閃光


恋は怪物C


耳郎響香は、所謂パリピではない。好きな音楽はロックンロールだが、だからといっていつもワイワイ騒げるほどのスタミナはなく、どちらかというと、休み時間は話の合う友達とのんびり喋って、休みはひたすら趣味に没頭する方が性に合っていた。
そんな耳郎の最近の趣味はネットである。更に細かく言うと、とある日記サイトを彷徨くことだった。そのサイトはひらすらその日の出来事を綴ったものが載ってるだけだが、それが妙にリアルで不思議と読んでいて飽きなかった。言葉を交わす訳でもないのに、その場にいたかのような錯覚になる。勿論各々の書き方にもよるが、兎も角、耳郎は夜寝る前に、自分と同年代の一日を眺めるのが最近の流行りだった。
そして、今から数ヵ月前。偶然気になるユーザーを見つけた。

《チョーカです!ヒーロー科に入ってる高二のJKでーす!亀更新だけど読んでいってね!》

そうプロフィールの自由欄に書かれており、出身地は静岡になっていた。アイコンはヘッドフォンであり、そのデザイン、そしてチョーカというニックネーム。

「これってまさか##NAME1##のやつ!?」

##NAME2####NAME1##は同じクラスの友人だった。個性は地獄耳であり、どんな小さな音でも聞き逃さない聴力をもっていた。それ故に私生活で支障を来さないようにいつもヘッドフォンをしている。個性が似ている耳郎と仲がよく、よく喋ったりする仲だが、このサイトに投稿しているなんて初耳だった。まあ、人には言わないようなことなのだが、##NAME2##がこういうのをちまちま書く姿が意外すぎて、衝撃的だったのだ。
更新スタートの日付は二年前からと、長々続いているようだが頻度は少ないようで、二三週間に一回、下手すると一ヶ月以上更新がない。内容も日常の些細なことが三四行程度で、完全に暇潰し用だった。
しかし、耳郎は、題名に『初恋』とついた記事を見つけた。

《恋をしました。炎のように情熱的だけど、ろうそくのように虚ろな恋でした。相手は名前もわからない人。いわゆる一目惚れでした。でも、彼の涙黒子を目にした途端、全ての音が消えて、世界で私と彼しかいないような幻想に見舞われました。その日突然の大雨が降って、彼は傘を持っていないようだったので、反射的に間違えて買ってしまっなニ本目の傘を渡してしまいました。彼は酷く驚いていました。でも、私はそんなことより、彼の双眼が私だけを写していることに酷く歓喜しました》

そう綴られたポエム調の告白は、耳郎の頬を赤らめるほど情熱的だった。静かに燃えるとはこういうことなのだろう。たった数行の間だけで、##NAME1##の溢れ出す恋心が痛いほどわかってしまう。次の日も、またその次の日も初恋の熱が覚めないようで同じことばかり書いていた。そして、初恋の投稿をした一週間後の記事の題名は『Rさん』とあった。

《今日、例の雑貨屋さんに行ったら、傘を渡した涙黒子の彼がいました。私を待っていたようで、私に気づくとぱぁとその美貌を輝かせて駆け寄ってきました。そのときの胸の高鳴りと言ったら!今もキーボードを打つ手が震えています。彼─Rさんは私に傘を返すどころか、なんとケーキまでプレゼントしてくれました。あの最近日本に上陸したばかりの高級店。既に人気絶頂で来年まで予約が埋まってる王冠がロゴのあのお店です。知り合いのツテで買えたそうです。ケーキも美味しかったけど、Rさんに名前を呼んでもらったことが何より嬉しくて嬉しくて!今日という日を私は決して忘れません》

その後の記事は、またしてもRさんのことばかりで、よほど彼の名前が知れて嬉しかったのか、RさんRさんと嬉々として次々投稿されている。

《Rさんは私より年上の方です。多分成人してる。名前が日本ぽくなくて多分外国人なんだろうけど、とても日本語が流暢で、学校の先生より声が綺麗で聞きやすかったです!》

《Rさんお金持ち疑惑が浮上してます!雨の日もそうだったんですが、Rさんの着ていた服がブランド物だということが判明しました!胸元に騎馬に乗った騎士の刺繍がされていて、あれはフランスの超老舗高級店のロゴだと今気づきました……シンプルなんですけどすごい似合っててかっこよくて。会ったときはロゴとかブランドとかそれどころじゃなかったんです。そう思うと、あんなブランド物を平然と着こなして濡らすって結構な金持ちですよね……》

《Rさんに会ってから、クラスの男子がめちゃくちゃお子ちゃまに見える……わかってます。Rさんが魅力過ぎるんだってことぐらい!クラスの男子は規格内で、Rさんの美しさはワールドクラスだってことぐらい!でもやっぱり比べちゃうんですよね》

《もし、もし次、Rさんに会ったときのために自分を磨くことにしました!お化粧も習ってオシャレも頑張って!勿論勉強も怠らず!ほにゃらら高校ヒーロー科、受かるぞー!》

##NAME1##の日々は、とても輝いていた。毎日が楽しそうで画面の向こう側で、機嫌良さそうにキーボードを打つ様子が安易に想像できた。自然と耳郎の頬も緩んでいた。最初は、恋沙汰に全く興味無さそうな##NAME1##の一面にただ仰天していたが、今は違う。恋する乙女の華やかしさに思わず目を細めた。

それからというものの、耳郎は夜寝る前、##NAME1##の日記をチェックすることが日課になっていた。最後Rさんに出会ってから一年以上が立っていたので、今Rさんの話はほとんど出てこないが、稀に出るRさんには、諦めきれない想いが詰まっていた。アイツの恋、叶うといいなと日記を見ながら、耳郎はいつもそう願っていた。

名字さんが来てから、二週間が経った。要するに折り返し地点であり、名字さん含めたクラスメイトも時間の速さに驚いていた。「あと半分かー」「寂しいね」と口々に言う彼らの横で私はほっと息を着く。あと二週間我慢すれば彼女に会わずに済むのだと。
そんな今日の実習では、チームを二つに分け、勝ち残りのバトル・ロワイアルをした。舞台は森が広がる訓練所Ω。くじで決まったチームメイトには名字さんはいなかった。

「緑谷くん、作戦どうする?」
「そうだね。やっぱり名字さんがネックだと思う。彼女のサーヴァントをいかに早く特定するかが重要だと思うし、あと轟くんも注意しないとね」
「わかった。私も探ってみる」
「よろしくね##NAME2##さん」

耳に装着している集音器を調整して、訓練開始まで待機する。開始のベルが鳴った途端、爆豪くんが「死ねぇモブ女ぁ!!」と盛大に個性を使いながら真っ先に森へ入っていった。モブ女とは名字さんのことだ。最初の訓練で完膚なきまで叩きのめされたのが余程堪えたらしく、爆豪くんは積極的に彼女を攻めている。今のところ負けているけど、何度かサーヴァントに勝ったこともあるらしい。
私と緑谷くんも爆豪くんの後を追った。そして、森の中心部分に着くと、爆豪くんと青い髪のサーヴァント─クー・フリンさんが、お互い人一人は殺していそうなほど凶悪な顔つきで戦っていた。

「てめぇは爆発小僧か!真っ先にオレのところに来るたぁ、いい度胸してるなぁおい!」
「うるせぇ!!爆死させたろかこのクソ野郎!!」
「ハハッ!死ぬのはそっちだっつーの!!」
「……回り道しようか」
「うん」

緑谷くんの提案を食いぎみに賛成して、こちらに気づかれないようにそそくさその場を後にする。

この訓練のルールは簡単で、終了時までより多くの人数が生き残ったチームの勝ちになる。なので、逃げや隠れに徹してもいいし、積極的に攻めるのもいい。なので、本来なら数に入らないクー・フリンさんと戦うのは得策ではないが、きっと爆豪くんにはそういうことは関係ないのだろう。邪魔されたよし殺す、みたいな。
と、約百メートル先で声が聞き取れた。誰かが会話している。ここからではうまく聞き取れず、緑谷くんに状況を説明してから声の元へ向かう。

「多分、味方じゃない」
「思い込みは禁物だよ##NAME2##さん。だけど、敵だとしたらもしかしたら相手の情報が手に入るかもしれない。気づかれないように行こう」
「わかった。うん、結構聞き取れるように──」

なってきた、という言葉は音にならず口の中で消えていった。ピタリと歩みを止めた私に緑谷くんは不思議そうに私を見たが、バッと姿勢を低くして周りの状況を確認した。私が不穏な音を聞いたのだと思ったのだろうか。「何かあった##NAME2##さん」と聞いてくる緑谷くん。しかし、私は何も答えられなかったし、その言葉を聞き取ることすら出来なかった。

ポタリ、と額から汗が流れる。
ようやく流暢に聞こえてきた声は二人だけ。一人は名字さんだとすぐわかった。それはどうでもいい。問題はもう一方、大人の男性の方だった。

「マスター、どういたしましょうか」「うーん…ニキが爆豪くんと派手にやってるからその内に攻めたいんだけど…」
「なるほど。奇襲でしょうか?」
「んー、それは無理かも。探索系の響華ちゃんや障子くん、それに##NAME2##さんは音の個性だからあまり奇襲の意味はないと思う」
「##NAME2##……どこかで聞いたような」
「どうしたの?」
「い、いえ。なんでも。では、真っ向勝負ということでよろしいでしょうか」
「うん」
「承知しました」
「便りにしてるよ、ランサー」
「はっ!お任せくださいマスター!」

ランサー。

私を動かすには、その一言で十分だった。

私は地面を蹴った。後ろで緑谷くんが「##NAME2##さん!?」と困惑したように私を呼び止めたが一ミリたりとも後ろを振り向かず、僅かに見える黒髪しか見えなかった。
焦りで脚が縺れる。邪魔で仕方ない顔面フィルター付きのヘッドフォンを殴り捨てた。より鮮明に周りの音が聞こえるようになるはずなのに、この耳に届くのは貴方の声だけ!

この声は!
その名は!
この胸の高鳴りは!
間違いない!間違えるわけがない!
ああ!ずっと恋い焦がれていた!
好きよ!大好きよ!ねえ!

「ランサーさ───」

その名は巧妙に隠されてあった落とし穴が崩れゆく音で掻き消された。
あ、と言わぬ内に足元が消えた。あと僅かに見える彼の姿が消え、視界は黒で埋め尽くされた。落ちたと理解した直後、腰に強い衝撃が走った。ろくに受け身も取れなかったせいで全身に電撃のような痺れが響く。

「##NAME2##さ……う、うわあああ!!」

緑谷くんの声だ。穴のすぐ近くからする。葉っぱが擦れ合う乾いた音がして、ぎしぎしと何かが軋むのがわかる。と、穴の上から誰かが下りてきた。
緑のマントを着た男の人だった。フードを被っているせいで顔がわからない。「大丈夫かお嬢ちゃん」とぶっきらぼうに聞かれた。

「う、へいき、です」
「平気じゃねぇな。受け身取んなかったのか?」
「は、い」
「腰か?あんまり動くなよ。上げるぞってその前に…」

マントの人はポケットから捕獲テープを取り出すと、私の体を1周させた。これで私の負けが確定した。私の体を気遣ってか腰に負担がかからないように持ち上げられ、マントの人が地面を軽く蹴った直後には穴から脱出出来ていた。急に視界が明るくなって目が眩んだがすぐ慣れ、真っ先に目に入ってきたのは網に捕まえられて木から吊るされている緑谷くんの姿だった。彼の腕にも捕獲テープが巻かれている。緑谷くんは私に気づくと「大丈夫##NAME2##さん!?」と心配してくれた。

「うん。なんとか」
「全然なんとかじゃないっすよ。腰を強く打っちまってる。早く医者に見て貰いな」
「マジですか!?早くリカバリーガールのところへ!」
「はいはい。アンタはまずそこから抜け出しましょうや」
「いや、これ全然破けないんですけど!?」
「ナイフの一つや二つ持っておいた方がいいですよっと」

私を地面に下ろすと、マントの人は小刀で緑谷くんを拘束していた網を切った。どてっと緑谷くんが落ちたが、気にしないようすで私の方を再度見た。

「今言うのは酷かもしんないですけど、さっきのアンタ正直愚行でしたね。急に飛び出すわ音を立てるわ装備は捨てるわ……何より仲間である坊主を置いていったのは最悪だ」
「…………」
「何があったか知りませんけど、ちぃと反省した方がいいっすよ」
「…………はい」

正論過ぎて何も言い返せない。緑谷くんですら無言ということは、きっと彼と同じ考えなんだろう。この敗北は百パーセント私のせいだ。
マントの人に背負われて先生のところへ向かおうとするとき後ろを振り返ったが、そこには既に誰もいなかった。

この訓練で一番の負傷者は私らしく、真っ先にリカバリーガールのところへ運び込まれた。治癒の個性のお陰で痛みは和らいだが、今日は学校の保健室に泊まることになった。それほど打ち所が悪かったらしい。面談禁止と書かれたプレートがドアに掛けられ、その日訪れたのは相澤先生だけだった。

「今日、何が悪かったかわかってるな?」

相澤先生は怒りもしなければ叱りもしなかった。でも、その目は確実に私を咎めていた。あのときの様子をカメラで見ていたらしく、あのマントの人と同じことを言った。

「この際聞いちまうが、お前名字のことどう思ってる?」
「………普通です」
「嘘だな。名字が編入してからずっと名字のこと嫌いだろ?普段の生活見てりゃあわかる。あからさま過ぎるぞ」
「………だからなんだって言うんですか?好きになれと?」
「んなこと言ってねぇだろ。人間である以上、百人中百人好きなやつなんていないし好きになる奴もいねぇ。俺だってそうだ。嫌いな奴なんてわんさかいる。だが、私欲を仕事に持っていくことは絶対しない。嫌いなやつだろうと、助けを求められてんなら手を差し伸べる。それがヒーローってもんだ」
「………」
「まあ俺がいくら担任とはいえ、誰かどうこうっつーことまで口に出さねぇが、もう少し自分の行動を振り返ろ。お前も名字も再来年にはヒーローだ。どこかでまだ交流があるだろう。わだかまりがある中で完璧な仕事はできねぇぞ。今のうち気持ち整理しとけ」

相澤先生はそれしか言わなかった。無言になってしまった私に、「お大事にな」と今日のプリントを置いて部屋から出ていった。
瞳を閉じれば、今日のことが甦った。遠くに見えた二つの人影。ぽっかり空いた穴から覗いた空。どうにか抜け出そうともみくちゃになった緑谷くん。相澤先生の鋭い視線。

私のこの気持ちは、存在しちゃいけないのかな?

遠退く意識の中でそう思った。


◾◾◾

次の日、少し痺れは残るものの無事退院することができた。教室に入ったとき、皆が一斉に駆け寄ってくれて平気?もう痛くない?と心配してくれた。その中には名字さんもいて、少し気まずそうに昨日のことを謝った。思えば、名字さんとこうきちんと話すのは初めてかもしれない。やっぱりなんとも言えない苛つきは感じるが、この間ほど酷くはない。思っていたより彼女は普通だった。あざとくないし、ぶりっこでもない。いつもクラスメイトに媚び売っているように見えたが、実はそうでもなかったのかもしれない。そう気持ちの変化のお陰か、彼女に対して自然な笑顔を作ることができた。

「ううん大丈夫。あれは私のミスだから名字さんは関係ないよ」
「!あ、ありがとう……」
「なんでお礼?」
「なんか、なんとなく……」

あからさまにほっとした様子の名字さんに、余程私の態度は酷かったんだなと反省した。そのあと緑谷くんにちゃんと謝ったところ、慌てた様子で「確かに昨日は##NAME2##さんのミス大きいかもしれないけど、僕も##NAME2##さん任せにしてたから……お互いダメなところはいっぱいあったと思うし……これから一緒に直していかなきゃね」と笑顔で許してくれた。本当にA組の皆はいい人ばかりだ。
心の隅でまだ残る彼のことは見ないふりをして、席に座った。

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