「個性把握……テストォ!?」
澄んだ4月の空気に声が響いて染み込んでいく。突如言い渡されたそれに私たちは驚きを隠せないでいた。
「入学式は!? ガイダンスは!?」
0Pヴィランの時の彼女が私の心の声も代表して声を上げる。
「ヒーローになるならそんな悠長な行事出る時間ないよ」
「…………!?」
入学式もガイダンスも、私らしくもなく少し楽しみにしていたのに。何より、お母さんが今日は私の入学式のために休みを取ったと言っていた。「そんなのいらないって……!」「何言ってるの。雄英の入学式なんて二度と拝めないのよ?」という会話の横でビデオカメラを充電していたのは記憶にも新しい。多分オールマイトを初めとするプロヒーローが見たいだけだったのだろうけど。
先生は言葉を続ける。
「雄英は“自由”な校風が売り文句。そしてそれは“先生側”もまた然り」
ソフトボール投げ、立ち幅とび、50m走、持久走、握力、反復横とび、上体起こし、長座体前屈。
よく聞き慣れた名前が先生の口から羅列されていく。
「中学の頃からやってるだろ? “個性”禁止の体力テスト。国は未だ画一的な記録を取って平均を作り続けている。合理的じゃない。まぁ、文部科学省の怠慢だよ」
個性が充満して飽和しているこの超人社会。せっかく立派な個性が発現しても、ほとんどの公的な場所ではその使用が禁止されている。もちろんそれを厳守しているような人は少ないし、それが生活に便利な個性ならなおさらだろう。それに、それは常時発動型や異形型の人たちにとっては人権侵害のようなもの。世界人口の約8割、私たち第五世代ではほとんど全員が個性を発現させている。『発光する赤ん坊』から100年以上経った今も、世界は数多ある『個性』に対応できていない。
「爆豪、中学のときソフトボール投げ何mだった」
「67m」
「じゃあ“個性”を使ってやってみろ。円からでなきゃ何してもいい、早よ」
どこかで聞き覚えのある名前を耳が拾う。
ば、くごう……くん、思わずこぼれた私の声は、音にはならなかった。
「思いっきりな」
「んじゃまぁ」
あの、ミルクティー色の髪をした“爆豪くん”が、受け取ったボールを大きく振りかぶる。
「死ねえ!!!」
………………………………死ね?
豪快に上げた声と同時に、大きな爆発音とボールが風を切る音が空気を揺らし、私たちにも普通じゃない爆風が届く。
私たちが呆気に取られている間にボールが遠くの地面に落ちると、相澤先生の測定器具が可愛く小さな音を鳴らして、なんてことないように『705.2m』という数字を浮かべた。
「まず自分の『最大限』を知る。それがヒーローの素地を形成する合理的手段」
「なんだこれ!! すげー“面白そう”!」「705mってマジかよ」
すごい、すごい、700mを越えるなんて。
でも彼は驚いた様子もなく、当たり前だと言うように立っている。彼は恐らく自分の力と才能に確信を持っているのだ、と考える。教室での態度や先程の派手な掛け声からしても、自尊心が高いタイプなのだろう。…………それこそ、他人を助けようだなんて思わないくらい。
ていうかそもそも個性なしで67mって、常軌を逸している。
「楽しみだねぇ木空ちゃん!」
「うん……!」
透ちゃんに声をかけられて思わず声が跳ねる。
私は貧弱に見られがちだけど、意外と運動神経は悪くない。日々肺活量を鍛えているのもあるけど、単純に運動が好きだ。
流石に男子には勝てないし、ハンドボール投げで67mだなんてとてもじゃないけれど。中学の時は運動のできる派手なチームとまとめられるのが嫌で、あまり体育に力を入れなかったけど、本来私は考えるより走りたいタイプだ。
だから握力と長座体前屈以外は個性なしでも平均以上を取れるのに、加えて個性を使えるなんて。
「“個性”思いっきり使えるんだ!! さすがヒーロー科!!」
「………………面白そう……か」
爆豪くんの自尊心に安堵し、私も自分の個性を制限なく使えることを少し楽しみにし始めていた時。ざわざわと歓声が上がる中で静かな声が聞こえた。それは何故かよく響いて聞こえた気がした。
「ヒーローになるための三年間」
相澤先生の纏う空気が一変する。嫌な予感が背筋を這い上がって少し震えそうになる。
「そんな腹づもりで過ごす気でいるのかい? よし、トータル成績最下位の者は見込み無しと判断し、除籍処分としよう」
「はあああああ!?!?」
えええ、じょ、除籍処分……!? 入学したばかりなのに!
苦労して入ったのに出るのはそんなに簡単に済まされるなんて。ここで退学になったら誰にも顔向けができないし、合格通知をもらって喜んだひと月前の自分に合わす顔もない。
みんなに動揺が広がり、私もそれに飲み込まれる。
「生徒の如何は俺たちの“自由”。ようこそ。これが、雄英高校ヒーロー科だ」
緊張が走ってみんなの顔が歪むのと反比例して、相澤先生は私たちの前で初めて笑顔を見せた。見開かれた目はメデューサのように、私たちを捕らえて離さなかった。
こんなところで3年間やっていけるのだろうか。私の知らないところで静かに肺が悲鳴をあげた。