07
事故や災害、日々出没するヴィランはいつも理不尽。私たちの気持ちなんて待ってはくれない。
そういう“理不尽”を覆していくのが“ヒーロー”なのだと。

「これから3年間、雄英は全力で君たちに苦難を与え続ける。“Plus Ultra”さ。全力で乗り越えて、来い」
理不尽を訴える私たちに、先生はそう言った。

その言葉を重く受け止めた人もいれば、その言葉に覚悟を決めた人もいる。私はその言葉で、ヒーローの責任という重さの鱗片に触れた気がした。


「木空ちゃん、次じゃない?」
「……あ、ホントだ! 透ちゃんありがとう」

一種目は50m走。他の人を見ていると色々な個性が見えてくる。
この種目は、あのレーザーの男の子──青山くんというらしい──がやっていたように、私も後ろを向いて息を吐き出せばいい。要は入試の時にしていた移動と同じ方法だ。
謙虚と見せかけた自己卑下なんてしないで、私も負けじと食らいついていかなければいけない。

ピッとストップウォッチの止まる音が聞こえて読み上げられた数字は3秒73。
どうでもいいけど、青山くんみたいに体の中心に発射口があるのいいなぁ。私は頭と首に偏って負荷がかかるから、体制の維持のために筋肉がバランス悪く鍛えられてしまった。仮にも女子高生になった身としては少し悩ましいところだ。

「ねぇねぇ、えっと……清浄だっけ、あれって息吐いてんの?」
「そうだよ、えっと……」
「芦戸三奈! よろしくねー!」
「こちらこそ……! 三奈ちゃんはあれ、なんの液体が出てるの……?」
「んーと、成分とかはよくわかんないんだけどね! 酸性だからとにかく色々溶かしたりできるよ」
「殺傷力ありそう……」
「殺傷力って!」


その後の握力測定は個性を使わずにやったら酷いものだった。空気圧で押そうかとも思ったけど、そんなピンポイントで狙うコントロールはまだない。反復横跳びに至っては使い方すら思いつかなかった。

そんな中、私の一番の大記録は立ち幅跳びだったと思う。遠くまで飛べる人は他にもいたけれどあくまでもジャンプだし、青山くんのレーザーは1秒しか続かない。爆豪くんも断続的な爆風では限界があったみたいだ。
その点私の個性は全力で吐いても30秒は吐き続けられるから、時々重力に負けないように下向きに吹いてみたりもできる。私の全力っていうと大体風速50mなので、結果的に測定不能まで持ち込むことができた。
風速50mといっても、地面と水平の時はそんなに出せない上に微調整が必要だから、先程の50m走を1秒で終えるようなことは私にはできないけれど。持久走なんてカーブもあるからもっての外だ。

ともかくこれで除籍処分は回避だろう。

続く第5種目はソフトボール投げ。これはどうやって記録を伸ばそう。最初からボールに息を当てるのは無理だから、少し遠くに高く飛ばしてから息を吹きたい。息は遠くに行くほど広がるから、それなら当てることができる。にしても記録が∞って流石雄英、次元が違う。


「緑くん大丈夫かなー」

「え……緑谷くん除籍危ないの?」
「危ないの? ……って、清浄見てなかったの? あいつまだ一度も個性使ってないよ」

悶々と個性の使い方を思案していた私に、三奈ちゃんと響香ちゃんが声をかけてくれた。私が自分のことしか見えてないうちに、緑谷くんがピンチみたいだ。

「緑くんの個性、体力テスト向いてないのかな」
「そんなことないと思うけど……」
「清浄、緑谷の個性知ってんの?」
「うん、一応。受験会場が一緒だったんだ」

でも、彼が個性を使うのを見たのはあの一度だけだ。手足の骨が砕けてボロボロになったあの時だけ。もしかしたら……彼の個性は諸刃の剣なのだろうか。

個性の使用には多かれ少なかれ副作用が伴う。
私も息を吐きすぎれば過呼吸状態になったり、酸欠のような症状になってしまう。酸欠のような、というのは、正確には私は酸素を必要としないからだ。
私の個性『空気清浄器』は、空気清浄機のように汚れた空気に含まれる塵やハウスダストを吸い取って綺麗な空気を吐き出す。息をたくさん吐き出せるのはお父さんの個性から来ている副産物でしかない。
塵の空気中の含有量なんてそんなに多いものじゃないから他の人よりも少ないエネルギーで動けるけど、その分足りなくなると中々補充できない。呼吸すればするほどエネルギーの供給源は減っていく。だから私の呼吸器官は、回復するまでに人よりも多く時間を要する。


彼は、彼の個性は、その副作用がとても大きいのかもしれない。だから、そう易々と使えない。もしそうなのだとしたら。

その個性を躊躇なく人助けに使えた彼はやっぱりすごいと思う。

真剣な顔をした緑谷くんが、腕を大きく振りかぶって投げたボールは、ほど近い距離に頼りなく転がった。
──46m。それが、あの大きなヴィランを倒した彼の記録だった。


何かを感じる間もなく、相澤先生の首元の包帯がとぐろを巻いたまま広がって、やる気のなさそうだった目がまた開かれる。今度は笑ってなんかなくて、緑谷くんを睨みつけて何かを話しているようだ。
「──!! ──、────!」緑谷くんが先生を見て何かを言っているようだけど、ここからじゃ遠くて聞こえない。


「抹消ヒーロー、イレイザーヘッド!!!」


私たちの耳にはっきりと届いた唯一の緑谷くんの声。それは、自己紹介でも本名しか名乗らなかった先生のヒーロー名。反応は人それぞれだけど私はその名前に聞き覚えがあった。“視る”ことで人の個性を“末梢”するプロヒーロー。彼が自らの個性で緑谷くんの個性を抹消したのだ。

彼の包帯が緑谷くんを巻き付けて何か一方的に話したと思ったら、髪と目が元の通りに戻って緑谷くんから離れていった。
「指導を受けていたようだが」
「除籍宣告だろ」
飯田くんと爆豪くんの声を耳に通しながら、上を見上げて目薬をさす先生を盗み見る。彼はどうして緑谷くんの個性を消したのだろう。緑谷くんの何が問題で先生が何を指摘したのかがわからない。

思いつめた表情をした緑谷くんの、二投目が始まる。

彼の指がボールを弾いて、衝撃波と共にボールが飛んでいく。遠くに落ちて記録が出たのを測定器の音が知らせると、相澤先生は顔色を変えた。

案の定ぐちゃぐちゃになってしまった“指”を強く握りしめて、緑谷くんが先生に強い視線を向ける。


──彼の二投目の記録は、爆豪くんをも上回る“705.3m”だった。


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