しまった…と思った時には遅かった。
冨岡の言葉を聞き、動きを止めた憂凪が口をぽかんと開きながらバツの悪そうな表情を浮かべている師範をじーっと見つめる。重なった視線に耐えきれなくなり、冨岡が刀を持ち立ち上がった。
「くだらないことを言った。気にするな」
『えっ?え、義勇さんっ…!』
スタスタと縁側を歩き自室へ戻ろうとする冨岡を追いかけるべく憂凪も急いで立ち上がり、『待って下さいよ!』と羽織を力一杯引っ張った。
『確かに錆兎さんのことは尊敬してます。でもっ…』
振り返ることなく憂凪の話に耳を傾ける。
『でも、私が認めて欲しいのは義勇さんただ一人です』
「………」
『昔も今もこれからもそれは変わりませんっ』
「………」
『私がずっと慕っているのは、義勇さんだけです』
良くもまあ、そんなセリフを恥ずかしげもなく言えるものだと感じながらも、憂凪の迷いのない言葉に胸がとくんとくんと高鳴りうるさい。
嬉しさから歪んだ表情を隠すため、口元に手を当て視線を伏せた。
彼女はずっと、見てくれていたのだろうか?
こんな情けない、自分のことを。
「…錆兎に想いを寄せていたんじゃないのか?」
『私がっ?錆兎さんにっ?』
「あいつとは親しくしていただろ…だから」
『…そうゆう特別な想いを抱いたことはないです』
「…………」
まさかずっと、勘違いをしていたのだろうか。
二人の間に、同じ疑問が湧き上がる。
『あの、義勇さん…?』
「…なんだ」
『私が錆兎さんと話している時、いつも怖い顔で睨んでいたのは…』
「…………」
『私のことが嫌いだからじゃなかったんですか?』
「…は?」
憂凪はこう続けた。
錆兎さんと義勇さんは特別仲が良かったし、あとから連れて来られた自分が錆兎さんと親しくするのが気に食わないんだろうな…。きっと義勇さんは、私のことが嫌いなんだろうなって思ってました。と。
『だから相変わらず冷たくて、任務中置いてきぼりにされるのかな…って』
「(冷たい…?)」
羽織を掴んでいた手をゆっくりと離し、昔以上に頼もしくなった冨岡の大きな背中を見つめる。言葉少なな冨岡だが、彼は確かに…錆兎の思いを背負っている。半分が亀甲柄の生地で織られている羽織を見るたびに、自分も彼等の思いを繋げるような存在でありたい。この先も、この人の隣で…。
そんなふうに思うのだ。
「すまなかった…」
『えっ…』
「俺はずっと、お前に相応しいのは錆兎なんだと思っていた」
憂凪を剣士として導けるのも、人として成長させてやれるのも、唯一無二の存在として、この先ずっと寄り添っていけるのも…自分ではなく錆兎なんだと。
「けど…」
『………?』
「お前は昔から、こんな俺を見守ってくれていたのだな」
小さく息を吐き、ゆっくりと振り返り憂凪と対面する。本当は、憂凪が継子となったあの日…凄く嬉しかったのだ。これからは他の誰かでも、錆兎でもなく、自分が彼女を守れるのだと。
月色の瞳を真っ直ぐ見つめて、大切な旧友が贈った耳飾りに手を伸ばす。思えば憂凪を想う気持ちを何度話の種にされたことだろう。あの頃はまだ子供で、からかってくる錆兎から逃れるため否定してばかりいたけれど…今の自分なら、もうこの想いを届けることが出来そうな気がした。
「憂凪…」
『…はい』
「これから先も、ずっと俺だけの隣にいると約束しろ」
4
(この約束はどんなことがあっても、必ず守り抜く)