離も縮まり側から見てもいい関係性が築けているようだった。

「だいぶ仲良くなったね、君たち」
「うるせぇよ…」
「クロエも懐いてるみたいだし、妬けるなぁ。いつあの子をうちの班にくれるの?」
「くだらねぇ事言ってると削ぐぞハンジ」
「え〜?私は真面目に言ってるんだけど」

近くまで来て『ハンジさんっ!』と可愛らしい笑顔を向けてくれたクロエに、きゅんと荒んだ心が癒されていくのを感じる。今日もかわいいな〜なんて頭を撫でると、嬉しそうに笑うクロエの横で面白いぐらいに不機嫌な表情を浮かべているリヴァイがいた。

「オイ、用件はなんだクロエ」
『あ、エルヴィン団長が呼んでました』
「エルヴィンが?」
『はい。次の壁外調査の事で話があると』
「そうか。すぐに行く、ハンジ話はまた後だ」
「それは壁外調査の事?それともクロエの事?」
『え、私がなんですか?』

きょとんとしているクロエをよそに、ニタニタと気持ちの悪い笑みを浮かべているハンジがわざとそう言ったことくらいお見通しで、リヴァイが舌打ちをすると「あははっ」という笑い声が聞こえて来た。

「いい加減諦めろ、クソメガネ」
『え、クソメッ…兵士長それはハンジさんに失礼ですよ』
「ああ?」
「いや〜クロエは上官思いのいい子だね〜。早く私の所に来れるようエルヴィンに掛け合わなくっちゃ」
『ハンジさんっ…!』

キラキラと瞳を輝かせ見つめ合っているバカ二人に呆れながら、リヴァイはクロエの首根っこを掴みずるずると引きずって行く。

『い、いたいっ。リヴァイ兵士長っ』
「うるせぇ。人の機嫌ばかり不快にしやがって」
『え、私ですか??』
「他に誰がいるんだ?」
『自覚しております!すみませんでした!』
「それでいい」

リヴァイがクロエを手放す日はいつになるのかと、ハンジは苦笑いを浮かべながら二人が去って行くのを見つめていた。



「次の壁外調査までに後3名、集まりそうか?」
「特別引き抜きたい奴はいない」
「そうか…」
『(なんで私まで話し合いに参加してるんだろ)』

エルヴィンの執務室。ソファに座るリヴァイの後ろに立ち兵士長と団長の会話に耳を傾ける新兵。その表情は青ざめていて、なぜ自分なんかが二人の大事な話し合いの場に居るんだと疑問を抱いていた。団長であるエルヴィンとはそこまで会話をした事もなく、リヴァイと共に行動しているタイミングで挨拶をする程度。慣れない空気感に早く終われ早く終われと内心何度も呟いた。

「クロエの様な逸材は稀だからな…」
『(エルヴィン団長っ…!)勿体無いお言葉ですっ』
「確かに腕はいいが、頭はバカだ」
「え?」
『す、すみませんっ(おぃぃ!余計だよクソ兵長)』
「お前今、クソ兵長って思っただろ」
『(心読まれたー!)お、思ってませんよ!!』
「てめぇがクソだ」
『なんの当て付けですかっ』
「はははっ。仲良くなったもんだな」

さっき不機嫌にしてしまったからなのか、謎の当て付けを喰らったクロエはリヴァイの後ろでぶんぶんと顔を左右に振ってエルヴィンの言葉を全力で否定する。仲が良いなんてとんでもない。扱いはまるで家畜の様だと言ってやりたかった。

「エルヴィン、正直オレはこのバカのお守りで手一杯だ。部下を増やすなら次の壁外調査以降にしろ。生き残った中で優秀なのを貰う」
『………』

なんてことをサラリと団長の前で言うんだこの男は。半年間一緒に過ごしてきたのだから、少しくらい褒めてくれたっていいじゃないかとリヴァイを睨む。エルヴィンからは丸見えなのだがクロエの心中を察してか、見なかったことにしてくれている様だ。

「…クロエは大丈夫だと聞いていたが」
「はっ。どこの誰だそんな事言ったの」
『(こいつぅ…っ)』
「とにかく増員の話は無しだ。いいな?」

特に表情を変える事なくそう言ったリヴァイの瞳を見つめたエルヴィンは、彼から伝わってくる意思をしっかり読み取り小さく笑みを浮かべた。

「そうか分かった。呼び出してすまなかったな」
「いや。…戻るぞクロエ」
『え、あ…し、失礼しますエルヴィン団長っ』

クロエが慌ててリヴァイの後を追いかけ部屋を出て行った姿に、エルヴィンは瞳を伏せ穏やかな表情を浮かべた。

「エクトル。お前の妹は、えらい奴に気に入られたらしい」


兵士長新兵
(励めよ、新兵)


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