モニタールームに戻ると、オールマイトの講評が待っていた。
「清浄少女はもっと思い切って攻撃してもいいと思うよ! 常闇少年との戦闘は実質1対2のようなものだから仕方がないけど、もっと常闇少年本人を攻撃してみるのも一つの手だ。クラスメイト相手に個性を使う勇気が出せるといいね!」
確かに、無意識に常闇くんや梅雨ちゃん相手に個性を使うのを避けていたかもしれない。それは多分、私の思いっきり吐いた息が当たると痛くて苦しいことを、私が一番知っているから。下手をして顔面にぶつければ窒息や過呼吸なんてこともありえる。
でも、このままの私でははヒーローになんてなれないんだ。辿たどしい授業をするオールマイトの的確なアドバイスを頭の中で反芻し、しっかりと意識に刻み込むようにした。
戦闘訓練はその後も二戦続いて、無事、初めてのヒーロー基礎学の授業が終わりを迎える。
「お疲れさん!! 緑谷少年以外は大きな怪我もなし! 常闇少年のダークシャドウには峰田少年の個性がくっついたままだが大丈夫かい?」
「問題ない」
常闇くん、申し訳ないです……。うっかり触ってしまわないようにもぎもぎを布で覆われた彼の個性、ダークシャドウが寂しそうに鳴き声を上げていた。
「しかし真摯に取り組んだ!! 初めての訓練にしちゃ皆、上出来だったぜ!」
オールマイトは生徒からの感想に少し言葉を返した後、急いで緑谷くんに授業の講評を聞かせに行った。
緑谷くんが、心配だ。私も緑谷くんの様子を見に行きたいけれど、彼と話したことはまだない。彼にすごかった、かっこよかった、と伝えたいけれど、喋ったこともないクラスメイトから唐突にそんなこと言われても怖いだけかなぁ。
優柔不断になやまされながら、コスチュームから制服に着替えて教室に向かう。
「木空ちゃん個性すっごい使っててかっこよかったね!」
「そんなことないよ、私なんか全然……すぐやられちゃったし」
「常闇くん強いから仕方ないよ!」
「ありがとう透ちゃん。……それにしても、透ちゃんが制服着てると安心する」
そんなことを話して歩きながらも、私の頭の中は緑谷くんのことでいっぱいだ。
「…………あの……ちょっと、お手洗い寄ってから行くから先に行ってて……!」
「待ってようか?」
「ううん、すぐだから大丈夫、」
なんてベタな言い訳だろうと自分でも思ったけれど咄嗟にこれ以外思いつかなかった。じゃあ先行ってるねー! と手を振る透ちゃんに笑顔で答えて、歩く向きを変える。
勢いに任せて言ってしまったけれどどうしよう。保健室に行ったとしても、声、かけられるかな。
うだうだしながらも進めていた足は、思考に踏ん切りがつく前に保健室の前で止まってしまった。
「うぅ……変に思われたらどうしよう……」
でも、透ちゃんにもすぐ終わるって言っちゃったし……。
扉を開くか開くまいかと手を上げ下げしていたら、不意に保健室の扉が開いた。そこにはリカバリーガールが立っている。
「おや、どうしたんだい?」
「あ、あの! 緑谷くん、は、その、」
ええい! と思って彼の名前を出したはいいけれど、しどろもどろ加減がいつもの比ではない。慣れないことをしているのもあって顔から火が出そう。
「あぁ、あの子ならさっき教室に戻っていったよ」
「えっ、そ、そうですか。あ、ありがとうございます」
「ペッツいるかい?」
い、入れ違いになっちゃったのか。
リカバリーガールにペッツを貰ってとぼとぼと教室に帰る。無駄足になっちゃったかな。
「……?」
静かな廊下に自分以外の足音を感じて俯いていた顔を上げる。前から爆豪くんが歩いてきていた。緑谷くんに負けたのが原因か、彼はあの後からずっと表情を暗くしていて少し気になっていたんだけれど、授業を終えた今もそれは続いているようだ。
でも、流石に普段荒々しい彼に声をかける勇気は出せなくて、彼が近づくにつれて私の足が重くなる。
「っ、!」
私を抜かしていった彼に意外な感情を見た気がして、勢いよく振り返り息を呑んだ。
すれ違った時にちらりと見た彼の顔は何かを懸命に堪えていて、少し、泣きそうにも見えた。ただの、気のせいかもしれないけれど。
「木空ちゃん遅かったね!」
「迷子にでもなってたの? 清浄どんくさそう」
教室に戻った私を迎えてくれたのは透ちゃんと響香ちゃんだった。
「う、そんな感じ、かな」
上手い言い訳を考えていないから響香ちゃんに乗ってはみたけれど、私ってもうそんなイメージなのだろうか。
「今訓練の反省会してるんだよー! 清浄もまざろうよ!」
「……私、反省するところしかないなぁ」
三奈ちゃんに呼ばれてみんなの輪に遅れて入れてもらう。
「でもやっぱり緑谷だよなぁ」
「爆豪の戦闘センスもすごかったな!」
「……あれ? 緑谷くん、まだ帰ってないの?」
きょろきょろと教室を見渡してみたけれど緑谷くんがどこにもいない。
「緑谷なぁ。なんか爆豪追っかけて出てったぜ」
後ろから声がして振り返れば電気くんが立っていた。
私は爆豪くんとすれ違っているから、緑谷くんが教室を出るのにぎりぎりで間に合わなかったようだ。こんなすれ違い、今日はツイてないのかもしれない。
「それよりさ! なんか好きなもんある? 今度お茶いかね?」
「いいよ……! す、好きな食べ物……うーん、ご飯系だったらパスタとか、お菓子は焼き菓子が好きかなぁ」
「ちょっと上鳴! 清浄をナンパしないでもらえますかぁ〜!」
「芦戸! 俺はただ、クラスメイトとして親交をだな……」
「あんたが言うと胡散臭いよね」
「ちょ、耳郎まで!!」
ヒーロー科ということもあってか、このクラスには個性的な人が多い。私にどんくさいイメーシが付いているのと同様に、なんとなく私にもみんながどんな人なのかわかってきたと思う。
帰り道、響香ちゃん達と別れてから携帯を開くと、電気くんからクラスのグループに招待されていた。招待欄を見るとまだクラス全員のアカウントはわかっていないようだったけれど、いつの間に彼に聞いたのか、“緑谷出久”の名前も並んでいる。
緑谷くん、今日帰ったらLINEしてみようかな。
頭の中で彼に送る文面を考える。伝えたいことが、今日の緑谷くんを見て感動したことが、ちゃんと伝わるように。
──結局彼を友達に追加するこのすらできず、その日は終わってしまったのだが。