#04
「さて、始めましょうか」
6人になった担任が、私達に向けて声を揃えてそう言った。
「学校の中間テストが迫ってきました」「そうそう」「そんなわけでこの時間は」「高速強化テスト勉強をおこないます」
「先生の分身が一人ずつマンツーマンで」「それぞれの苦手科目を徹底して復習します」
自分の台詞に自分で相槌を打って、先生は一気に27人に増えた。私の前にも現れた先生の分身の頭には『社』と書かれたハチマキが巻かれている。両隣を見てみると、赤羽君の殺せんせーは『数』、寺坂君の殺せんせーは木の葉の額当てだった。な、NARUTO……!!
曰く、「寺坂君は特別コースです。苦手科目が複数ありますからねぇ」らしい。
先生が増えてクラスの人数が倍になっただけでも人口密度が大きくなるっていうのに、殺せんせーってやたらかさばるからシャレにならない。
「若葉さんはどの教科も卒がありませんが、社会だけはやはり他の教科の足をひっぱってしまいますねぇ」
「なんで先生知ってるの?」
「暗記教科は授業を聞いているだけでは頭に入っていないでしょう。あなたが真面目に取り組んでいた去年の成績も参考にしましたが、常に社会科が少し劣っています」
「もともと覚えるの苦手なんだ」
「まずは興味を持つところからのようですねぇ」
ぐにゅんっ
「えっ」
殺せんせーの顔のど真ん中が思いっきり歪んだ。
「急に暗殺しないでくださいカルマ君!! それ避けると残像が全部乱れるんです!!」
先生の言葉に反応して左隣に顔を向けると、赤羽君が対先生ナイフを握った右手を先生の顔面に突き立てていた。もちろん避けられてしまっているから今先生は死なずに喚いているのだけれど。
「っ!」
先生にちょっかいをかけて舌の先を小さく出している赤羽君と目が合った。それまで表情を顔に乗せていなかったのに、私に向けてイタズラが成功した子供みたいな顔で笑うから。
「っ〜〜〜〜!!」
思わず彼から顔を背け、顔を覆って机に突っ伏してしまう。心の中で足をバタバタさせるけど、それが心の中に収まりきらずふるふると肩を震わせた。
「あはは、若葉さん耳真っ赤」そんな声が聞こえたけど何か反応を返す余裕なんてなかった。
『さらに頑張って増えてみました。さぁ、授業開始です』
もう、私の視界には殺せんせーしか映っていない。
何があったのか知らないけれど、一人に一体だった殺せんせーが4倍に増えていた。先生の副音声が何重にも聞こえてうるさい。
「……先生、それピカチュウのつもり?」
いくら殺せんせーといえど108人に分身するのは流石にスピードに無理があるみたいで、昨日と違って残像が乱れている。そのせいで今、私の前には本家に似ても似つかない電気ネズミが紛れているわけで。周りを見れば、偉い人に怒られそうなクオリティのミッキーやドラえもんがちらほら確認できた。
私も体良く先生に声をかけてはみたけれど、正直4人同時に説明してこられても効率が下がる一方だし、先生の残像のスピード線も気になって集中できない。そして、何より単純に邪魔だ。昨日までの人口密度の比ではない。なんたってこの狭い教室に135人も……いや、先生は1.5人分くらいの幅を取るから大体189人分詰め込まれている事になる。普通に鬱陶しい!
「………………さすがに相当疲れたみたいだな」
「なんでここまで一生懸命先生をすんのかね〜」
終礼を知らせるチャイムが鳴って、やっとこの異様な空間から開放された。教室の前に目をやると、疲れてぐでぐでになった先生がうちわで自身を扇いでいる。
「…………ヌルフフフ。全ては君達のテストの点を上げるためです。そうすれば……」
そう言って自分の妄想を語った先生には悪いけど、その妄想が実現する日は一生来ないと思う。……生徒の信頼はともかく、先生は国家機密だし、それ抜きにしても近所の巨乳女子校生は先生なんかに押しかけないに決まっているから。
「……いや、勉強の方はそれなりでいいよな」「……うん。なんたって暗殺すれば賞金百億だし」「百億あれば成績悪くてもその後の人生バラ色だしさ」
「にゅやッ! そ、そういう考えをしてきますか!!」
三村くんと矢田さんの発言を皮切りにクラスの空気が変わる。
「俺達エンドのE組だぜ、殺せんせー」
「テストなんかより……暗殺の方がよほど身近なチャンスなんだよ」
私達のクラスは誰もが認める、むしろ公式的な落ちこぼれクラスだ。所詮E組は何をやっても無駄。このクラスに落とされて二ヶ月、その意識はもう私達にしっかりと根付いてしまっている。私は、この空気が嫌いだ。
「なるほど、よくわかりました。今の君達には……暗殺者の資格がありませんねぇ」
紫色の顔に大きなバツ印。“不正解”の時と同じ色に変わった先生は私達に校庭へ出るように行って外へ出て行ってしまった。
「……? 急にどーしたんだ殺せんせー」
「さぁ……いきなり不機嫌になったよね」
先生がなぜ怒っているのか。その理由を私がわかってしまうのは私がこのクラスで浮いているからだ。自分の意思でここに来て、その気になればいつでも本校舎に戻れる私は、自分の事を“落ちこぼれ”だとは思っていない。私にとって、『暗殺なんかより、テストの方がよほど身近なチャンス』だから。
「イリーナ先生。プロの殺し屋として伺いますが、」
「…………何よ、いきなり」
「あなたはいつも仕事をする時……用意するプランは1つですか?」
雑草が茂って誰も使っていない校庭にある寂れたゴールを動かし終えた先生が、くるりと振り返ってイリーナ先生に尋ねた。
「……? いいえ」
暗殺で大切な事もナイフ術で重要な事も、第一手ではなくその次の手をしっかり整えておく事だ。イリーナ先生と烏間先生は迷う素振りなく殺せんせーにそう言った。
「先生方のおっしゃるように、自信を持てる次の手があるから自信に満ちた暗殺者になれる。対して君たちはどうでしょう。『俺等には暗殺があるからそれでいいや』……と考えて勉強の目標を低くしている」
くるくるくるくる、殺せんせーが少しずつスピードを上げて回り出す。
「! …………」
加速で殺せんせーの顔が認識できなくなる直前に先生と目が合った気がした。いつもより感情が読めなくて不安を感じて体が固まる。心の内を見透かされるようで心臓がばくばくと音を立てていると、後ろから誰かが私の腕を引いた。
肩を跳ねさせて振り向くと、赤羽君が一人木にもたれかかっていて、私の腕を掴んでいるけれどその目は殺せんせーの方を向いたままだ。
彼の軽い力に任せて彼の方へ一歩下がる。
彼は私と同じだ。自分を落ちこぼれだなんて思っていない。けれど、彼は私とは違う。
クラスの彼らと正反対に私にある、『私には勉強があるからそれでいいや』という思考を先生は見透かしていた。
第二の刃を持たざる者は……暗殺者を名乗る資格なし!!
風が音を立てるまで加速し、いよいよ竜巻のようになった殺せんせーがみんなに言った。あまりの風圧に目を開けられない。赤羽君の私の腕を掴む力が強くなった。
磨くのをやめた“勉強”という私の刃はいつこぼれていくかわからない。私は、第二の刃どころか第一の刃だって不安定なままだ。
「…………校庭に雑草や凸凹が多かったのでね、少し手入れしておきました」
「!!!!」
殺せんせーが回るのをやめ、大きな音が止んだ頃に目を恐る恐る開ける。
そこには目を閉じる前とはすっかり変わり綺麗に整備された、平らな土が顔を出す広い校庭が広がっていた。
「もしも君達が自信を持てる第二の刃を示せなければ、相手に値する暗殺者はこの教室にはいないと見なし、校舎ごと平にして先生は去ります」
「第二の刃……いつまでに?」
「決まっています。明日です」
腕が軽くなって後ろを振り向くと赤羽君がまっすぐに私を見ていた。私が息を呑むと、彼はまた殺せんせーの方に顔を逸らしてしまった。
「明日の中間テスト。クラス全員50位以内を取りなさい」
「!!?」
ゆっくりと顔を俯かせて、思わず制服の裾を握る。……50位、以内。それは本校舎復帰の第一条件だ。
「自信を持ってその刃を振るって来なさい。ミッションを成功させ、恥じる事なく笑顔で胸を張るのです」
私はもうテストなんてどうでもよかったのに。
「自分達が暗殺者であり……E組であることに!!」
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