同じ学校の人とは、演習場が別れるようになっているみたいだ。私と心操くんの受験番号が連番だったのに同じ演習場じゃないのはそういうわけだろう。
「街じゃん!! 敷地内にこんなんがいくつもあんのか!」
誰かが漏らした声。本当にその通りだと思う。そろそろ私たちも、雄英高校を“学校”というものさしで測ってはダメなことを学習しないとやってられない。
そうしてすぐ、みんな思い思いにアップを始めだした。私も軽い柔軟を済ませて深呼吸をする。スタートの合図までに、緊張のせいでへばりつく喉をなんとかしなければ。
ふと目に入ったのは、先程のホールでプレゼント・マイクに質問していた彼。彼と一緒の会場なんてツイてない。あれだけ堂々としてたなら、この試験に自信を持てるだけの個性を持っているのだろう。その眼鏡の彼が、ふわふわの緑色の髪をした挙動不審な男の子に話しかける。もしかして、あの人がボソボソうるさい縮毛の……?
彼もあの眼鏡くんと同じ会場で可哀想。私なんかにこんなこと思われたくないだろうけれど、見下しているわけでも貶しているわけでもないけれど。ただ、完全に目をつけられてしまっているみたいだから。
でもこんな状況では、誰と一緒で誰と違ったからって心が休まるわけじゃないか。味方なんて一人もいない。
思考の海に浸っていた私が意識を取り戻すと、周りの人たちが彼ら二人を見てコソコソと何か話しているのに気がついた。耳をそばだてて聞いてみれば、緑の髪の彼のことを、弱くて自分の競争相手ではない、と馬鹿にしているようだった。傍から見てもわかるように、彼はガチガチに緊張して、とても萎縮している。
私だって全くもって人のことを言えないけれど、彼のように注目を浴びたりしていないので、なんとかメンタルはいつものガラスレベルを保てている。
『ハイ、スタートー!』
え?
突然響いたアナウンスからのプレゼント・マイクのセリフが頭の中で反響して、言葉の意味を上手く飲み込めない。
『どうしたあ!? 実践じゃカウントなんざねえんだよ!! 走れ走れぇ!! 賽は投げられてんぞ!!?』
えええ、そんなのあり!? 私だって叫び出したいけど、驚きすぎて声にもならない。
みんなが一斉に仮想ヴィランを探して走りだして、私も走る。ここで先頭に立つために個性を使うのは勿体ないから、あくまでも出遅れないくらいのペースで。
演習場に入ってしまえばすぐに仮想ヴィランは出てくるけれど、先陣を切った人たちが倒してしまう。お腹に巻いたベルトからレーザーのようなものを出して攻撃する金髪の男の子。彼が使う度キラキラと光る個性が目を引いた。
彼のように、攻撃型の個性の人はたくさんいるから、こんなところでヴィラン退治の順番待ちをしていても私の番が来ることはない。誰かがヴィランを倒しているうちに、どこか他のまだ人の少ない場所を探さなければ。
いったい何体用意されてるんだろう。スタート地点から走り出してそこまで経っていないのに、もうみんなヴィランを捌ききれていない。
あまりに広い会場で、どこへ向かえばいいのかわからなくなる。この演習場は高い建物が多いから、上から探してみるのがいちばん時間を使わないかもしれない。
立ち止まった場所から近い、一際高い建物の下まで駆け寄って、少し息を吸った。それから足元を見つめて、息を吐く。地面にかかる風圧の反動で、私の体が宙に浮いた。昔はこれでよく首を痛めたものだけど、もう着地に失敗することすらない。
ビルの屋上に着いてすぐ市街地を一望する。そう遠くないところにヴィランが固まっているのが見えたから、息を逆噴射させてそこへ向かう。
人の多くはないそこで、私はあっという間にヴィランの標的にされた。攻撃されるよりも早くその機械仕掛けの足元に近づいて、関節に一気に息を吹き込む。
ロボットは節々に隙間が多いけど、空気の出るスピードより私が吹き込むスピードの方が早いから、簡単にパンクするはず。パンクまでいかなくとも、中の歯車をグチャグチャにするくらいは簡単だ。直接ボディに風圧をかけて倒してもいいけど、私の一点集中な圧力では少し時間がかかるだろう。だって私の息では、目一杯強く吐いても大人二人までしか浮かせられない。
「ふぅ……58ポイント……」
これがどのくらいのラインなのか、規準なんてないからわからない。
残り2分。手当り次第にヴィランを壊していた私は、もう体中が汗でぐっしょりしている。気づけば初めにビルから跳んだ位置から随分と移動していた。仮想ヴィランが音に反応してターゲットを絞ると気がついてからは、停止させた後にわざと派手な音をたてて倒すようにしている。二度手間だけど、動かなくなったヴィランはただの鉄の塊だから個性に頼らなくたって倒せるのだ。もちろん周りに人がいないのは確認して。
一度私がよく見ずに倒したヴィランが受験生を握っていたのに気づいた時は肝がぞっと冷えた。倒してしまう前に気がつけたことに心の底から安堵した。
私は決してタフネスじゃない。
だから、絶え間なく息を吐き続けることはできない。けれど短く強く吐くだけなら吹き矢をしているような疲労感で済む。その体力の消耗を最小限にした個性の使用のおかげで、開始8分経った今も、なんとかこうして走り回れている。
遠くで大きな音がした気がした。
そしてすぐに街を揺らす嘘みたいな地響きが体を襲う。
そう、これは、コンクリートが崩れるような……。
振り向くとそこには、この演習場の大きなビルを壊す、さらに大きな仮想ヴィラン。精巧に作られたこの街が、まるで玩具のように破壊されていく。
あまりの衝撃で、足は地面に深く根を張ったようにびくともしない。叫ぶ余裕もなくて、上を向いて口をはくはくさせることしかできない。それは、水面で空気を求めてもがく魚のように。
──怖い、逃げなきゃ、こんなとこで、いやだ、死、足が、動かない……!
何であんなものが、存在するの。
ひどい恐怖が私の全身を支配する。視界から色が失われていく。
混乱で思考が鈍る中、意識の端に、高く跳び上がる人影が見えた。
それは見覚えのある。
モノクロームの中によく映えた緑色。