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結論から言うと、緑谷くんはあの入試の時に見せた個性を指先だけに使ってみせたらしい。だから赤く腫れ上がっているのは腕じゃなくて指だけだ。

「どーいうことだ、こら、ワケを言え、デク、てめぇ!!!!」
「うわあああ!!!」

彼の個性を見て喜ぶ人や驚く人、今まで使わなかったことを不思議に思う人たちの中から、爆豪くんが感情に任せた怒鳴り声と爆発させた手のひらを緑谷くんに向けて飛び出していった。

「んぐぇ!!」

けれどすぐさま、その爆豪くんを抑えるように、今までずっと相澤先生の首元にあった白くて細長い布が彼に巻きつく。思わず相澤先生に食い入るような視線を向けた。

「炭素繊維に特殊合金の鋼線を編み込んだ『捕縛武器』だ。ったく、何度も“個性”使わすなよ……俺はドライアイなんだ」

個性すごいのにもったいないなぁ……!
というか相澤先生のあれ、捕縛武器だったんだ……包帯かと思ってた……。言われてみれば見た目も包帯よりも分厚くて丈夫な気がする。気がする。

「時間がもったいない。次、準備しろ」

充血させた目を休ませるかのように、髪や顔つきをまたオフモードに戻した先生がしれっと次を促した。

…………爆豪くんと緑谷くんの間に何か歪な確執が見えたのは気のせいじゃないはずだ。現に今も、指を心配されている緑谷くんを、じっ……と睨みつけて動かない。彼らは入学前からの知り合いなのだろうか。全く関係ないのに私がすくみ上がってしまった。



「んじゃパパっと結果発表」

何事もなく残りの種目も測定し終わって、みんなも緊張の成績開示だ。私は尻すぼみ感が否めなかったけど、個性の相性によるところが顕著な体力測定では相対的に見て充分よくやれた方だと思う。思うんだ、けど、除籍とか言われたらどうしよう。正直緑谷くんや透ちゃんよりは上かな、とか、考えちゃったり。透ちゃん、圧倒的に不向きな個性だけど大丈夫だったのかな。あまりにも明るく話しかけてくれるから気にかける余裕がなかった。私が除籍になるのももちろんとても嫌だけど、できたばかりの友達がいなくなるのもいや「ちなみに除籍はウソな」


……………………!?


「君らの最大限を引き出す、合理的虚偽」

え。え、え?
「はーーーーーーーー!!!!??」
本当に私も叫びたい……!! ご、ごうりてききょぎ!? 何それ日本語!?

あまりに唐突な衝撃を受け、うまく思考回路を働かせることもままならない。目を白黒させながら、動転して焦点の合わない相澤先生を見続ける。

「あんなのウソに決まってるじゃない……。ちょっと考えればわかりますわ」
「そゆこと。これにて終わりだ。教室にカリキュラム等の書類あるから目ぇ通しとけ」

本当に同級生? と疑いたくなるプロポーションをしたポニーテールの女の子が呆れたように呟いた。たくさん強い個性の人たちがいる中で堂々の1位を叩きだした彼女の名前は、モニターの一番上に“八百万百”と映し出されている。万力とか大砲とか、体力測定と言えるのか微妙なラインだったけど先生が止めなかったから“個性を使って”の言葉の内だったんだろう。……あんなチート個性初めて見たなぁ。
ちなみに私は“麗日お茶子”さんと“口田甲司”くんの間の11位。ちょうどど真ん中だ。

除籍処分は『合理的虚偽』だったけれど。
中学の時とは違う、義務教育を卒業した私たちは自分たちでもがかなくてはいけなくなった。殊にこの、競走の中に身を置かれるヒーロー科の中では甘えたことは言っていられない。雄英高校にしがみついた私たちは、手放したら落ちるだけのすぐに手から離れていく命綱を握らされたのだ。

***


一日目で既に着崩されてしまった体側服を脱いで、対照的に今日一日ほとんど袖を通されていなかった制服に着替えた。教室に戻ると自分の席に先生の言っていた書類が配布されていたので鞄にしまう。
初日の緊張と単純な披露で身体はもうくたくただ。帰ったら早くお風呂に入ってベッドに横になってしまいたい。でもその前に、お母さんに入学式をすっぽかして何をしてたのかを問いただされるだろうから、長引いてしまわないように端的な説明を用意しておかなければならないだろう。

さぁ帰ろうと思ってリュックを背負い顔を上げた時、

「な、なぁ! 俺、切島鋭児郎っていうんだ!」

「きりしま、くん。えっと……?」
「清浄立ち幅跳びやばかったな! あっ俺の個性は『硬化』ってやつなんだけどさ、」
「切島くんは、皮膚が硬くなるんだよ、ね。握力とか、すごかった……」
「いやぁでも障子や八百万を見てたら俺なんかまだまだだぜ!」

いきなり怒涛に話しかけられて思わず身を小さくした。赤くてつんつんした髪が印象的な切島くん。唐突に私の目の前に現れた彼はいまいち要領を得ない調子で、どう対応すればいいのかわからず怯んでしまう。

「落ち着いて切島ちゃん。清浄ちゃんが怯えているわ」
「初日から積極的だな〜! 俺も負けてらんねぇ」
「わ、わりぃ!!」
「だ、大丈夫だよ、気にしないで」

助け舟を出してくれたのは大きな目の女の子と金髪に黒のメッシュの男の子。女の子の方は確かカエルみたいな個性でぴょんぴょん飛び跳ねていたはず。

「蛙吹梅雨よ。梅雨ちゃんと呼んで」
「つ、梅雨ちゃん!」
「私も木空ちゃんと呼んでもいいかしら?」
「もちろんだよ……! ぜひ……!」
「俺、上鳴電気! 電気くんと呼んで!!」
「電気、くん!」
「えっマジで呼んでくれんの!?!?」

上鳴電気くん、もとい電気くんは自分が言ったことなのに、彼の名前を呼んだ私を何故か驚いたように見た。いつの間にか隣にいた響香ちゃんが「こんなやつの言うことなんて間に受けなくていいんだよ」と、忠告してくれる。

「いや、だった? 戻したほうがいい、かな……」

「全然! むしろ呼び捨」電気くんが言葉を発する途中で響香ちゃんが彼女の個性であるイヤホンジャックを伸ばしてしまったから最後まで聞き取ることはできなかった。「清浄って、女子は最初から名前呼びだよね。ちょっと意外」「そ、その方が仲良く見えるかなって……」

私の周りにこんなに人が集まるなんてほとんどないことだ。切島くんは人を引き寄せる性格を羨ましいなぁと思った反面、狼狽えている自分を自覚して私にはハードルが高いなぁとも思った。
と、そこで先程から言葉を発していない切島くんに気がつく。

「ご、ごめんね切島くん! せっかく話しかけてくれたのに……」
「清浄が謝ることねぇよ! 話しかけたっつっても挨拶しときたかっただけだしな」

どうしてわざわざ私に? 私の席に来てまで? そう思わないでもない、どころかそればかりが頭の中をぐるぐると回るけど、自意識過剰だと思われたくないから黙っておくことにした。
彼はとても人の良さそうな笑顔で言葉を返してくれるので安心する。

「切島も名前で呼んで貰わなくていいのか?」
「そういうんじゃねぇって!!」

ニヤニヤと切島くんに顔を寄せる電気くん。『そういうの』がどういうのかよくわからないけれど、切島くんが顔を赤くすると髪と相まってまっかっかだなぁとかくだらないことを考えた。

「鋭児郎くん……?」
「っ!! や、やっぱ、切島で……!」
「ケロケロ。やるわね木空ちゃん」

「ウチ電車なんだけど清浄は?」
「……! 響香ちゃん、私も電車なんだけど、よかったら一緒に……」
「そのつもりで言ったんだけど」
「私も一緒にいいかしら」

一見クールな響香ちゃんがくすりと笑うととても可愛い。もちろん梅雨ちゃんも人差し指を口元に当てる仕草がツボだ。ていうか、私、帰り道に誘ってもらえた……! 授業が終わって早く帰りたいなんて考えていた私はとうにいなくなっていた。今の私はまるで羽が生えたかのよう、とても浮かれている。

「俺らもそろそろ帰るかぁ」
「清浄! 明日からもよろしくな!」

「わ、私こそ、これからよろしくね……!」



なぜ切島くんがそこまで私に声をかけてくれるのかは、やっぱり全くわからなかった。
澄んだオレンジの滲む夕焼けの下を今日できたばかりの友達と並んで歩く。いつもより夕日が静かに降り注ぐように感じたけど、私がいつもよりも顔をあげているだけなのかもしれない。カラスの声もしっかり聞いたのはいつぶりだろうか。
朝とは違って私の肩はとても軽くなっていた。


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