閃光


無意識の恋情ゲーム


最近頭痛が増えた。
脳みその裏側がつきんと針で刺されたような鋭い痛みが走る。でもそれは一瞬で少し視界がぶれるだけですぐ治って、いつも通り。こんな程度だから頭痛と呼ぶには大げさ過ぎて病院には行っていない。生活には支障が出ていない。というより行く暇がないというのが正しいだろうか。並盛高校に上がり、いくら同じ並盛内とはいえ新しい環境で一から組織を立ち上げるのは面倒で手間のかかる仕事も多々増える。僕の支配を深めるためにも僕直々に動かなきゃいけないことも多かった。高校になると大人気分の草食動物達が調子に乗り始める。軽い気持ちで犯罪に手を伸ばすのは心底愚かだと思うしそれでそいつらが人生棒に振ろうがどうでもいいが、並盛の治安が脅かされるのは見逃せない。この春は頭の沸いた群れを片っ端からぶん殴っていたら気付いたら夏もすぐそこまでやって来ていた。
その頃には風紀委員会も高校に十分根付いて、前ほど仕事にかかりっきりにならずにすんでいた。久しぶりに並盛中学の方を見てみるかと散歩がてら並盛中を覗いてみると、夏休みが間近に迫って午前中授業になったせいか皆浮き足立っていた。並盛高の制服はブレザーだが旧制服の学ランを着ている僕は色んな意味で目立ったのだろう。二三年生は僕の存在を確認するやいなや蜘蛛の子のように散っていたし、在校中の僕を知らない一年生は好奇心を湛えた瞳で遠慮容赦なく僕を観察してきた。グサグサ突き刺さる視線に苛つきながらも、校則違反の不良どもを蹴散らしつつ懐かしの校内を散策していた、そんなときだった。
校舎裏の、運動部がよく使っている水道場。日光で火傷しそうなほど暖まった蛇口をハンカチ越しで回して手を濡らすその生徒を見つけた途端、例の頭痛が襲ってきた。
沢田ツナ。ボンゴレとかいうマフィアのボスであり(よく知らないし興味もないが一応)僕を守護者と見なしているまあ他の群れよりは咬み殺しがいはある群れのトップ……である沢田ナツの妹。一言で言えば遅刻常習犯。さらに簡単に言えば落ちこぼれ。そんな小動物が、いた。
ジャーと勢いよくあふれでてきたせいで跳ねる水滴が顔に飛んできたのか、ぐしぐしとシャツの二の腕部分で拭くという女子らしからぬ行動をしている。変わらない。いくら注意しても遅刻は減らなかったし、長期休みのときは絶対補習に引っ掛かって毎回登校願いの名簿に名前が載っていたし、何よりあのどんくささは去年と変わらず健全のようだった。もう片方はあれだというのに、双子でもこれほど、違いが出るのだなと逆に感心していたような気がする。
ひらりとスカートが揺れる。きゅっ、と蛇口を閉めた沢田ツナがぱっと顔を上げた。
「ぎゃ!!ひ、ヒバリさん!?」
「……なに、僕がいちゃいけないの?」
「あ、いや。そういうわけじゃなくて……」
お久しぶりです。そう言ってきゅっと手元のハンカチを握り締めた沢田ツナは僕の顔を一瞬見ると、すぐに視線を落とした。それが何故かイラついて、なんでイラつくんだと我に返った。そうだ、別にいいじゃないかこんな小動物なんて。ましてはこの子に何度苛立たされただろうか。遅刻しすぎて僕が迎えに行った方がいいのではないかと思ったほどなのだ。
「ヒバリさんはなんで並中に?卒業式したはずじゃ……」
「別に、母校を訪ねたっていいでしょ」
「あ!た、確かに……」
「………君は何してたの?」
「オレですか?教室のごみ捨てです。そのとき汚れちゃって……えへへ」
濡れた両手をプラプラさせて恥ずかしそうに視線を反らした。これは全然苛立たない。よくわからない現象だ。
ジージーとセミが騒がしく喚き立っている。しばらく無言が続いて、これからどうしようかと考えたとき、そういえばと思い出した。
「君、高校は並盛高なの?」
「あ、はい。今のところは」
「……こんなこと言いたくないけどね、大丈夫なの?現実的に」
名前に「並」と入っているものの、並盛高校は偏差値的には中の上ぐらいだ。並中生が近いからという理由で軽い気持ちで受験したところあっさり落ちたという話は結構ある。成績どべのこの子には少し高すぎる壁のように思える。
まあだからと言って別に諦めろと言うわけではない。並高には並盛の生徒が入ってきてほしい気持ちはある。黒曜など論外だ。僕としてはこの夏休みに死ぬ気で勉強してもらわないと困る。まあこの子の進路なんてどうでもいいけどこの子の姉と勝負するきっかけになるかもしれないし、あの遅刻癖に頭を悩ませっぱなしというのも寝覚めが悪い。高校でも僕が厳しく監視しないと多分一生治らない。なんなら僕が勉強を見てやってもいい。授業には参加したことないが一応高校レベルの勉強は修得済みだ。中学生の勉強ぐらいは教えられる。赤ん坊は沢田ナツに掛かりきりようだし。考えてみると案外いいかもしれない。どうせこの子も夏も補習で学校来るんだろうしついでに並中も監視できる。自分の考えに自画自賛しつつもそう提案しようと口を開いた僕を遮るように、沢田ツナは言った。

「あ、それが最近成績が上がったんです!見てください!」
そう言ってポケットから折り畳まれた一枚の紙を取り出して僕の顔に押し付ける勢いで突き出してきた。
「どうですか!結構すごいでしょう!」
嘘だ。真っ先にその言葉が浮かんできたが、見せられた成績書にはそこそこ高めの点数がかかれていたし、赤点を表すアスタリスクが付いた教科がひとつもなくて、僕は数秒間思考が停止した。
沢田ツナは誇らしげに笑っている。心底嬉しそうに胸を張って成績書をぴらぴらさせていた。そのせいで見にくかったが、間違いない。クラス順位は上から数えた方が早いし、何より国語の点数は92点。クラスで三番目の点数だった。
「きみ、どうしたの、これ」
なにこれ。明日槍でも降るの?一年前じゃあり得ない。ようやくあの赤ん坊の指導が実になってきたってこと?ほぼ呟き同然だった僕の言葉の返答に僕は二回目の頭痛がした。
「秋山に助けてもらったんです!アイツすごいんです!オレに勉強教えてたのに全教科満点とって、獄寺くんを抜いて学年トップなんです!すごいなぁ。流石だなあ」
秋山。確か例のファミリーの一員だったはずだ。風の守護者とかいう初代からずっと空席だったある意味特殊な立ち居ちにいる彼は他の連中とは違いごく普通の生徒だった。ダイナマイトを振り回す不良でもなく、人望のある部活のエースでもなく、極限極限叫びながら猪突猛進するわけでもなく、頭がパイナップルなわけでもない。平均的な一般家庭で育った平凡なスペックの草食動物。そう僕は思っていた。
聞いてもいないのに沢田ツナは彼のことを語り続ける。この前の体育がああだった。小テストでこうだった。放課後であんなことがあった。あれの名前のようにその顔を赤いのはこの暑さのせいなのか、それとも別のことが原因なのか。ニコニコとバカみたいに笑う小動物は、そう。少し前、ろくに話したこともないのに好きだと僕に言ってきた並盛校の女子学生と同じ顔をしていた。
頭痛がひどい。カンカンカンと脳内で喧しく鳴り響く様はまるで警報のようで、何かの記憶がずるずる引きずり出されるような感覚に襲われる。セミの声が、部活をする生徒の声が、遠退く。でも小動物の声は嫌なほど鮮明に聞こえた。
「オレ、あいつにすごく救われてるんです。秋山がいなかったらオレ、多分とっくの昔に潰れちゃってたと思うんです」
聞きたくない。それは声にならずに喉の奥で殺された。
「すごく感謝してます。重いのはわかってるんですけど、あいつがいるとオレのままでいいんだなあって安心できるんです」
やめろ
「だからオレ、秋山と一緒に」

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