#10
色々あった修学旅行だったけれど、終わって振り返ってみれば寂しさというか空白感というか、そんなものが少し胸を満たしていた。
「今日から転校生が来るんだってね」
今日も当たり前のように隣を歩く赤羽君が私に話を振ってくる。私達の前後にクラスメイトは一人も見られない。今日は赤羽君も私の家で朝ご飯を食べたために普段より少しだけ遅めの登校だ。
「らしいね」
「あ、久しぶりに見る他人に無関心な若葉さんだ」
前を向いていた彼が私の方を見てからかうような顔をした。
「え、いや、別に無関心なわけじゃ……」
「そりゃそっか。クラスに馴染めてない若葉さんじゃ、教室に一人二人ひとが増えたところで一緒だもんね」
「勝手に完結しないでよ。友達だってできてきたのに」
彼の言葉に思わずムッとした。だって倉橋さんとは仲良くやれてると思うし、修学旅行なんて苦手だった神崎さんに自分から話しかけたのだ。同じ班だからか茅野さんや奥田さんも時々話しかけてきてくれた。
「そうだね。若葉さん、頑張ってると思うよ」
赤羽君が少し細めた柔らかい目をしながら前を見た。先程までの態度と急に変わってしまったものだから何か意味深に感じてしまう。彼にそのつもりは全く無いのかもしれないけれど、こういう顔をした時の彼の目の奥はちっとも見えないから。
話から逸れてしまった件の転校生は、きっと、殺し屋だろう。
「あれ、何かな」私が席に着く前に窓の方の席を見てこぼした独り言、その一言への返事は朝一番のSHRで烏間先生がくれた。
「皆知ってると思うが転校生を紹介する。ノルウェーから来た自律思考固定砲台さんだ」
『よろしくお願いします』
黒くて大きな立方体。その側面上部に取り付けられたモニターの中ではかわいい女の子の顔が口をパクパクと動かして音声を発していた。そういえば烏間先生からのメールに外見が特殊だとか、そういうような事が書かれていた気がした。
「言っておくが『彼女』は思考能力と顔を持ち、れっきとした生徒として登録されている。あの場所からずっとおまえに銃口を向けるが、おまえは彼女に反撃できない」
殺せんせーは、何故かわからないけど私達の“先生”であり続けようとしている。私達の暗殺対象でありながら、この椚ヶ丘のどの教師よりも“教師”を全うしようとしているのだ。だから、この手の策を講じてくる政府は卑怯だ、と思ったけれど地球の命運がかかっているのだから仕方が無いか。
「いいでしょう。自律思考固定砲台さん、あなたをE組に歓迎します!」
長い名前だな、と思ったくらいで、あんなタコがいるような教室ではそれほどの衝撃を感じなかった。
──ガシャ ガシャ ガキィン!
一時間目、国語の授業中。唐突に複数の大きな金属音がして、驚いて肩を跳ねさせた。音のした方、隣に座る赤羽君の奥の転校生を見遣ると、その黒いボディーから朝は無かった複数の物騒な腕を生やしていた。
そしてすぐさまそこから放たれる無数の対先生弾。
銃声はもちろん、黒板に当たって跳ね返る弾の音が教室を揺さぶるくらい響いてうるさい。つい顔を顰めて耳を両手で塞いだ。
「授業中の発砲は禁止ですよ」
『気を付けます。続けて攻撃に移ります』
自律思考固定砲台さんが休む暇なく射撃を続ける。いつもの余裕を保ったままの黄色い顔色をしながら目の前の弾をチョークで弾いた殺せんせー。その直後、先生の指が一本弾け飛んだ。どうやら先生が弾いた一発目の裏に隠し弾を仕込んでいたらしい。これで殺せんせーに攻撃を食らわせたのはクラスで二人目になる。
『右指先破壊。増設した副砲の効果を確認しました。次の射撃で殺せる確率、0.001%未満。次の次の射撃で殺せる確率、0.003%未満。卒業までに殺せる確率、90%以上。よろしくお願いします殺せんせー。続けて攻撃に移ります』
そりゃあこうやって卒業まで、文字通り“続けて”攻撃し続ければ確率も90%を超えるだろうなぁ、と他人事のように納得して、授業にならないのならと机の上で組んだ腕に顔を伏せた。
次の日、学校に来てみると自律思考固定砲台さんの銃の展開を妨げるようにガムテープが巻かれていた。自分の席から右隣を見れば机にガムテープが置かれていたからどうやら寺坂君の仕業のようだ。私は一番後ろの席で直接的な被害も無いからそこまで反感を持たなかったけれど、跳ね返ってくる弾を避けたり、床に散らばる弾を片したり、授業の妨げにすらなるようではこれも仕方の無い仕打ちかもしれない。
『おはようございます!! 若葉さん!』
「あ、おはよう。自律思考固定砲台さん」
今日は最近では珍しく赤羽君が私よりも先に登校した日で、一人教室の扉を開けると全身モニターとなった例の彼女がにこやかな笑顔と仕草で私に話しかけてきた。
「ねぇ、なんでそんな動じないの?」
鞄を机にかけていると左から声をかけられる。
「赤羽君もそんなに動じるタイプに見えないけど……」
「それでも多少は驚くよ。でも、殺せんせーならやりかねなかったからね」
「私もまぁ、そんな感じだよ」
本人の話によると、殺せんせーは彼女に“協調性”を学習させたらしい。昨日まであんなに迷惑そうだったクラスメイトも楽しそうに彼女の周りに集まっている。少しあざとい性格になっているようにも思ったけれど、それはそれで可愛いな、なんて私も雰囲気につられて楽観した。
「ねぇ! 若葉さんもおいでよ!」
休み時間、倉橋さんに呼ばれて私も自立思考固定砲台さんを囲む人の輪に近寄った。輪の中心の彼女はボディーの左側から白象のフィギュアを出しながら、その右側で千葉くんを将棋で負かしていた。
「花のデータを学習しておきます」彼女がそう言ったのを聞きながら、もし頼めば赤羽君のかっこいいフィギュアとかも作ってもらえるのかな……なんて考えたことは流石に誰にも知られたくない。当の赤羽君は離れた所、教室の前で潮田君と話しているようだった。
「このコの呼び方決めない? “自律思考固定砲台”っていくらなんでも」
「だよね」「………………そうさなぁ、何か1文字取って……」「自……律……」「そうだ」
「じゃあ“律”で!!」
片岡さんの提案に悩み始めたみんなの中から不破さんが最後に声を上げる。
「安直〜」「おまえはそれでいい?」
『……嬉しいです!! では、“律”とお呼びください!!』
花が咲いたような笑顔を浮かべた彼女に私の表情も綻んでしまう。…………それでも彼女はプログラムなのだ、と、空気を読めない思考が頭をよぎってしまう自分が私はあまり好きになれなかった。
『おはようございます皆さん』
「“生徒に危害を加えない”という契約だが……『今後は改良行為も危害と見なす』と言ってきた」
初日のように画面が縮小されてディスプレイも省エネだな、なんて思っていたら、やっぱり彼女は開発者の手によってダウングレードさせられてしまったようだった。
烏間先生の説明によると、一昨日のように彼女をガムテープでぐるぐる巻きにすることも許されないらしい。隣で寺坂君がガムテープを没収されていた。
「持ち主の意向だ。従うしかない」
「持ち主とは、これまた厄介で……。親よりも生徒の気持ちを尊重したいんですがねぇ」
これで殺せんせーはもう手出しができなくなってしまうのだから、その開発者も殺せんせーの扱いをよくわかっているようだ。“先生”でいることを絶対とする以上、殺せんせーはどうやったって不利なのだから。
『………………攻撃準備を始めます。どうぞ授業に入ってください殺せんせー』
その音声を聞いて、みんなが体を緊張させて防御体制に入る。彼女のうるさい起動音が教室に響いた。
『………………花を作る約束をしていました』
静かになった教室に、静かな声が鳴った。彼女のボディーはプラスチック製のたくさんの花で茂っている。
『殺せんせーは私のボディーに……計985点の改良を施しました。そのほとんどは……マスターが「暗殺に不要」と判断し削除・撤去・初期化してしまいましたが、学習したE組の状況から“私個人”は「協調能力」が暗殺に不可欠な要素と判断し、消される前に関連ソフトをメモリの隅に隠しました』
「………………素晴らしい。つまり“律”さん、あなたは」
彼女の顔が、無機質なものから人間らしいものへと変わる。
『はい、私の意志で産みの親に逆らいました。殺せんせー、こういった行動を“反抗期”と言うのですよね。“律”は悪い子でしょうか?』
ソフトクリームやロリポップのオブジェを出しながら、彼女は殺せんせーに問いかけた。
「とんでもない。中学三年生らしくて大いに結構です」
殺せんせーは顔にオレンジ色の丸印を浮かべた。自分が殺される確率が上がったというのに、先生は相変わらず呑気なものだ。
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