慰めの噛み痕
弟というのは、いつ経ってもかわいいものだ。
「姉さん」
大学のレポートが終わり、送信を確認してよろよろとキッチンでコーヒーを淹れる私の肩にぬっと重みが乗った。
「おお健太郎。相も変わらずでかいなお前」
「レポート終わったの?」
「ついさっきね……」
自分でもよく終わったなと数時間前の修羅場を思い浮かべて即座に記憶から抹殺した。なぜ自ら地獄を見ようと思うのか。やべぇな相当頭イカれてる。右肩に190cm級のスポーツ男子の重みを感じつつもコーヒーをとぽとぽカップに注ぎ入れる。
「健太郎もいる?もっすごく濃いけど」
「いれて」
くわっと顎が外れそうなほど大きくあくびをかまして目を擦った健太郎だったが、24時間中20時間は睡眠に費やしているのを私は知っている。バスケの時ですら寝てるってどういうことよ。その頭脳の副作用か?どうせなら私の分まで寝てくれ。まあショートスリーパーだからあまり変わらないんだけどね。なぜ姉弟でここまで正反対なのか。凸凹コンビではないが上手く出来てるのか出来てないのかよくわからん。
「今日はなにすんの?」
「寝る一択なんだけど……眠すぎて逆に目が冴えてる」
「コーヒー飲んで平気なわけ?」
「んー……まあ平気でしょ」
カフェイン効くのって個人差あるらしいし、この一週間で普通の人の十倍は飲んでるからそろそろ耐性ぐらいできてるだろう。今急死したら多分原因は栄養失調だと断言できる。うるさい朝食パン食べたわ。
健太郎のカップにも注ぎ入れてふんわり湯気の立つそれを
***
誕生日だしなんか欲しいのある?
今時の男子高校生が欲しいものなど私にわかるわけないので素直にそう聞けば、鮭を摘まんでいた健太郎の箸がピタリと止まった。暫くしてすっと何事もなかったかのように鮭を箸ごと口に入れてもぐもぐ咀嚼をする。しかし、視界は鮭の切れ身でもお茶でも私でもなく、お茶碗とお味噌汁の間にあったテーブルの木目だったので思考はまだ続いているのだろう。所謂ギフテットの呼ばれるような健太郎の考えることなど私なんかじゃ到底理解すら及ばないので黙って味噌汁を飲んで待つことにした。
しかし、まさかここまで熟考するとは思わなかった。てっきり新しいアイマスク、少し変化をつけてもバスケの道具かと思っていた。格付けにあるそうな面白いアイマスクに目をつけていたが無駄足だったか。
「…………」
「…………」
「…………………」
「…………いや、別に無理して考える必要は」
「いやそういうわけにはいかない」
被せんな。
寝癖のついた髪を乱暴にかき上げてブレインモード(命名私)に入った健太郎。手ぐしでやったせいでちょろんとおでこに垂れた一房を鬱陶しそうに後ろへ撫で付けてお茶を煽った。お前本気出すところ違う。お母さんの代わりに三者面談の度に「成績はいいのですが、生活態度が、ねぇ?」ってネチネチ言われ続ける私の気持ちを考えて?つーか私まだ大学生で保護者ですらないと思うんだけど。
「…………」
「…………」
「………………」
「あーもうめんどくさい!この話は保留にしとくからさっさとご飯食べて!今日朝練あるんだろ?花宮くんに怒られんの私なんだぞ!」
「待て。なんで姉さんが花宮の連絡先知ってるんだ」
そりゃお前のせいだよ。「健太郎くん朝に弱いみたいなので申し訳ないのですがお姉さまも気を配って頂けると助かります」っておにゃんこモードで頼まれたからな。副音で「おいてめぇの愚弟の惰眠癖どうにかしやがれどんな教育してきたんだ無能」って聞こえたけど。別に本性弟から聞いてるし無理して猫被らなくていいよと返信したらすぐに素を出したのは流石にビビったが今は仲は悪くない……はず……。まあお陰で部活のときにすら寝てるってことも知ってます。なのにレギュラーって、これだから天才は。
「……じゃあ、考えとく」
「そうしな。あ、でも私の手が届く範囲のにしてね?あんまり高すぎると無理」
「そこはちゃんと弁えるよ」
「物がないなら、そうだな。何かして欲しいこととかでもいいよ」
「してほしい、こと」
「まあ健太郎が出来なくて私に出来ることなんて少ないだろうけど」
あっという間に空になった健太郎の食器を私のと重ねてキッチンの水場に持っていく。まだ考え込む健太郎を洗面所に蹴り出してふぅと息を付く。さて、私も皿洗ったら準備しなきゃ。今日は一限からだからのんびりは出来ないのだ。
***
「誕生日プレゼント思い付いたから夜ご飯食べないでね」
その連絡が来たのは私が夕飯のおかずを考えながらスーパーの野菜売り場の前で二玉のキャベツの値段を比べている最中だった。お前もっと早く言えよと無茶を言いたくなる私の気持ちは間違っていない。
「姉さん、用意できたよ」
その日の夜、食後のリラックスタイムで大して面白くないバラエティーを見ていると、右手に何やらビニール袋を掲げた健太郎がリビングに入ってきた。ドラッグストアのロゴが入っているが中身は見えない。まあどうせポカリ粉だろ。それかホットアイマスク。
「ご飯食べてないよね?」
「うん。水は飲んだけど」
「それぐらいなら平気」
じゃあ始めようかと言った癖にリビングから出て行った健太郎はプラスチック製の桶を持って再度戻ってきた。湯気が立ち込めてるそれをテーブルに置いて私の隣に座ると足元に放置していたビニール袋をごそごそ漁り始める。何しでかすかさっぱり検討つかない。命に関わることはしないとは思うけど怖いものは怖いよね。
興味本心でちらりと桶の中を見れば、プラスチックの何かが三個プカプカ浮かんでいた。
…………んん?
「………ねえ健太郎」
「何?」
「浮かんでるやつってさ、その、あれだよね?」
「うん。浣腸」
「…………へぇ、便秘なんだ。大丈夫?」
「違うよ」
「そう……………するの?」
「うん」
「……………健太郎が?」
「姉さんがするんだよ」
「………………」
無言で立ち上がろうとした私の腰に直ぐ様健太郎の長い腕が巻き付いた。
「ちょっと、どこ行く気?」
「逃げるに決まってるだろ!!おま、まじで言ってんの!?」
誕生日プレゼントが浣腸させたいって、マニアックというか変態だわ!!お前にそういう趣味があったなんて知りたくなかったよ!つーかなんで私!?そういうのは理解のある彼女にさせてもらいな!ビンタ喰らうだろうけど!
「今日さ、原とザキが猥談してて」
「お前何語り出してんの?」
「避妊面倒だから後ろ使った方が楽なんじゃないかってザキが言ったら、原が浣腸しなきゃいけないから余計面倒だったって言ってたんだ
「原くんやったことあんのかよ……」
弟の友達の性事情なんてどうでもいいよ。むしろ未知にしておきたい部分。
「でも、自分の手できれいにするって結構キてさ。じゃあこの機会に姉さんの隅々まで洗おうかなと」
「随分頭の悪いこと考えてんなIQ160!!」
いや、天才だからこういう結論に至ったのか?バカと天才は紙一重って言うしな。滅びろ。
ぶっちゃけ、摂食禁止メールが来たときから正直嫌な予感はしていた。伊達に薄い本を読んで(たまに手伝いで書いて)いない。でも、そんなわけないよなと鼻で笑って少しばかりウキウキしていたのだ。夜ご飯食べに行くのかなーとかその程度しか考えてなかった。普通そうだろうがだって姉弟だぞ。近親相姦は許容範囲外ですお帰りください。
「むりむりむりむり!!」
「大丈夫。やり方はわかってるから」
「一千万歩譲ってやるにしても人にしてもらうのだけは無理!!自尊心が壊れる!」
浣腸ってあれだぞ?腸に貯まった不純物を出すことだから、その、つまりアレを出すってことだぞ?むっちゃどろどろで臭いんだぞ?弟がスカトロ趣味とかお姉ちゃん受け入れられません。
「オレそんな趣味ないよ」
「読心術!!」
「でも……うん。想像したけど姉さんならイケる」
「どういうこと!?」
「寧ろ興奮するかも……」
「もーいい!喋るな!!」
どんどん明かされていく弟の姿。もう昔みたいな純粋な心はないんだね……。いや昔から結構ませてた気もしなくもないような……ギフテッドだし……。
現実逃避したのがよくなかったのか、気づけば身体は健太郎の膝の上に乗せられてぎゅうと抱き締めるように固定されていた。30cm以上の体格差は大きく、健太郎の広い胸に押し付けられた身体はびくりとも動かない。くそ、毎日牛乳を飲むべきだった。
ぱちゃりと水音が聞こえてはっと我に返った瞬間、するりとズボンの中に大きな手滑り込んできてひゅっと息が詰まった。
「けんたろ、ほんと、やめ、」
「大丈夫。力抜いて」
大丈夫じゃない。まじで。
直ぐには下着の中に入らず、すりすりと内腿を優しく撫でられる。バスケ部らしいかくばった長い指が触れているのだと思うと顔から火が噴きそうだ。
かろうじて動く手でズボンを限界までたくし上げる。ほんと洒落にならないから。いい加減目を覚まして。しかし、健太郎は「大人しくしてて」と困ったように私の耳元で囁いた。背筋がぞわぞわして気が抜けそうになるけど、額を健太郎の胸元に押し付けて耐えた。
「姉さん」
「やめて、けんたろ、おねがい」
「……わかった。顔上げて」
はぁとため息をついたのがわかった。諦めてくれたのか?そっと顔を上げると、にっこりと美しいぐらい穏やかな笑みを浮かべた健太郎はそっと顔を近付けた。
べろり。
「ひっ、」
「ん、」
ちゅ、ちゅ、くちゅり。聞くに耐えない音が頭の奥に響く。
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