#06


「ほら、帰るよ」

先程までの沈んだ空気なんて無かったかのようにいつも通りの教室の中で、赤羽君が席に着いたままの私の手を引いた。

「えっ……なんで、」
「いいから。鞄持って」

有無を言わせない圧を感じて自分のスクールバッグを肩にかける。それを確認してスタスタと教室を出て行く赤羽君を納得のいかないままに追いかけた。


無言で山道を下る。赤羽君が私に話があるとすれば一つしかないのはわかっていた。

「ねぇ、なんで斜め後ろ歩いてんの?」

軽く足を止めて赤羽君が私を振り返る。

「いつもみたいに隣歩けばいいじゃん」

無意識に彼の後ろについていた私にはそれに逆らう理由も無く、言う通りに彼の隣に立てば彼は満足したようにまた歩き始めた。


「若葉さんのテスト見せてよ」

もしかすると、彼は私のテストに触れる気は無いのかもしれない。山を下りきってそう思い始めた時に彼はその言葉を発した。

「……嫌だ」
「交換ならいい? はい、俺の」

そういう事じゃない。そう否定する前に彼は自身のテストを無理やり私に手渡してきた。

「だから嫌だって……」
「交換なんだから若葉さんのも見せてもらわないとね〜」

そう言って赤羽君は、たいした力の込められていなかった私の腕から鞄を奪い取ってしまった。

「えっやめて!」
「あはは、声を荒らげる若葉さんってレアだよね」
「どうでもいいよ……!」

そんなしょうもないやりとりをしている間に彼は私の鞄を開けてファイルの中を探っている。最近プリントを整理したばかりだからすぐにテストは見つかってしまうだろう。中学生とはいえ体格の違う私と赤羽君では、私を妨げようとする彼の前に回り込む事なんて不可能だった。

「はい。望み通り返してあげるよ」

もちろんその言葉と一緒に私に渡されたのは既にテスト用紙が全て回収されてしまったスクールバッグだ。流石にここまでくれば観念するしかないので渋々それを受け取る。
対する赤羽君は私から奪い取ったテスト用紙をパラパラと眺めた。なんだか手持ち無沙汰になったので先程渡された彼のテストを見てみると軒並み90点代の高得点だった。

「これ、一回解いてたの消したでしょ」

浅ましい私をあっさりと見破られてしまったけど素直に認める事なんてできない。自然と目が足元の地面を見つめてしまう。

「別に責めてないって。まだ勝負の途中だしね」

普段と声色の変わらない声が降ってきて、私は思わず顔を上げた。

「もうすぐ修学旅行でしょ? 俺と一緒の班になんない?」
「え、あ、……別に、いいけど」
「楽しい修学旅行になるといいね」

唐突に違う話題を振られてわかりやすく動揺した。
修学旅行、か。

「ちょっと楽しみ、かな」

露骨に声が一段明るくなってしまった私を赤羽君が意外そうに見る。

「京都行った事無いから。八ツ橋とか餡蜜食べたいな」
「へぇ〜珍しく饒舌だね」

普段は話膨らまさないのに。赤羽君がそう言った。
子供っぽいと言われるかもしれないけれど、学校行事は好きな方だと思う。修学旅行はE組は完全に差別されるから、逆に捉えれば本校舎の人達と鉢合わせる可能性も少ない。

その楽しみに思いを馳せながら、赤羽君と他愛ない話を続けて帰路を歩く。
いつもより少しだけ話が弾み、気がついた時には私の家のすぐ近くだった。普段赤羽君と登校する時も家まで迎えに来てくれるせいでこの道を彼と歩く事にすっかり違和感が無くなっている。
赤羽君は私の家を知っているけど私は彼の家を知らない。小学校が違ったという事は彼の家はこの辺りじゃない、どころか、椚ヶ丘は私立だからさらに遠くに住んでいるかもしれないのだ。今更、彼にとってこの行為は迷惑なんじゃないだろうか、と思い始めた。今まで私が彼を迷惑だと思った事はあったけれど逆を考えた事は多分、無い。
赤羽君を見上げて口を開いたけど、私の口はただ空気を呑んだ。夕日と赤羽君が綺麗だった。

この関係は彼が言い出した事だ。どうせ私が何を訴えても彼は聞き入れないだろう。浮かんだ不安を心の中でそう落ち着けて、もう少しこの関係に甘えてみる事にした。




テストが終わって数日経った。テスト前は週に二度ほどだったのにテスト以降毎日迎えに来る赤羽君と一緒にE組の教室に着いて、赤羽君が開けてくれたスライドドアから教室に入る。

「ねぇ若葉さん! 修学旅行の班ってもう決めた? まだなら私と一緒の班にどうかな!」

私を確認するなり駆け寄ってきて言葉を並べた倉橋さんに少し驚く。

「倉橋さん、あの……」

倉橋さんに話しかけられた私をスルーして自分の席に向かっていった赤羽君に、つい目を向ける。私の移った目線に彼女も彼の方を振り向いてなぜか納得したように私に向き直った。

「う〜流石カルマ君。手早いなぁ」
「ご、ごめん」
「気にしないで! 隙を見て話しかけるね!」

倉橋さんは笑顔でそう言って矢田さん達の方へ戻って行ったので私も自分の席に向かった。よく考えれば赤羽君と二人で倉橋さんの班に入れてもらえばよかったかもしれないと思ったのは朝のSHRが始まった後だった。

殺せんせーのいない体育の時間、烏間先生が私達の前で修学旅行も“任務”、つまり『暗殺』だと言った。私達の自由行動に付き添う殺せんせーをプロの狙撃手が狙うから、それを考慮したコースを選ぶのだ。どうせ私は班の誰かが考えたコースを回るだけだし、修学旅行は内容よりも雰囲気を楽しむものだと思うから特に不満は無かった。


班決めやコース決めのためにみんなが教室内を歩き回っている。私は赤羽君と同じ班、とだけしか決まっていないけれど、自分から声をかけられるわけでもないので意味も無く自分の席の側で突っ立っていた。

「カルマ君! 同じ班なんない?」
「ん。オッケ〜〜〜」

そんな声が近くから聞こえたかと思ったらいきなり腕を引っ張られる。

「若葉さんも一緒なんだけどいい?」
「大丈夫だと思うよ。よろしくね、若葉さん」
「よ、よろしく」

大丈夫だと答える際に潮田君が杉野君達の方を見ていたからきっと彼らと同じ班なのだろう。潮田君とはあまり話した事が無いので、まっすぐ目を見て挨拶してくれる彼に少し身動いでしまった。

「若葉さんは大歓迎だけど、大丈夫かよカルマ。旅先でケンカ売って問題になったりしないよな?」
そんな会話を耳に入れながら教室を見渡した。どこの班もほとんど確定してきたみたいで、わいわいと楽しく計画を立てる声が教室を満たしている。


「若葉さん。よろしくね」

静かに私の耳の中に響いたのは神崎さんの声だ。どうやらこの班は、赤羽君、潮田君、杉野君、茅野さん、奥田さん、神崎さん、そして私の7人で確定みたいだ。

「私こそ、よろしくね」


他の班ではイリーナ先生も口を出してぎゃーぎゃー騒ぎながら計画を立てている。そんな中、どこに行っていたのか殺せんせーがひょっこり現れてクラス全員に「ひとり一冊です」「重っ……」「何これ、殺せんせー?」「修学旅行のしおりです」「辞書だろこれ!!」厚さ10cmほどの分厚いしおりを配った。先生が無駄な特集や初回特典の金閣寺を自慢しているのを聞き流しながらぱらぱらとめくる。『財布に二千円札しかない時』『京都で買ったお土産が東京のデパートで売ってた時のショックからの立ち直り方』…………いるかなぁ、これ。

「大体さぁ。殺せんせーなら京都まで1分で行けるっしょ」

あからさまにハイテンションで、片道何時間もかかる私達以上にわくわくしている先生にみんなが呆れる。

「もちろんです。ですが、移動と旅行は違います。皆で楽しみ、皆でハプニングに遭う。先生はね、“君達と一緒に”旅できるのが嬉しいのです」

ハプニングは無いに越した事はないんだけど。
私が学校行事が好きなのは、他人に気のないふりをしたって“みんなと一緒に”何かをするのが楽しみだからなのかもしれない。

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