閃光


ほのかな希望で花を編もう


俺には幼なじみがいる。しかも異性だ。が、よく漫画にある超絶かわいくて優しくてちょっとツンツンしてるけどなんだかんだで面倒見のいい俺のことをずっと慕ってくれるような幼なじみではない。断言できる。あれを女と意識したことはない。

「バレンタインデー。恋人たちの聖日。恋が生まれ、育まれ、全世界が美しい愛で溢れる素晴らしい日。要するにそんなバレンタインデーの前日に産まれてきた俺は最高にモテる男ということにならないか!?」
「頼むから目の前から消えてくれ〜」

ほら、可愛いげの欠片すらない。
せっかく人が熱弁してやっているというのに、紅葉は目の前でスマホを横向きにしてゲーム画面から目を離そうとしない。おいこらてめえ。イヤホン付けようとするんじゃねぇよ。

「つーかなんで私に話すんだよ……笠原とか小堀とかに言えよ……」
「笠原はまだ受験中だし小堀は今日来ないっつってた。他のバスケ部もほとんど受験中だしな。消去法的に大学も推薦で決まり自由登校日にわざわざ学校に来る暇人はお前しかいない。でなきゃお前みたいな干物に話し掛けるか」
「お前そのセリフほとんどブーメランってこと気付いてる?」
「俺は今日誕生日だからな!休んだらプレゼント渡しずらくなるだろ?」
「その自信を何か別のエネルギーとして使えないかをだな……」

ようやくこちらを向いたかと思えば汚物を見るかのような目付きで見上げられた。つくづく憐れな奴よなと言わんばかりの冷たさである。そのぐらいわからないと思ってんのか。何年の付き合いだと思ってやがる。
しかし、プレゼント云々は正直俺も自信過剰過ぎたかと薄々気づいていた。だって俺ら以外誰も来てない。二人しかいない教室はガランとしていてやけに広く見える。皆まだ受験中か、明日のバレンタインに備えているかのどちからだろう。まあ俺も誕生日プレゼントかバレンタインチョコかと聞かれたら即後者を選ぶけど。それにしてもこれは寂しすぎる。
ぶすっと頬を膨らまして紅葉の前の席に座れば、は?みたいな顔でこちらを見られた。無視だ無視。フンと鼻を鳴らせば「小学生か」と逆に呆れられた。うるさい。他に女子がいればかっこつけるがお前相手に何故意識しなければならない?労力の無駄というやつだ。
俺に動く気がないと分かると、紅葉ははぁと深いため息をついてスマホに視線を落とした。タタタッとスマホの画面を素早くタップする指を無言で見つめる。よくもまあそんな狭い画面の中で機敏に動かせるものだ。画面で踊る緑色のツインテールのキャラクターの名前は知らないが、最近紅葉はこのゲームか、やけに衣装の露出が激しいコマンドゲームしかやってないように思える。正直俺には良さがわからないし、そんなのやる暇があるならナンパかバスケの練習をするが、まあこいつゲーマーだからな。その代わり芸能とかには全く興味がないようで、黄瀬を見て「なにあの金髪?有名人?」とガチの声色で聞いてきたレベルに無知だ。
二人しかいない教室に暖房は付けてもらえなかった。外と同じぐらい寒い室内でマフラーを外さない紅葉の頬は僅かに赤らんでいて、時折漏れる吐息は白く染まっていた。

「……お前カイロとかないの?」
「え?カイロ?どうした急に」
「別に。聞いただけ」
「特に使ってないけど。あんまり好きじゃないんだよね。冷えて固まってるの触るとなんだか逆に寒く感じてさ。虚しくなる」
「なんだそれ。ポエマーか」
「かくあるごとに運命とか宇宙とか言うお前にだけは言われたくないわ」

あーもー連続スコア途切れちゃったじゃん。わざわざミッション失敗!と表示された画面をズイッと見せつけてきた。スマホを掴む指先は赤い。俺ですら手袋を付けているのにこいつはこんなゲームをするが為に素手で冷たい金属に触れている。その神経はやっぱり理解できない。

「え、何。お前寒いの?」
「女の子からのプレゼントがあれば心の底から暖まるんだがな」
「凍傷不可避じゃないですかやだ」

わざとらしく顔をしかめてようやくスマホから手を離した紅葉は仰々しく手を合わせて黙祷した。心底むかつく。確かにもう出席も取り終わって部活に顔出してる奴以外生徒は既に学校から出てしまっているが、それでもいるかもしれないだろ?一二年生は普通に学校にいるわけだし。健気な後輩の一人や二人ぐらいプレゼントを用意してくれてるかもしれないじゃないか。

「どうせ黄瀬くんに全部持ってかれるんだよ」
「希望は最後まで捨てねぇ!」
「希望にすがってる時点で手遅れだと思うけどな。あー寒い。色んな意味で」

スマホを制服のポケットに突っ込んだ紅葉はマフラーを巻き直して立ち上がった。ちらりと教室の時計を見て、んーと悩ましげに目を細める。

「お前帰るの?」
「いや、今日親家にいないから昼は適当に食べてこいって。でも昼ごはんにはちと早すぎるな……でも寒いしな……」

いつも通りの登校時間だったが、一分足らずの出席確認が終わり次第解散だった為ようやく十時を少し過ぎたぐらいだった。「今家に味噌と牛乳しかないんだよね」と自嘲気味に笑う紅葉を見上げる。中学校からずっと帰宅部だったせいか肌は不健康なほど白い。緩く癖の付いた黒髪はやんわりとマフラーの中に押し込められていて、触ったらふわふわしてそうだなと頓珍漢な感想が頭に浮かんだ。バカな。どうせ触るんだったら綺麗に手入れのされてあるセクシーなお姉さんのキューティクルな髪がいい。誰が好んでこんな喪女の髪がきれいなんて思うか。
誰も聞いちゃいないのに一人脳内で言い訳を並べる。そのせいでこちらを静かに見下ろす紅葉に気付くのが遅れた。

「な、なんだよ」
「………はあ、しょうがないな」
「は?」
「カバン持ってて」

投げつけられるように紅葉の鞄を寄越される。大きさの割には筆箱すら入ってないそれを慌てて受け取ったときには、既に紅葉は教室のドアのところまで歩いていた。

「おい!」
「すぐ戻るから」

こちらに見向きもしないでさっさと出ていった紅葉。ピシャンというドアと壁がぶつかる音が虚しく部屋に響いた。

「なんなんだあいつ……」

訳のわからない俺は呆然とカバンを抱えて座り呆けてるしかなかった。マジあいつなんなの?計脈がないにもほどがあるぞ。しかも俺がどうしようもないから渋々みたいな口調だったし、遺憾の意だ。親しき仲にも礼儀ありって言うじゃねぇか。
さっきまで散々紅葉への悪徳を尽くしていたのはさておき、手持ち無沙汰に意味なく教室の中を見渡したりマフラーの解れをいじったりして帰りを待った。再びドアが開かれたのは時間にして10分もなかったけど、体感時間的には相当待たされた気分だった。ドアが開いて俺の姿を確認した紅葉は、驚いたように目を瞬かせた。

「あ、てっきり無視して帰ったかと思った」
「お前マジでいい加減にしろよ!」
「はいはい。お詫びといってなんですがこれドーゾ」

雑で軽い謝罪とともに投げて寄越してきたのは、学校の自販機でよく売られて缶ココアだった。握っていれば手袋越しにじんわりとした温かさがにじんでくる。

「ハッピーバースデーアーンドハッピーバレンタインってね」
「………なんだこれ」
「大切に飲めよ。これ十本買ったら参考書一冊買えるんだからな」
「単価は安いだろうが!」

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