閃光


紡ぐ言葉がなかろうが


それは一種の防護本能に近いものだったのかもしれません。ニコニコ笑う、世間一般的には人好きしそうな素朴な笑顔を浮かべている彼女を初めて見たとき、他の者は並々ならぬ激情に胸を貫かれていましたが、僕は全身が震え上がりました。無論恐怖などではなく、拒絶反応のようなものでしょう。カンカンと頭がかちわれそうなほど脳内で警報が鳴り響いて、視界や匂い、纏う雰囲気から彼女を感じる度胃酸が込み上げてくるような不快感に見舞まれたのです。生理的に無理、などという範疇ではありません。僕の全てが彼女を拒否してしました。他の者は信じられないことに人目見るや否や彼女に心を奪われ、その瞳は彼女を求める熱で燃えたぎっていました。しかも実の弟である沢田綱吉ですら到底家族に向けるものではない視線を彼女に向けています。正直言いましょう。気持ち悪い。おぞましい。理解できない。この瞬間、我々(憎きマフィア風情とひとくくりにされるのは心底腹立たしいが)は生涯彼女に振り回されて生きていかなければならないと察しました。一年前までは一般人だった者はともかく、マフィア関係者としてある程度の精神耐性のある連中ですらこの始末である理由は全くもってわかりませんが、とにもかくにもこの状況では、彼女が全てなのです。正義、秩序、法則。そして、賞品。ここにいる僕以外の人間は無条件に彼女を求めます。しかし、その権利を手にするのは一人だけ。あの幼い巫女でなくても修羅場の未来が予見できます。既に然り気無い言動や目配りで牽制が繰り広げられているのです。なんとも面倒なことに巻き込まれてしまったとため息を隠せませんでした。水面下で揺れる陰謀と策略に気付かない彼女は無垢な笑顔を浮かべてありきたりな褒め言葉をひたすら口にしていました。
地獄にも仏というのか、この感情を理解してくれる唯一の理解者がおり、それが紅葉であったことは本当に幸運なことでしょう。「う〜〜〜〜ん……まあ関わらないのが一番だよね!」と死んだ目をする紅葉は僕ほどまではいかないものの、彼女に違和感を感じているようでした。曰く、トリックアートを見ているような気持ち悪さと言っていましたが、まさにその通りだと頷くばかりです。「ああいうタイプ逆ハーはね、下手に首突っ込むと死ぬよ。ヤンデレ妹で見た」とよくわからない助言を頂いたので、僕と紅葉は彼女とそれを取り巻く環境から距離を置くことにしました。一番の懸念だったクロームや犬達は、僕が距離をとるや否や逃げ込むように僕のところまでやってきました。「アイツキモいぴょん」「……めんどい」「……なんかその、気持ち悪い」「なんですかあれ、こわいですー」

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