#08


抵抗する間も無くロープで腕と体を拘束されて車に乗せられる。赤羽君は、班の他のメンバーは大丈夫なのだろうか。奥田さんが車に乗っていない。彼女があそこに残っているならひとまず安心だ。彼女は怪我もしていないし、殺せんせーを呼べる。だって、確か、あのしおりには……。


「うひゃひゃひゃ!! チョロすぎんぞこいつら!!」
「言ったべ? 普段計算ばっかしてるガキはよ、こういう力技にはまるっきり無力なのよ」

リーダー格の男が助手席から仲間を振り返る。どうやら運転しているのも彼らの仲間で、無免許の高校生のようだ。
私の持っていたカメラは私の後ろの男に取られていて、何かを操作されているらしい。

「どうでもいい写真ばっかりで1つも人が写ってねぇじゃねぇか! 俺等が“楽しい”写真でいっぱいにしてやるよ!!」

私の顔の近くで騒ぐ男が気持ち悪い。見た目も生理的に受け付けない。

「な、まずはカラオケいこーぜ、カラオケ」
「なんで京都まで来てカラオケなのよ!! 旅行の時間台無しじゃん!!」

「わかってねーな。その台無し感が良いんじゃんか。そっちの彼女ならわかるだろ」

男達に茅野さんが食ってかかると、リーダー格の男が神崎さんに声をかけた。

「どっかで見たことあったのよ。目ぼしい女は報告するよういつもツレに言っててよ」

そう言ってその男が私達に見せた携帯の液晶には、ウェーブのかかった茶髪に派手な服、派手なアクセサリーを身に付けた、紛れもない神崎さんが映っている。

「去年の夏ごろの東京のゲーセン、これおまえだろ?」
「…………!!」

「俺にはわかるぜ。毛並みの良い奴等ほどよ、どこかで台無しになりたがってんだ。恥ずかしがる事ァねーよ。楽しいぜ、台無しは。堕ち方なら俺等全部知ってる。これから夜まで、台無しの先生が何から何まで教えてやるよ」


! …………わかった、かもしれない。どうして私が、とても人当たりのいい神崎さんの事が、苦手、なのか。
でもそれは、私が気が付きたくなかった事だ。



連れてこられた廃ビルで体を縛っていたロープを巻き直された。今度は後ろ手で縛られてしまったから余計に身動きが取りづらい。

「ここなら騒いでも誰も来ねえな」
「遊ぶんならギャラリーが多い方が良いだろ。今ツレに召集かけてるからよ。ちゃーんと記念撮影の準備もな。楽しもうぜ、台無しをよ」

そう言いながら私から取り上げたカメラを見せつけてくる。壊されないだけマシだと思いたいけど、そう楽天思考もこんな状況下では続けていられない。


「……神崎さん、そういえばちょっと意外。さっきの写真、真面目な神崎さんもああいう時期あったんだね」

「………………うん」

茅野さんの言葉に、神崎さんが暗い表情をしてゆっくりと話し始めた。
父親の言いなりになっていい肩書を求める生活が嫌だったのだ、肩書を気にしないで自由にやりたかったのだ、と。

「……バカだよね。遊んだ結果得た肩書は『エンドのE組』。もう自分の居場所がわからないよ」
「か、神崎さ」
「俺等と同類になりゃいーんだよ」

男が私の声を遮った。そのまま、今まで自分達がやってきたというエリートを“台無し”にする“遊び”について話し出す。

……私は、もし彼女の名前を最後まで呼べていたとして、彼女になんと声をかけるつもりだったのだろう。『私はあなたと同じだ。私もあなたと同じように、自分を諦めてしまった』なんて言ったところで、彼女にとっても私にとっても何も解決したりしない。
私が彼女の事が苦手なのは、まるで私を見ているようだから? 自分の写る鏡に向けて不満を訴えているのだろうか。私が私の現状に満足していないなんて、またA組の頃のように足掻く事をどこかで望んでいるなんて、そんなの気が付きたくない。気づいたところで足掻くにはもう勇気が足りないのに。

「俺らそういう遊び沢山してきたからよ。台無しの伝道師って呼んでくれよ」

「……さいってー」

茅野さんの小さな声を目敏く拾った男が、彼女を背面のソファに押し付けて首を絞める。

「何エリート気取りで見下してンだ、あァ!?」

「か、茅野さん……、っ!」

思わず苦しそうな彼女に声をかけてしまった事に気がついた時には私は髪を無造作に掴まれ、膝か浮くほどに釣り上げられていた。

「東京に戻ったらまた皆で遊ぼうぜ。楽しい旅行の記念写真でも見ながら……なァ」

「ゔ……!」

皮を剥がされるような痛みが頭部全体を襲う。髪だけで体を持ち上げれられた経験なんて無いから、その強烈な痛みに足掻く余裕も無かった。大丈夫、大丈夫。自己暗示のように頭で唱え続ける。大丈夫、潮田君はあのしおりを持っていた。

「お、来た来た。うちの撮影スタッフがご到着だぜ」

ギィ……と錆びた扉の軋む音がして、目だけででも誰が来たのかを確かめようともがいた。痛みで霞む視界を動かせば、そこに映ったのは顔面をボコボコに殴られたように気を失った、先程までこの場の見張りをしていた男だった。
男がどさりと崩れ落ちて、それから見慣れた姿が顔を出す。

「修学旅行のしおり、1243ページ。班員が何者かに拉致られた時の対処法」

すらすらと読み上げる声と紙をぱらぱらとめくる音。

「考えられるのは、相手も修学旅行生で、旅先でオイタをする輩です」

潮田君の声はとても落ち着いていて、強ばっていた体の力が抜けてしまった。

「皆!!」
「なっ……てめぇら、なんでココがわかった……!?」

「っ、!」
男が驚いたのと同時に私は投げ捨てるように放られる。腕が縛られたままで受け身が取れず、全身で床のコンクリートにぶつかってしまう。

潮田君がしおりの続きを読み上げた。転んだ向きが悪くてみんなの顔は見えない。
家で読んだ時は拉致実行犯潜伏対策マップなんて役に立つのかなぁ、なんて呆れたけれど、こうしてそれに助けられているのだから何が起こるかわからないものだ。

「すごいな、この修学旅行のしおり! カンペキな拉致対策だ!!」「いやー、やっぱ修学旅行のしおりは持っとくべきだわ」


「……で、どーすんの? お兄さん等。こんだけの事してくれたんだ。あんた等の修学旅行はこの後全部入院だよ」

「!」なんとか動いてちらっと見た赤羽君の顔はとても怒りを滲ませていた。私に向けられたものではないのについ怯んでしまう。

「………………。……フン、チューボーがイキがんな」

ドカドカドカ、と壁の外から大きな物音が響いた。男達の表情が余裕の笑みに変わり、私達の顔が不安を帯びる。

「呼んどいたツレ共だ。これでこっちは10人。おまえらみたいな良い子ちゃんはな、見た事も無い不良共だ」

そうしてゆっくり扉の開く音がした。


「不良などいませんねぇ。先生が全員手入れしてしまったので」

「殺せんせー!!」

そこから現れたのは不良ではなく、坊主頭に瓶底メガネの学生を触手に巻き付けた、黄色い殺せんせーだった。今どきあんな絵に書いたようなガリ勉なかなかいないって。

この顔が暴力教師と覚えられるのが怖いのです、そんな理由で黒子のような布を角帽から垂らしている殺せんせーは私達に緊張感を感じさせない。よく見れば後方には奥田さんの姿も見えて私は密かに安堵を浮かべた。

「渚君がしおりを持っていてくれたから……先生にも迅速に連絡できたのです。この機会に全員ちゃんと持ちましょう」

私の体を触手で起こしながら、殺せんせーは別の触手で私にもしおりを差し出してきた。

「あ……私、自分の持ってるから……」

「流石若葉さんです。みなさんも見習いましょう!」

顔色が明るくなって、大きな丸印が殺せんせーの顔に浮き出る。

「……せ、先公だとォ!? ふざけんな!! ナメたカッコしやがって!!」

不良達がそこら辺に転がっていただろうビール瓶などの武器を片手に先生目掛けて飛びかかった。でも、そんな物がマッハ20の殺せんせーに適うわけがない。先生の顔色がいつかも見た真っ黒なものになった。

「…………ケ、エリート共は先公まで特別製かよ。テメーも肩書で見下してんだろ? バカ高校と思ってナメやがって」
「エリートではありませんよ」

すぐに黄色に戻った殺せんせーが、諭すように話し始める。それは私達の境遇について。私達は、エリートではない。その先生の語りは、不良達だけでなく私達にも向けられているようだった。

「学校や肩書など関係ない。清流に棲もうがドブ川に棲もうが、前に泳げば魚は美しく育つのです」

多分この台詞は、神崎さんに向けられたものだ。私は彼女と同じで自分に諦めてはいるけれど、肩書なんてものには最初から全く興味が無い。

「……さて、私の生徒達よ。彼等を手入れしてあげましょう。修学旅行の基礎知識を体に教えてあげるのです」

先生が長く話している間に不良達の後ろに回った潮田君達が鈍器……いや、修学旅行のしおりを振りかぶる。ゴッ、と男達の頭にぶつけたのが本当に紙なのか怪しいくらいの低い音がして、男達は床に倒れ込んだ。
奥田さんまで……大人しそうに見えて以外と思い切りがいいんだなぁ。



「っ、若葉さん大丈夫、?」
慌てたように駆け寄ってきた赤羽君が私のロープを解いてくれる。

「ありがとう、赤羽君」

赤羽君が座り込んだままの私に合わせてしゃがんだ。私の目にまっすぐに映り込んだその表情は、なんとも言えない無表情だ。

「……痛かったでしょ」
「? 何が?」

私が首を傾げると、彼の手が私の頭に伸びてきて、私の頭を優しく撫で始めた。

「え、あ、!? 大丈夫……禿げるかと思ったけど……」

びっくりして、遅れて彼の言わんとするところを理解した。脳天気な話だけど、もう頭の痛みなんて忘れかけていた。

「守ってあげられなくてごめん。……怖かった?」
「……ううん。来てくれると思ってたから」

口では否定しつつも、本当は怖かったのかもしれない。どっちにしろ安心したのは事実で、するすると喉の奥から言葉がこぼれた。
赤羽君としばらく目が合って、途端に顔に熱が集まる。彼降りてきた手は、私の耳の辺りで顔を包み込むように動きを止めていた。

「だってほら、こ、殺せんせーのしおりに対策、書いてあったし」
「……もしかして若葉さん、あれ全部読んだの?」
「読んだ……」

神妙な顔を続けていた赤羽君の雰囲気がだんだん解けて行くのが伝わってくる。

「若葉さんって結構真面目だよね」
「普通だと思う」

一つ息を吐き出してから、彼は私の頭から手を離してコンクリートの地面に腰を下ろした。……心配、してくれてたんだな。普段飄々とした彼がらしくもなく切羽詰まった表情をしていたのを思い出して、思わず頬が緩んだ。

「! ……今笑った?」
「、笑って、ない」
「……まぁ、今日は無事だっただけでいいか」


みんなに続いて廃ビルから出て、鞄からしおりを取り出す。京都のお土産特集は何ページだっただろうか。

「神崎さん……!」

「……?」

「わ、私ね。京都の金平糖が気になってる。あと、胡粉ネイルとかも気になってるの」

八坂神社に向かう途中で彼女に話しかけられた事を思い出しながら話す。彼女はそんな私を見て何かを感じ取ってくれたようで、表情を柔らかくして私を見つめた。

「若葉さん、後でそのカメラで私と写真撮ってくれる?」
「!」
「一緒にお土産屋さん見て回ろうか」
「ぜひ……!」

これが正解だと思わない。私はただ問題を先送りにしただけだ。でも進まないためにはこうするしかなかった。

神崎さんが私と話してみたかったのは、多分、彼女も私が自分と同じだとどこかで気がついていたから。
でも私が彼女に話しかけたのは、自分の心を覗かれるのが怖かったからだ。前を向いて泳ぎ出してしまった彼女に手を指し伸ばされるのが怖かったから、彼女に何か言われてしまう前に私から距離を詰めたのだ。多分。

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