#07
赤羽君と一緒に集合場所である駅に向かう。家に着くまでが遠足だ、という言葉があるけれど。
今日の目覚ましを止めたのが、私の修学旅行の始まりの合図だったような気さえした。
「歩くの速いね、そんなに楽しみ?」
いつも学校へ行くのとは違う道すがら、彼に指摘されていつもより自分の歩くペースの速い事に気がつく。
「ご、ごめん、つい……」
「あはは、なんか挙動不審で見てて面白いよ」
「きょど…………!?!?」
楽しそうに私を見て笑う赤羽君を軽く睨みつけるようにして見る。それすらも笑われてしまった。
「そんなに楽しみにしてると思わなかった。学校行事とか苦手そうなのに」
「私学校行事好きだよ。今年は友達もいないし楽しめなくてもいいやって思ってたけど、赤羽君がいるから」
「、俺がいるから?」
「赤羽君がいるから、楽しみ」
不意に赤羽君が表情を消して黙り込んだせいで沈黙が漂う。朝の清々しい空気とは妙にミスマッチでむず痒い。
何の沈黙なのか不安になって自分の言動を振り返れば、ふわふわした空気に浮かされて少し恥ずかしい事を言ってしまった事に気がつく。「ほ、ほら。倉橋さんもいるし、ね」慌てて誤魔化したけど、いつも以上にどもってしまって明らかに不自然だった。
「そういや新幹線、E組だけ普通車らしいね」
赤羽君は私が気を逸らそうとしたのを察してくれたみたいで、彼の方から話を変えてくれた。
「グリーン車がどんな感じかわからないんだけど、本校舎の人と顔合わさなくていいから気は楽だよ」
正直まだ、浅野君と顔を合わせたくない。あと去年までのクラスメイトにも会いたくなかったから、E組のはっきりとした差別待遇に初めて安心感を覚えた気がする。
「……私、新幹線初めてなんだよね」
「それで緊張してんの? はは、ちゃんと酔い止め持った?」
「持った」
思えば、これがフラグというやつだったのかもしれない。
「だ、大丈夫? 若葉さん!」
「大丈、夫………うっ」
「どこが大丈夫なの!!?」
倉橋さんが私の背中をさすってくれる。なんとかふらふらになりながら辿り着いたE組の泊まる『さびれや旅館』、そのフロントのソファに腰を掛けて頭を抑えて俯く。酔い止めはしっかり飲んだはずなのに、頭から血の気が引いている。新幹線はなんとか持ちこたえたのだけれど、その後のバスで追い打ちをかけられてしまった。みんなでトランプをしてた時が一番楽しかったかなぁ………。
私から少し離れたところでは殺せんせーが瀕死状態でソファにもたれかかっている。「大丈夫? 寝室で休んだら?」「いえ……ご心配なく。先生これから一度東京に戻りますし。枕を忘れてしまいまして」色々つっこみどころはあったんだけど、それどころじゃないから聞き流した。
「く、倉橋さん、ごめ……うっ、」
「本当に大丈夫!?」
修学旅行の醍醐味である班別自由行動。E組も京都の街中で解散する。本校舎の人達は私達と遭遇してしまわないようにそもそも自由行動の日程が違ったりするのだろうか。
「でもさぁ。京都に来た時ぐらい暗殺の事忘れたかったよなー」
杉野君が残念そうな声を上げて、今日回るコースが殺せんせーの暗殺を目的としていた事を思い出す。私は暗殺に興味が無いから普通に満喫する予定だけれど。
「ちょっと寄りたいコースあったんだ。すぐそこのコンビニだよ」
潮田君の希望で予定していたコースから少し外れて進む。
彼が言った通り程なく現れたコンビニは見慣れた配色で、噂に聞くような京の景観に溶け込むような色をしているわけではなかった。普通にサークルKサンクスだ。
潮田君の先導でそのコンビニの入口の左側にある石碑に遅れて気がつく。サークルKサンクスの現代的な赤色から乖離したそれには『坂本龍馬 中岡慎太郎 遭難之地』と掘られていた。
「坂本龍馬……ってあの?」
「あ〜、1867年龍馬暗殺。『近江屋』の跡地ね」
「さらに歩いてすぐの距離に本能寺もあるよ。当時と場所は少しズレてるけど」
「……そっか、1582年の織田信長も暗殺の一種かぁ」
潮田君の話を軽く聞き流しつつ、鞄から取り出したカメラでふと写真を撮る。特に興味を引かれたわけではなかったけど、なんとなく。
「ずっと日本の中心だったこの街は……暗殺の聖地でもあるんだ」
「なるほどな〜。言われてみればこりゃ立派な暗殺旅行だ」
殺せんせーを京都で殺しても公にはならないかもしれない。でも、この地で死んだどんなビックネームよりも世界に重大な影響を与える、私達のターゲットだ。
気を取り直して本来の目的地であった八坂神社を目指す道中、ぼーっと最後尾を歩いていた私の隣に神崎さんが歩幅を合わせて並んだ。
「……若葉さん、京都で何か気になるものある?」
急に話しかけられて、真意を図りかねて戸惑う。
「え、いや、特には……」
「私、若葉さんとちょっと話してみたかったの。だから、同じ班になれてよかった」
「どうして……」
そこに言葉が続く事はなく、人の良さそうな笑顔でただ微笑まれてしまっただけだった。
彼女も口数の多い方ではないから気まずい空気のまま八坂神社を目指す。
たいして話を広げられなかったのは、私が彼女の事が苦手だからだ。理由はわからないけれど、彼女の事を見ていると頭の中がくすんでしまう。
「なに、カメラ持ってきたの? やたら本格的なんだけど」
八坂神社に着いてすぐ、いつの間に買ったのだろう、プラスチック容器に入ったコーヒーを飲みながら赤羽君が私に話しかけた。
「お父さんの。家にカメラってこんなのしかなくて」
「写真好きなの?」
「特別好きなわけじゃないけど、倉橋さんと修学旅行の写真見せ合う約束したんだ。あと、お母さんが楽しみにしてて……」
「ふーん、随分仲良くなったんだね」
「倉橋さんが優しいだけだよ」
「へー、祇園って奥に入るとこんなに人け無いんだ」
古風な街並みの残る通りを歩く。タイムスリップしたみたい、なんてチープな事は言わないけれど、喧騒から切り離されて人知れず風が凪ぐような、そんな浮世離れした空間を感じさせる。
私達以外誰もいない通りを振り返った。柵で囲まれた迷路に迷い込んだ気分。カメラを手にしてフレームに収める。この空気を閉じ込めたいものだけど、肌で感じたものをカメラに教える事はできない。
形だけを捉えた写真を確認して、少し離れてしまったみんなに駆け足で追い付いた。
「さすが神崎さん、下調べカンペキ!」「じゃ、ここで決行に決めよっか」
まったく神崎さんの下調べを聞いていなかったけれど無事に決行場所が決まってよかった、と人事のように考える。
「ホントうってつけだ。なんでこんな拉致りやすい場所歩くかねぇ」
「!! ……え?」
空気が固まる。
前からガラが悪くてガタイのいい男が三人、私達の道を塞いだ。退路はまだあるけれど、固まってのしかかった空気が足を地面に縫い付けていた。
「…………何、お兄さん等? 観光が目的っぽくないんだけど」
「男に用はねー。女置いておうち帰んな」
ガァン! と骨がぶち当たる音が響いた。
「………………!!」
私達の中で先頭に立っていた赤羽君が男の中の一人の顔面を掴んで近くの電柱に殴り付けたようで、その男は呻き声をあげてのたうち回っている。
「ホラね、渚君。目撃者のいないとこならケンカしても問題ないっしょ」
目を見開いて呆気に取られていた私と、飄々とした彼の目が合う。
「そーだねぇ」ゴッ!!
また硬いもの同士がぶつかる鈍い音がして、私の視界から赤羽君が消えた。代わりに先程までの三人より少し細身の男が映る。地面に倒れた赤羽君に移そうとした視線が、その男が手に持っていた金属バットを通過した。
「あ、あか、ばね、く…………」
喉が潰れたような声を無意識に絞り出したけれど、頭に未だ響く金属を骨に打ち付ける音が邪魔して誰の耳にも届かない。
「ホント隠れやすいなココ。おい、女さらえ」
呆然と立ち尽くしていると、高校生の一人に茅野さんが抑え込まれた。
「オイ何すんだ……」声を上げて向かっていく杉野君の鳩尾に赤羽君を殴った男の膝が入るその光景は、まるで手に持ったままでいるカメラのフレームを通しているかのように見えた。京都の景観や雰囲気よりも、よっぽど違う世界にいるようで────────
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