何枚も上手
「人でなし」「女誑し」「アビシャクおじいちゃん」と散々言われているダビデだが、実は常識人だということを知っている人物は少ない。マスターである名前と、何気に仲のいいアタランテ、そして何かと因縁があるケアススのキャスターぐらいである。「楽しそう」「暇だった」「いやあアビシャクのような美しい女性が云々」とのようなクズ発言を連発しているせいで多くのサーヴァントから疫病神扱いを受けている。しかし、そのような態度をとるのは、マスター筆頭に仲間を信頼しているに他ならなかった。
ダビデの基本的な物事の判断基準は「損得」である。メリットデメリットを常に念頭に置いて、少しでも天秤の傾く方を選択する。例外なのは、マスターと仲間のサーヴァントに関するものだけだ。過保護なほどに気に入っている名前の頼みなら、利益云々問わず「なんだいアビシャク?」と尽くしてしまうほどにダビデは名前を好いていた。
話変わって、名字家のルールでサーヴァントの行動を制限するものは少ない。強いて言うなら、露出がひどい服装を規制するレベルである。それは名前の「サーヴァントの皆にはなるべく今世の生活を楽しんで貰いたい」という心意気に強く反映した結果である。
なので、余程ヤバいと判断されない限り、サーヴァントの自由は保証されているため、積極的に出掛ける者もいれば、滅多に出ないない者もいる。ゴルゴーンなど模範的引きこもりで、召喚してからこのかた一度も敷地内から足を出したことない。リップも最近ようやく家の近くを歩けるようになったばかりで、それもマスターの同伴を条件にである。
そして、件のダビデは前者だった。「興味あるなぁ」と暇さえあればぶらりと町に繰り出している。それは、各々の生きた時代が古ければ古いほど外出を避ける傾向にある中では異例だった。
特に神代の神系サーヴァント達は、マナが汚いやら信仰が薄いやら個性か気持ち悪いやらなど中々外へ出たがらない。自分が一番目立たなければならないという事故中心王様的考えは現代社会には到底不釣り合いだったのもある。
しかし、元は羊飼いで柔軟な考えと高い順応能力を持ち、何といっても王とは思えないプライドの低さもあってか、ダビデは見事に現代社会に溶け込めていた。その様子はマスターにさえ「痴情の縺れとかアビシャク発言とか心配もあるけど、お出掛けに関してはダビデは信頼できるなぁ」と言わしめたほどである。
公共機関、物価、法律、インターネット、個性、ヴィラン、ヒーロー……何に対しても完璧に理解把握し、それら全てをフル活用しているダビデは、かつてないほど生き生きしているのだった。
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そんなダビデは、今日も電車で都会までやって来ていた。
目的は、土地である。稼ぎも許可されているため、起業したり会社を立ち上げているサーヴァントも少なくない。最近では岩窟王、マリーアントワネットらの会社が頭角を現しだしている。ダビデこそ起業はしていなかったものの、株でそこそこの金額を稼いでいた。故に、土地の一個や二個買うのに苦労はない。
持て余した時間をどう有効活用しようかと考えた結果、生前と変わらず羊を飼おうと決めたダビデだったが、流石に敷地内で羊の放牧は許可されなかった。ならば場所を自分で確保する他ない。幸運なことに、家の近くに広々とした平野が売りに出されていると知ったため、態々不動産に足を運んで買い取りに来たのだった。勿論土地自体はすぐ買えた。
となると、次は本命の羊をどうするかだった。品種は?数は?雄雌の比率は?重視すべきは毛?肉質?コストと利益のバランスは?考えたら考えるほど選択肢は増えていく。
「楽しいなぁ」
まるで生前に戻った気分だ。
駅前のテラスで缶珈琲(110円)を啜りながら自前の薄型パソコンのキーボードを叩く。何枚も開かれたページには軽く四か国語が飛び交っている。端から見ればできる外交官そのものだが、内容は全て羊である。
お昼時のせいか、テラスにも人が増えてきて、空きのテーブルも減ってきた。これを見越していたダビデは隅っこにあった一人用のものを使っているが、変ないちゃもんをつけられる前に退散した方がよさそうだ。でも、缶珈琲にはまだ半分以上中身が残っている。うん、まだいいや。
「しっかしまあ、ちょっと見ないうちに珍妙なことになってるなぁ」
タタンと爽快に始末書を作り終えて保存したダビデはグッと背筋を伸ばした。首を回しながら若干冷えてきた珈琲を口にして駅前の様子に目を移した。多くの商業施設や娯楽施設が集まるここは、昼時とあって多くの人で賑わっていた。そう、“人”である。すぐ横には四本腕の青年が本を読み、数メートル離れたところにはスマホを弄り、多眼の女性、頭が牛の父親と下半身がタコの母親が、頭が牛で下半身がタコの息子と手を繋いで微笑ましく歩いている。
「う〜ん……何度見ても馴れないものだ」
数百年前、人類に“個性”という特殊能力が発現し、“人”という定義が揺らいだことはダビデも即知の事実である。第一第二世代らへんはかなり混乱したようだが、現在は既に当たり前として世の中になじんでいる“個性”。中には無個性と呼ばれる個性を持たないものもいるようだが、召喚されたサーヴァント達の最初の関門は個性だった。
翼がある。火が吹ける。空を飛べる。それぐらいならまだ許容範囲内だ。しかし、先ほどの青年や女性、親子のような所謂「異形型」になってくると、かなり抵抗があった。「私見たことあるわよ。デビフ山にあんな魔物いたわ。ええ駆除対象のね……」と疲れたような顔で言っていたのは女神イシュタルだったか。二番目に召喚された賢王ギルガメッシュが宝具を展開しかけた事件は後世に語り継がれている。
勿論普通の見た目の人もいたが、やっぱり見慣れないのは事実である。名探偵ホームズでも、最初二足歩行する蛇を見たときには口角がひきつっていた。まあ今では『安楽椅子探偵』として匿名で警察の捜査にちょっかいをだし、個性事件をものともしない推理力で確かな成果を上げているが、それでもあっさり受け入れる人は少ない。
流石のダビデも青肌の女性などは許容範囲外だったが、アンデルセンに「個性を理解しない限りは名前を守れるとは思わないことだな」と釘を刺されたからにはやるしかない。そういう過程もあって、個性には馴れないものの順応は出来ていた。
缶珈琲が四分の一以下になったころ、なんだか周囲がざわつき始めているのに気づいた。微かに悲鳴も聞こえる。隣の四本腕の青年も「なんだなんだ」と辺りを見回している。と、駅前のスクランブル交差点の中心に、巨大な影が落下した。
ドカーンという破壊音と共に砂ぼこりと瓦礫が辺りに降り注いだ。悲鳴が一段と大きくなる。硝煙が薄れてやっと黒い影の正体が見えてきた。
「クソだ!クソクソクソクソ!!ここにいる全員クソだ!!」
「語彙力が低いなぁ」と思いながらもひび割れたコンクリートの上で雄叫びをあげる男。全身が筋肉で膨張し、服の隙間から剛毛が覗いている。個性ゴリラとかかな?なんか不憫な個性だなぁと呑気に考えるダビデ。その間、テラスにいたほとんどは既に我先にと逃げていたが、ダビデは缶珈琲がまだ残ってるという理由で一歩も動こうとしなかった。
「個性がそんなに大切か!?ああ!?ヒーローがそんなに偉いか!?個性なんざで人を判断するてめぇらなんて皆クソだ!クソ以下だ!!」
なるほど。個性に対する不満が爆発したのか。大方、ちょっと個性使ったらヒーローが飛んできて色々言われたんだろう。
暴れながら暴言を吐き散らす男。「ヒーローを呼べ!」とどこからか声がするが、一向にヒーローが来る気配はない。瓦礫を投げつけようとした男は、ふとある一点に目が止まった。紛れもないダビデが、わずか数滴の珈琲の為に垂直に缶を逆さにして飲もうとしていた。暴れに暴れる自分に恐がりもせず、寧ろ馬鹿にしているような態度に男は怒りを爆発させた。
「なにしてんだてめぇ!!」
男は手にしていた瓦礫を躊躇なくダビデ向かって投げつけた。その大きさ約一メートル。当たれば致命傷を食らう。
ようやく舌に一滴落ちたところで、ダビデは「わっ」とだけ言ってノートパソコンを掴むと最低限の動作でそれを避けた。瓦礫はテーブルと缶珈琲を粉々にし、ガラスを割らしながら後ろのカフェに激突した。
「何をするんだ君。ぶつかったら危ないじゃないか」
ノートパソコンをケースに仕舞いながら男にそう宣ったダビデ。すぐ横に瓦礫が通り抜けたというのに、その顔には焦り一つなくケロリとしている。
呆気にとられていた男だったが、ダビデの飄々とした態度に小馬鹿されていると勘違いし、顔を真っ赤に逆上させて「っざけんなぁ!!」とダビデ目掛けて走り出した。
「ありゃりゃ。めんどくさいことになったなぁ」
迫り来る男を他所にどうしようかと思考を走らせるダビデだったが、首元に視線がいくと「あっ」と思い出したように声を上げた。
首に巻かれているショールは、以前名前がダビデの召喚日五年目を記念してプレゼントしたものだった。淡黄色のそれは、若草色の髪とよく似合っていた。そんなプレゼントが心底嬉しかったダビデは、出掛けるときはしょっちゅうこれを着けていた。そして、それは今日もだった。
これはいけない。もし、このまま男が突進してきたら間違いなくこのショールはダメになる。汚れるのは確実、ボロ雑巾の如くぐしゃぐしゃになるのは目に見えている。何より、普通にこんな奴に触られたくない。
ありとあらゆる可能性を一瞬で把握し、ダビデは最善の行動を選択した。
ノートパソコンが入ったケースを投げ捨てると同時にエーテルで杖を編んだダビデは、腕を振り下ろそうとする男の脳天目掛けて遠慮容赦なく杖を打ち付けた。
サーヴァントだからこそ実現したスピードで振り落とされたそれを目視できた人物は少ないだろう。現に、男は頭に響く衝撃しか確認できなかった。
「がっ……!」と僅かに呻き声をあげると、男は白目でダビデの足元に突っ伏した。
都会とは思えない静寂が駅前を漂う。この中一人ダビデは、杖のエーテルを解くと投げ捨てたケースを拾って損傷を確認した。ケースの角はかけたものの、中のノートパソコンは無傷だった。一応データはUSBに保存しといたとはいえ、やはり無駄な出費は避けたい。服に付いた砂ぼこりを軽く払うと、さっさとその場から立ち去った。
数十メートル後ろで「待ってください!」とヒーロー志望の少年の掛け声に気づかない振りをして。
▼▼▼
「──ってこんなことがあったんだ」
「LINENEWSのアレはお前だったんかい!」
その日の夜、マイルームに足を運んだダビデは牧場運営の書類を提出するついでに今日のことを名前に話した。途端、ダンッと強く机を叩いた名前は、鞄からスマホを取り出すと、ダビデの顔に押し付ける勢いでそれを見せた。
「これ見ろこれ!」
「ふむ、『●●駅前、ヴィランを一撃で鎮圧した一般人現る!』へぇ、情報伝わるの速いね」
「そういう問題じゃあない!」
スマホを拝借して、スイスイと画面をスライドさせる。『強化系の個性相手に鈍器で一発』『ヴィランの容態は軽い脳震盪程度』『ヴィランを診た医者「絶妙な力加減で叩かれている」』『とある武道家「人間業じゃない」』と好き勝手に書かれていた。提供された写真も載っているが、遠すぎるのとボケで緑髪の男性程度しかわからなかった。
「勝手に写真載せるとかひどくない?名誉毀損で訴えてやろうか」
「やめて」
「冗談だよ」
半分ね。そう口には出さずにスマホを名前に返却する。
ヒーロー許可証がないのにヴィランの討伐などのヒーロー活動を行うと法律違反で捕まることもあるらしい。しかし、今回は正当防衛になったらしく、逆に感謝状を贈りたいとかで警察は名を上げることを要望しているが、勿論するわけない。
「まあ大事にならないだけマシか。怪我はなかったんでしょ?」
「勿論だとも」
「ならいいよ。けど、今度からは逃げるんだよ?危ないからね」
ほっと安心したように息を吐くと、「お疲れ様ダビデ」と笑った。それにダビデも同じくにっこり笑って「羊が届いたら一番に見せよう。ふわふわで可愛いよ」と約束したのだった。
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「昨日のインターンどうやった?緑谷くん」
「麗日さん、それがね……」
次の日の食堂、緑谷はお茶子と飯田と轟で昼食を取っていた。なんだか疲れぎみの緑谷は、カツ丼を飲み込むと昨日のことを思い出して、無性にため息を付きたくなった。
「ニュース見た?●●駅前のヴィラン襲撃のやつ」
「見た見た!大変やったよなぁ」
「俺も見たぞ。確か一般人がヴィランを倒したとか言ってたな。しかも、一撃で」
「僕そこにいてさ、その一般人の人見つけて声掛けたんだけどすぐ逃げられちゃって……」
逃げた人の気持ちもわかる。捕まったら確実に事情聴取はされるだろうし、下手したらヒーロー行為執行違反で逮捕される可能性もある。しかし、目の前ですたこらさっさと逃げられて、足の速さに自信があった緑谷は地味に食器を受けていた。
「まあ色々メンドーなのはわかるけど、こっちも話とか聞かんといかんし協力してほしいわぁ」
「そうそう。しかも、僕らヒーローも駆けつけるのが遅いって苦情来て昨日は大変だったのだ」
それだけではない。目撃者によると、瓦礫を投げつけられたときや、鈍器で殴った際もヒーロー顔負けのスピードと動作だったそう。そして、これは女性からの目撃情報だが、その一般人はかなりの美青年だったらしい。「彼はなんていうヒーローなんですか!?」という電話が苦情の倍近く寄せられた。
「そうやったん……大変やったね」
「でも、サーが是非話を聞きたいって言ってた。余程すごい人なんだと思う」
「俺達も頑張らないとな!!」
飯田がそう締め括ってこの話は一旦終了した。しかし、隣の轟は美形のすごい人というワードにどこか記憶に引っ掛かり首を傾げたこと、緑谷の真後ろにいた噎せたように赤い入れ墨の右手でコップを握りしめていた普通科の少女のことを、カツ丼に夢中だった緑谷は気づいていなかった。
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