#09


残りの時間をたっぷり満喫した後は、宿舎に戻ってゆっくりと温泉に浸かった。今日は疲れたから暖かいお湯がよく体に染みた。

用意されていた浴衣に着替えて倉橋さんと歩く。

「若葉さん。今日大丈夫だった!?」
「大丈夫だったよ」

彼女にも少し心配をかけてしまっていたらしい。私はこの通り無傷だから何も心配する事は無い。それでも見も知らぬ不良達に怒り続けてくれる倉橋さんは可愛いな、なんて不謹慎。

「倉橋さんの班はどうだったの?」

あまり悪い出来事の話ばかりでは面白くないので、倉橋さんにも話を振ってみた。私達ができなかった暗殺の話なんかも聞いてみたかったから。まぁ先生は生きているんだけど。

「それがね、嵯峨野トロッコ列車のところで暗殺しようと思ってたんだけど、殺せんせーってば八ツ橋で銃弾止めちゃったんだよ!?」
「や、八ツ橋で……」

それはもうマッハ20の身体能力とかいう次元の問題ではない気がする。八ツ橋でライフル弾を止める方法など思いつきもしない。

「原さんから聞いたんだけどね。3班はあぶらとり紙で止められちゃったらしいよ」

あぶらとり紙って、あんな薄い紙でどうやって……話を聞けば聞くほど、うちの担任は人間じゃない。そんな事、みんなとっくにわかってる事だけど。

そんな雑談をしながら歩いていると、不意に倉橋さんが足を止めた。

「卓球だ! 一緒にやろうよ!」

旅館といえば定番の卓球スペース。少し前にはゲームコーナーもあって神崎さんがその腕を発揮していた。
ここはオンボロ旅館だと言われていたけれど、卓球やレトロなゲーム機なんかも置いてあるなんてそこそこ充実してると思う。

「卓球……いいけど、リーチが掴めなくて苦手なんだよね」
「あ〜、若葉さんテニス強かったもんねぇ」

去年まで、私はテニス部だった。部活一筋だった私はそこそこ表彰されたりもしていて、自分でも強い方だったと思う。部活に汗水流して必死に取り組んでいた頃の記憶が頭の隅に微かに過ぎった。

物思いに耽っている間にラケット握った倉橋さんの手が私の前に伸びてくる。どうやら彼女はやる気のようだ。
先にも言ったように、テニスのラケットと比べて卓球のラケットはグリップも短いため私はあまり得意ではない。でも、たまにはやってみるのもいいだろうか。私の運動神経は悪くないはずだ。



そんな軽い気持ちでラケットをにぎって二十分。案外、疲れる。たかが娯楽と舐めるんじゃなかった。

そんなに動かないスポーツだと思っていたのに、ものの数分で案外熱を消費してしまったので息が切れる前に止めた。お風呂上がりだから余計に汗をかきたくない。

「私、飲み物買ってから戻るね。倉橋さんもいる?」
「私は自分のあるからいいよ〜!」

久しぶりに運動をして喉が渇いてしまった。部屋に向かうまでに自販機があったのを思い出して、彼女と一旦別れる。

廊下を戻ると、思った通り少し逸れたところに自販機を見つけた。何を飲もうかな。

「若葉さんじゃん。温泉上がり?」

紅茶のブランドで迷っていると、私の背中から影が伸びてきて視界が一段暗くなった。それと同時に頭の上から降ってきた声。

「赤羽君……」
「だめだよ、ちゃんと髪乾かさなきゃ」

私と彼の間を何かが遮る。赤羽君が自身の持っていたフェイスタオルを、私の頭に乗せたのだ。驚いて息を吸いこんだ。一瞬、彼の匂いがする、とか考えた私は一体なんなんだ。恥ずかしくなってタオルを頭から取ったおかげで視界が晴れて、少し髪の湿った赤羽君が視界に映った。

「赤羽君……また煮オレ?」

がこん、と自販機が缶を吐き出す音がして見てみれば『レモン煮オレ』と印刷されている。煮オレシリーズって、こんな旅館にもあるようなメジャーな商品だったんだ……。

「そうだよ。若葉さんも飲む?」
「不味そうだからいらない」

はは、と軽く笑う彼を横目に自販機にお金を入れてボタンを押す。結局、高級カフェ仕立てが売りのレモンティーだ。決め手はパッケージが京都バージョンだったところ。

私がペットボトルを手にしたのを見て赤羽君が歩き出す。私もその後を追いかけた。
他愛のない話をして大部屋の方へと歩く。今日の災難の話に一切触れなかったのはお互いわざとだったと思う。でも、赤羽君があまり私の方を見ないのは、まだ今日の事を気まずく思っているからなのだろうか。私としては珍しく焦った顔をした赤羽君が見れて面白かったとさえ思っているのに。


そのまま女子部屋の前まで送られてしまったと気がついた時には、ひらひらと手を振って赤羽君が消えていった後だった。男子部屋と女子部屋は割と離れているから悪い事をしたな、と上辺だけで考える。今更心から遠慮しているわけではない。

少し傾いた襖を開くと、ガラガラと音が鳴るせいで部屋の中から視線が私に集まった。どうやらほとんど戻ってきていたようだ。

「ねぇ、若葉ちゃんも一緒に話そーよ!」

中村さんがそう言って有無を言わさず私の腕を引っ張る。慣れない畳につまづきそうになるから、大人しく彼女に付いて女子の輪に混ざった。

「若葉さんは好きな人いないの〜?」
「え、話ってそういう系……」

「修学旅行の夜と言えば恋話に決まってんじゃ〜ん!」と誰かが楽しそうに声を上げた。

「残念だけど私、好きな人いないよ」

特に恥ずかしがる内容も無いのであっさりそう答えると、何人かに凝視され思わず腰を引く。

「しらばっくれても無駄だから。カルマとはどうなの!」
「ええ、なんで赤羽君」
「逆に“なんで”、が、なんで!?」

中村さんに詰め寄られて倒れそうになって、後ろ手で体を支えた。中村さんの気迫が怖くて目を逸らしてしまう。

「最近よくカルマ君と登校してきてるでしょ!」「正直若葉さんがカルマ君か倉橋ちゃん以外と話してるところ見た事ないしね」「ていうか私、二人もう付き合ってると思ってたんだけど」

彼女達が指摘する事は間違ってないし、それだけ聞けば確かに私が彼の事を好きなように聞こえるかもしれないな、と改めて考えた。

「カルマ君今日若葉さんが連れていかれたのに気づいた時、とっても怖い顔してましたよ」
「殺せんせーが助けてくれた後も、なんか二人の世界〜って感じだったから置いていこうかと思っちゃった」

奥田さんと茅野さんから思いがけない襲撃を受ける。彼がとても怒っていたのは事実だから奥田さんの話は、少し脚色されているんじゃ? 程度に留まったけれど、茅野さんの話には私にも心当たりがあって頭が真っ白になる。

「こ、声かけてくれればよかったのに……」

私の肩に手を回した中村さんがタチの悪い顔で近づいてきた。

「よく見れば若葉ちゃんのこれ。どう見ても男物だよね〜??」

私の肩に回ったタオルの端を中村さんが摘まみ上げる。そういえば部屋に戻る途中で返そうとして突き返されたままだった。正直に答えても思う壺なのだろうが、混乱して上手い言い訳も思いつかない。

「………………赤羽君が、さっき」

渋々事実を伝えれば、彼女の笑顔がさらに弧を描いた。他の人達からも何やら嫌な視線を感じる。そんな彼女達を前に私は、顔が赤くなるよりも先に頭から血の気が引いていって、何も二の句が継げないでいた。

「んー、じゃあさ。若葉ちゃん的にカルマの好きなとこは? 友達としてでもいいから」

私の答えがどれも煮え切らないせいか、話を切り込む角度を変えたらしい。

「顔かな」
「……他は?」
「うーん、顔かなぁ」
「あはは! 若葉さん揺るぎないよね〜」

少し引いたような中村さんの反面、倉橋さんが面白そうに声を上げて笑う。
中村さんは諦めたのか呆れたようにため息を吐いた後、私の肩から腕を離した。私の話に食いついていたみんなの圧が弱くなったのを感じて私も胸を下ろす。ここ何ヶ月かの間、人との交流が控えめだったおかげで少し目眩がしそうだった。


「そういえば若葉さん一緒に写真撮ろーよ! カメラいいやつだったよね」

倉橋さんが私に声をかける。私のカメラは液晶が180°回転する最近のモデルで、神崎さんと写真を撮ったのをきっかけに彼女とも一緒に撮る約束をしていたのだ。

「うわ。それ一眼レフ? ちょっと見せてよ」

承諾の返事をするとすぐに中村さんに取られてしまった。私のカメラを操作する彼女を矢田さんと倉橋さんが覗き込んでいる。時々聞こえてくる声からして、彼女はアルバムでも見ているのだろう。あまり面白みのある写真は無いと思うんだけどなぁ。


「げ、カルマちゃっかり若葉ちゃんとツーショット撮ってるよ」
「しかも肩抱き寄せてる……抜かりないね」

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