閃光


嫉妬とは愛の保証への要求である@


「好きな人ができたの」

昼飯を食べている途中、突如クラスメイトの篠原さんに引きずられ、連れてこられた階段の裏での告白に、俺はろくな反応ができなかった。

「えっと……おめでとう?」
「ありがと。ほんと心が踊るような心地なの」
「ああ……うん……でさ、なんで俺に言ったわけ?」

間違っても、俺と篠原さんは思い人を報告し合うような関係ではなかったはずだ。単なるクラスメイト。それ以上でもそれ以下でもない。篠原さんはキッと眉を上げ、真剣な面持ちで疑問に答えた。

「私の好きな人…そうね、Kさんは名字さんの知り合いなの」

名字さん。篠原さんが口にした名前は俺も知っていた。てか、名字さんも同じクラスメイトだ。彼女は至って普通の女子だが、個性がちょっと特殊らしい。幽霊を召喚するとかなんとか?俺もよくわからないが、なんでも噂ではヒーロー科の推薦も来ていたらしい。本人に確認してみたところ、「私の個性、確かに強力だしヒーロー向けだと思うけど、宗教が絡んでくるんだよね。だから、ヒーローは難しいんだ」と困ったように言っていたのを覚えている。宗教のいざこざは仕方ないと思うし、本人も強力な個性を見せびらかそうとしないから、クラスでも好感度は高めな筈だ。
話が逸れた。

「私、ぶっちゃけ名字さんとは仲良くないんだ。でも、心繰くんは結構おしゃべりするでしょ?」
「まあ、隣の席だし……」
「だからお願い!なんとか名字さんちに行かせて貰えるよう頼んで欲しいの!」

この通り!と手をパン叩き深く頭を下げてきた篠原さに、動揺しつつも顔を上げてと頼み込んだ。端から見りゃ勘違いされるに決まっている。なんとか顔は上げてくれたが、OK言うまでは粘るぞ!と言わんばかりに瞳がメラメラ闘志で燃えていた。

「頼むって……俺だってそこまで仲いいわけじゃねぇよ」
「接点ほぼ0な私よりかはマシ!ほんとお願い!このままじゃカル……Kさんのことで頭一杯で勉強も手付かずになっちゃう!てかなってる!」
「そう言われても……名前知ってるってことはそのKさん?に会ったあるってことだろ?わざわざ家まで行かなくても……」
「それが出来ないから困ってるの!」

軽くヒステリックになりつつある篠原さんの話をまとめると、Kさんとの出会いは登校中の電車の中だったらしい。結構なイケメンらしいKさんに、篠原さんは一目惚れしたようで、Kさんに会うのが日々の糧になっていたそう。しかし、寮生活になったことにより電車に乗る機会がぐっと減り、とうとう最後Kさんに会って(見て)から一ヶ月以上が立って、痺れを切らした篠原さんが俺に交渉してきたというわけだ。

「一度だけ、駅のホームでKさんと名字さんが楽しそーにおしゃべりしてたの見たの。その時名前を知ったってわけ。正直むちゃくちゃ羨ましかったけど、恋人って感じじゃなさそうだったから取り敢えず保留にしてる」
「お、おう……てかKさんって大人の人なのか?同年代じゃなくて?」
「多分二十前半ぐらい。マジでイケメンだから。V系でちょっと怖そうだけど。声もマジイケボ。ヤバイ」

語彙力が低下してきたところで、篠原さんは再度頭を下げた。折れる気はないようだ。篠原さん気が強いっつーか我が強いっつーか、グイグイ行くことで有名だからこのまま粘るのも不毛な気がする。
わーたよと頭をガリガリ掻きながら返事すると、ぱぁと顔を明るくさせてありがとう!と手を握って振り回してきた。ちょっ!腕が抜ける!

「いやー!ほんとありがとう!断られたらどうしようかと思ったよ!」
「………で、どう頼めばいいんだ?」
「え?普通にお願いっ!ってしとけばいいんじゃない?」
「テキトーすぎんだろ……」

そういう肝心なところは他人任せなのは頂けない。本当にそのKさんとやらにしか目がないんだろう。恋は盲目とは良く言ったものだ。これは、うんと言った俺の負けなんだろう。ため息したくなるのを抑えて、「えー!当日何着てこーかな?」とはしゃぐ篠原さんを他所に言い訳を考えることにした。

お願い(強制)された次の日、篠原さんのガンに堪えながらなんとか名字さんに話しかけた。
考えに考えた結果、ヒーローを言い訳に使うことにした。名字さんもヒーロー科を蹴ったとはいえ、ヒーローに興味が無いわけではないらしい。緑谷ほどではないが、結構ヒーロー関連のニュースはこまめにチェックしているらしい。

「あんさ、この前ヒーローギャングオルカの特集やってたの知ってる?俺もまだ見てないんだけど、撮ってるから今度一緒に見ない?」

言い終わったあと、あれ?これって俺んちに誘う感じ?そんなこと思ってたら隣の男子が「何心繰……おうちデートのお誘い?」とか言い出した。おいやめろ。名字さんにそういうよこしまな感情はないんだ。ちらりと名字さんを見ると、若干気まずそうだった。
あ、もうだめだ。諦めかけたそのとき、今まで調子見だった篠原さんが割り込んできた。「えー!私も見たーい!名字さんいい?」と最早疑問符が機能してなかったが、名字さんは気にすることなくにっこり笑ってくれた。その後、篠原さんのトーク力と執念により名字さんちでビデオ祭りになることになった。他の連中も名字さんちに興味があったようだが、篠原さんの話に割り込む隙もないマシンガントークと尋常じゃない様子になんやら察したのか、結局男子は俺一人になってしまった。おいちょっと待て。いくら女子の方が多いとはいえ、男子が女子の家に上がり込んでいいのか?篠原さんがいなくなったあと、こっそり名字さんに確認すれば、

「ああ、そーゆーのは大丈夫。うちんち200人近くいるから」

とのこと。ちょっと名字さんちが想像できない。


▼▼▼


丁度三人の予定が合ったので、早速今週の土曜日名字さんちに集まることになった。LINEで送られてきた地図でわかったことだが、名字さんち広くね?緒川村という町ですらない田舎だったが、ここ!と丸つけられた範囲が広すぎる。これ山入ってない?ここから入ってねと矢印してあるところから建物までかなりの距離がある。建物も少なくとも三棟はある。もしかして、名字さんめちゃくちゃ金持ちなんじゃないか?

金持ちだった。
当日、友達の家で動画鑑賞会するにはかなり攻めた格好な篠原さんと共に電車で緒川村に向かう。途中、何度も「心繰くんどう?変じゃない?」「もっとスカート短くしてくればよかったかなぁ」と聞いてくるが、正直そういうのは良くわからない。でも、スカートはそれ以上短くしない方がいいのは確かだ。もう冬間近というのに、そんなに生足で寒くないのだろうか。見ているこっちが震えてくる。
ようやく着いた緒川駅。自動改札がないってどういうことだ。ホームから出口まで徒歩十歩とかどういうことだ。こんな駅映画か漫画以外で見たことないぞ。篠原さんがボソッと「寂れてるぅ」と失礼なことを言ったが、内心同感だ。駅前もスーパーとコンビニとこじんまりとした商店街があるぐらいで他になんにもない。バスが一時間に一本だなんて。中々不便なところに住んでいるんだなぁ名字さん。
田んぼと畑となんか建物。そんな中でも名字さんちの家は一目同然だった。

「あれ、だよね……?」
「あれ、だな」

篠原さんが震える指先で指したのは、この田舎の風景にアンバランスすぎる洋風の建物。村の一番高いところに建てられたそれは、屋敷というより城の方が正しいかもしれない。外国の建築500年とかガイドブックにありそうなほど荘厳としていて、でもどこか村に馴染んでいた。ぶっちゃけ車窓から見ええて、そんなわけないよなと鷹をくくっていたがマジだったか。
「嘘でしょ?名字さんちお金持ちなの?」とボソボソ呟きながら屋敷……お城に向かってとことこ歩いていく。十五分ぐらいしてやっと着いたが、そこは門であり、城ではなかった。鉄製の門も俺の身長の倍以上はあり、柱のところにあるインターホンを見つけるのにちょっと時間をかけてしまった。
「心繰くん押してよ」と無理矢理ボタンを押され、ピンポーンと軽い音が鳴った直後、インターホンから『はぁ〜い』と女性の声がした。

「あの、名字さんの友人の心繰ですけど……」
「はいはいマスターのご友人様ですね!お話は聞いておりますので、どうぞみこーんとお入りくださいまし!」

マスター?みこーん?まし?色々突っ込みたいところはあるが、ギギギと門が空いたので入ることにする。このときも、篠原さんに押し込まれるままだった。

おかしい。そう思った俺はおかしくないはずだ。
まずスケールデカさ。東京ドーム何個分?というレベルに敷地が広い。建物もデカイ。
そして、所々かいま見える金のかかりよう。お屋敷の近くに来てわかったが、一つ一つの装飾の凝りようが異常。ステンドグラスとかなに?石像とかなに?ヨーロッパの聖堂そのまま持ってきたの?と言わんばかりの豪華さに、口が閉じない。思えば、こんな広い土地なら税金がかなりの額だろう。
そして、最後は、名字さんが言っていた住居人だった。みーんな美男美女。最初に会ったのは青髪を後ろで括った男性だったが、モデルじゃないのかと思うぐらい美形でとんでもなく足が長かった。勿論個性的な意味ではない。次に会ったのは銀髪をツインテールにした女性だったが、思わず赤面しそうなほど綺麗だった。次は金髪の王子様のような人だった。次々に出会う美形達に、篠原さんはきゃあきゃあ言いっぱなしだった。Kさんに会うんじゃなかったのか?
ようやくお城に着いた頃には、色んな意味でヘトヘトだった。

「来た!おーい!」

お城に入ってまず目に飛び込んでいたのはドデカイ螺旋階段だった。その中央部分どこちらに手を振っているのはまさに名字さんだった。名字さんも私服とはいえ、篠原さんほど気合いは入ってなくラフな感じだった。
「上がっておいで!」と言われたので、横幅三メートルはあろう階段を上る。

「ようこそ!ここまで遠かったでしょ?」
「いやそんなに……ごめん遠かった」
「疲れたぁ……」
「あはは……ごめんね。今部屋に案内するよ。客室でいい?」

客室とかあんの?そう聞けず、取り敢えず名字さんに大人しく着いていく。その途中でも、美男美女には会って挨拶された。

「よう。マスターのオトモダチか?よろしくなぁ」
「キャットだワン!後で厚切りポテトフライを持っていくゆえ、腹をすかせて待っていろワンだ!」
「ますたぁのご友人かい?こいつあ目出度いこった!」
「心より歓迎致します。何かあればこのベディヴィエールにお申し付けください」

「なぁ」
「ん?なぁに?」
「あの人達って誰なんだ?」

持ってきたギャングオルカの特集DVDをセットする名字さんに、さっきからの疑問をぶつけると、名字さんは少し困ったような表情をした。

「えっとね、私の個性なの」
「…………は?個性?」
「そう。私の“個性”はGrandOrederって言って、英霊という存在を召喚することができるんだ。英霊はね、えっと……簡単に言うと、過去の偉人が死後祀られたもので、幽霊よりランクが上って認識でいいよ」

過去の偉人。死後。幽霊。不穏すぎるワードが連発され、思わず怪訝になってしまう。しかし、名字さんの表情は真剣そのものだった。

「じゃあ、さっきから会った人たちは幽霊なわけ?」
「本当は全然違うんだけどね。似たようなものだよ。ちゃんと実態もあるしご飯も食べれる。ただ食事睡眠は必要ないし、身体能力も人間の遥か上。各々に特殊スキルもあるしね」
「じゃあ、この間言ってた宗教が絡んでくるって、宗教的な英霊がいるってことか?」
「そういうこと。例えばうちにジャンヌダルクがいるんだけど、」
「いるの!?」

ジャンヌダルクと言えば、フランスから遠く離れた日本でも知名度が高い。確か、フランスの王様を助けて王政を復活させた少女とかそんな人だったと思う。名字さんの個性って、思う以上にすごいのかもしれない。

「彼女、聖列されてるからキリスト教の間では聖処女って呼ばれててかなり知名度があるんだ。そんな彼女を私は使役してるってことになると、まあ、反発は大きいよね。後、インドのマハーバーラタっていう聖典があるんだけど、その主人公的ポジションのアルジュナもいるし、結構ややこしいんだよ」
「確かに地元の人はぶちギレるわな」
「そうそう。“なんか極東の島国の小娘がうちの英雄を使役してる”ってなっちゃうし、まず本人だと理解してくれなさそうだし」
「………名字さんも大変だな」
「まあね。でも楽しいよ」

DVDをセットし終えた名字さんが、リモコンをいじくって始まった動画を一旦止めた。

「そう言えば、篠原さんはどうしたの?」
「あー……なんか手洗い借りるって言ってたような……」

嘘だ。怒濤のイケメン美女ラッシュに魂が抜け掛けていた篠原さんだったが、本来の目的を思い出したらしく「Kさん探してくる!心繰くんアリバイ作りよろしく!」と風のごとく飛び出して行った。そんな彼女を止められなかったのは仕方ないと思う。こんな広いとはいえ、他人の家で好き勝手動くのは如何なものかと思うが、恋はハリケーンだって漫画にあったので恋する乙女は誰にも制御できないということだ。
結局、篠原さんは十五分ぐらいしたときに褐色白髪の人と一緒に帰ってきた。「ごっめーん!トイレ行こうとしたら迷っちゃった!」と軽く謝ると、すっと俺の隣に座った。篠原さんの横顔をちらりと覗き見したところ、本命のKさんを見つけられなかったようで、ムッと眉を潜めていた。そんな顔しちゃダメだろ。
名字さんは最初からテレビに釘付けだった。かくいう俺も既知の内容ではないので、気がつくと上体が曲がっていたりしている。しかし、篠原さんは興味がないと言わんばかりに欠伸混じりにジュースとお菓子を交互に摘まむだけだった。おいおい。これを見る為に集まったのだから少しは見る振りをしろよ。ギャングオルカじゃなくて、ベストジーニストとか女子受けのいいヒーローにすべきだったか。てか、なんで俺がここまで気を使わなきゃいけないんだ。

名字さんは最初からテレビに釘付けだった。かくいう俺も既知の内容ではないので、気がつくと上体が曲がっていたりしている。しかし、篠原さんは興味がないと言わんばかりに欠伸混じりにジュースとお菓子を交互に摘まむだけだった。おいおい。これを見る為に集まったのだから少しは見る振りをしろよ。ギャングオルカじゃなくて、ベストジーニストとか女子受けのいいヒーローにすべきだったか。てか、なんで俺がここまで気を使わなきゃいけないんだ。
途中、お菓子を足しに来た猫耳の人(タマモキャットさんと言うらしい)が来たぐらいで、一時間半の番組はあっさり終わった。ふぅと溢れるため息と共に謎の疲れを感じる。見入りすぎて力を入りすぎたのが二割、豪華過ぎる部屋にカチコチになったのが三割、篠原さんへに対するハラハラが五割。おい篠原さんおい。例の本人は、やっと終わったと言わんばかりに背筋を伸ばしている。休憩アピールをしてるなぁと思った直後、「ねぇ名字さんち探検したーい!」と切り出した。Kさんへの執念ぶりに驚きを通り越して呆れを感じる。もうちょっと自重しろ。
そんな篠原さんの思惑に気づくことなく「そう?あんまり楽しくないと思うけど……」と許可を出した名字さんは優しすぎると思う。懐が大きいと言うかなんと言うか。まず中々話さないクラスメイトを家に上げる気前の良さは正直見習いたい。
色々言ったが、俺も名字さんちには興味があるので、篠原さんの提案は賛成だ。決して変な下心とかはない。断じてない。

「じゃあまずバラ園から行く?」

もう何が出てこようとも俺は動じないぞ。


▼▼▼


バラ園じゃなくて植物園だわ。
いくつもの廊下と階段を歩いて渡り廊下を渡った先にあったのは、大きなビニールハウスだった。農家が使うようなやつじゃなくて、半円状のオシャレなやつ。二階あり、中には地域季節折々の植物が華々しく咲いていた。しかも、明らかに日本産じゃないケバい鳥の姿もあって、鳴き声も聞こえる。因みに小川も流れていた。そんな小川の側でお茶を飲んでいたのは、眼鏡の男の人だった。向かい側にはまるで花嫁のような格好をした少女がちょこんと座っている。ジギルさんとフランちゃんというらしい。距離があったのでお辞儀をしただけだったが、二人とも気さくに手を振ってくれた。
この奥にバラ園があるんだよ、と案内されたが、敢えてここは省略させてもらう。ハウステンボスで検索だ。

本館に戻った後、ローマのような回廊を進んで着くと、立派な図書館が目に飛び込んできた。壁という壁が本で埋まっていて、博物館で展示されてそうなほどボロボロのもあれば、今年の本屋大賞に選ばれたやつもある。奥に、茶髪のおじさんと青髪の少年が死んだように机に突っ伏していた。彼らには近づかない方がいいと警告されたため、声を掛けてすらいないがいいのだろうか。

その後も、シアタールームやらティールームなども案内され、俺は途中で考えるのを放棄した。こういう家もあるんだなと開き直る方が楽だからである。行く先で、住民……サーヴァントの人たちに会ったが皆一様に歓迎してくれた。格好がギリギリな人もいたけどな。リップさんとかヤバかった。
篠原さんは、相変わらずKさん探しに躍起になっているようでキョロキョロ忙しなく辺りを見渡していた。それとなくフォローしたり、名字さんから見えないように庇ったりしてたが、名字さんには本当申し訳ない。Kさんが見つかり次第すぐ帰るよ。
しかし、一向にKさんは見つからない。血走った眼の篠原さんを見てられずKさんの特徴を聞けば、白髪、イケメン、オッドアイ、イケメン、高身長痩せぎみ、イケメンしかわからなかった。イケメンとか、サーヴァントの皆さんは皆揃いも揃ってイケメンだから見分け付くわけないだろ。

「え?なんでいないの?こんなに探してるのに?」

トイレに行った名字さんを廊下で待つ間、篠原さんは焦ったようにそう呟いた。それもその筈、太陽は大分傾き、現在時刻は午後四時半。移動時間や門限を考慮すると、五時にはここを出たいところだ。

「あー……Kさんってのは名字さんのサーヴァントなのは間違いないのか?」
「あの美しさは人のそれじゃない」
「あ、さいですか」
「こうなったら“あれ”しかない……」
「“あれ”?」

なにそれ、と聞こうとしたとき、トイレの方から物音がした。きっと名字さんだろう。その瞬間、篠原さんはスマホを取り出し、ものすごいスピードでなにやら画面をタップすると、それを耳に当てた。

「話し合わせてっ!」
「は?」

聞き返そうとしたが、篠原さんは突然前ぶれなく、「もしもしお母さん?どうしたの急に電話とか?」と話し出した。は?何してんの?電話掛けたんじゃないの?しかし、会話的に篠原さんのお袋さんが掛けてきたという感じに聞こえる。帰ってきた名字さんも、通話中の篠原さんに首を傾げている。

「ふんふんそれで?……えー!?今夜家にいないの!?マジ!?え、じゃあ私一人なの!?………は?なにそれ聞いてなーい!やだー!」

わざとらしいオーバーリアクション。ちょくちょく聞こえてくる内容に、不穏な気配を感じた。まさかと思ったそのとき、会話が終わった篠原さんはスマホをしまうと、はぁと大きくため息を着いた。

「どうしたの篠原さん」
「サイアク。今日うちの親家に帰らないんだって」
「え?じゃあ篠原さん今夜一人なの?」
「そのまさかだよ!ホントあり得ない!一人とかマジ無理なんだけど!」

どうしようどうしようもあたふたする篠原さんに、名字さんは心底心配そうに顔をしかませた。俺も別の意味でしかませた。
篠原さん、やりやがったな。
このやり取りは篠原さんによる自演自作。Kさんを探すためにでっち上げた嘘なのだ。篠原さんが一晩一人でいるのが無理なタイプには到底見えないが、付き合いの薄い名字さんにはそこまでわからないだろう。要するに、この行動の目的は……

「じゃあ今夜うちんちに泊まる?」
「え!?名字さんいいの!?」
「勿論親御さんがOK出したらの話だけどね。折角だし、心繰くんもどう?」
「え、俺は……」
「マジー!?ホントありがとう!!どうしようかと思っちゃったー!!」

俺の声は篠原さんの歓声によってかきけされた。
篠原さんの狙いはこれ……名字さんちのお泊まりなのだ。一晩家に泊まれば、約半日延ばすことができる。更に、もしKさんが日中で掛けていたとしたら、夜には帰ってくるだろう。そこから声を掛けて話してあわよくば連絡先を交換するのに、一晩という時間は十分ある。
それに気づかない善良な名字さんは、「皆に説明してくる!ちょっと待ってて!」とぱたぱたと何処かへ向かってしまった。

「………篠原さん、」
「ごめんね心繰くん。でもこうするしかなくない?」

自分で思ったより低い声が出てびっくりした。そんな俺の様子にもどこに吹く風やらでけろりとしている篠原さんは、再度スマホを操作してLINEを送っていた。おそらく、両親へ友達の家に泊まる旨のことだろう。よく言って肝が据わっている。悪く言って自己中心的。恋する女って怖いなと再認識して、俺も両親へ連絡するためスマホを取り出した。

「着替えはうちにあるやつを使ってくれ。ああ、安心したまえ。全部未使用だ。好きなものを使ってくれて構わない。一応部屋にシャワールームもあるが、大浴場は西棟にある。わからなかったら近くのサーヴァントに聞きたまえ。食堂は本館の一番真ん中だ。これはすぐわかるだろう。洗濯物は出してくれさえすればこちらで洗濯して明日までには乾かして返そう。コンセントも部屋の備品も好きなように使ってくれて構わないが……何か質問でもあるか?」
「あ、ないです」

来たとき、迷子(を装っていた)だった篠原さんを案内してくれたエミヤさんが色々な説明をしてくれた。ホテルマンだ。帝国ホテルらへんでありそうな待遇だ。
俺に割り振られた部屋は本館の三階の一番階段に近い部屋だった。一個開けて隣は篠原さん。一応男女ということで考慮された結果だろう。この階段を上がると名字さんの部屋にすぐ着くらしい。まあ最上階だからエレベーター使うが。

「あの、すみません。急に泊まることになって」
「別に構わないさ。寧ろ嬉しいんだ」
「嬉しい?」

ベッドメイキングを終えたエミヤさんが、こちらににっこり微笑んで口を開いた。

「この家、正直他のと比べて色々アレだろう?」
「ま、まあすごい立派だとは思います」
「あはは。それはマスターも同じでね、学校で弄られたり、金持ち扱いさたりするのが嫌だったのだろうね。今までどんな友人も家に誘うことはしなかった。でも、今日君たちを家に招いて更にお泊まり会と来た。一緒の部屋には出来なかったが、我々はそんな友人がマスターに出来て心底嬉しいのさ」
「あ、ありがとうございます……」

ヤバい。罪悪感で死にそうだ。
名字さんよりイケメンのKさん目当てで来ましたなんて口が裂けても言えない。バレたら殺されそう。てか自分で死ぬ。申し訳無さ100%で目をサッと反らした。名字さんも俺が思っている以上に訳ありな人生を送ってきたんだろうな。そんな名字さんに嘘を着いている自分がめちゃくちゃ情けない。今度から名字さんのことを最優先にしよう。幸せになってくれ。
ご飯の時間だというので、食堂に戻っていったエミヤさんとは入れ違いに篠原さんが部屋にやって来た。「ご飯食べに行こ?」と可愛く誘ってきたが、目がギラギラしてる。もうちょっと隠そうとしろよ。

「Kさんいた?」
「いない。でも、食堂にある程度のサーヴァントさんが集まるみたい。心繰くんも探してね!」
「……あんさ、やっぱ人んちだしあんまり好き勝手しない方がいいぜ。名字さんも訳ありっぽいし」
「だからなるべくそうならないように必死に探してるんじゃん!Kさん見つけないとこの家来た意味ないし!」
「………篠原さん、」

それはないわ。と言おうとしたとき、食堂から名字さんが顔を出していてブンブン手を降っていた。即座に猫を被る篠原さん。彼女に対する好感度…というか信頼度のゲージがグンッと下がっていくのがわかった。なんか、Kさん見つからない方がいい気がしてきた。やっぱ無理矢理でも帰ればよかった。

「ご飯はね、好きなメニューを選べるんだよ。今日は……エビフライ定食かエビチリかエビ焼きそばだね」
「なんでそんなエビ三昧?」
「なんか航海系サーヴァントが漁でめっちゃ捕まえたとかなんとか……」

漁にも行ってるんかい。名字さんはエビフライ、篠原さんはエビチリを選んだのでどうせならと俺はエビ焼きそばにした。カウンターには胸元をバーンと出したブーティカさんがいて、「男の子は一杯食べる!」と大盛りにしてくれた。普段もこれぐらい食べろと言われるので有難い。焼きそばを貰い席に着くと、「邪魔するぜ」と隣に誰か座ってきた。

「よう、楽しんでるか?」
「えっと……来るときに会った人ですよね?」
「あーそりゃ違う俺だ」
「え?違う自分?」
「ここにはクーフリンが四人いてよ、多分お前さんが会ったのはランサーの俺だ。んで、俺はキャスターのクーフリンだ。キャスターって呼んでくれや」

いってるいみがよくわからないけど、きにしたらまけだとよくわかった。うん。現実逃避したら大分マシだ。キャスターさんは俺以上に山盛りになったエビをテーブルに置いた。そして、大きく口を開けてむしゃむしゃ食べ出した。

「お前も食えよ。うめぇぞ」
「あ、はい。いただきます」

ブスりとエビをさして麺に絡ませながら口に放り込んだ。むちゃくちゃうまい。え、まじでうまい。麺を掴む箸が止まらない。「そう焦んなって。誰も取りゃあしねぇよ」と背中を叩かれたので一旦水を飲む。

「むちゃくちゃうまい!」
「そりゃよかった。後であの赤の弓兵に言ってやんな」

赤の弓兵って、エミヤさんのことかな?厨房で必死にご飯を作っている彼をちらりと見たところで、キャスターさんが口を開いた。

「今日は楽しかったか?」
「はい。なんか色々すごくて途中から考えるの放棄したぐらいです」
「ははっ!色々規格外だからなぁここ。まあ気楽にしてろ。そこの嬢ちゃんみたいにな」

キャスターさんが顎を向けた先には、名字さんときゃあきゃあ話ながら笑っている篠原さんの姿があった。楽しそうに会話してるけど、目は相変わらずKさんを探している。あれは気楽にしてるとは言えない。うん。気を抜かず行こう。

「しっかし、マスターも男を連れてくるたぁ大人になったねぇ」
「ぐっ!違います違います!俺と名字さんはそんな関係ではなく単なるクラスメイトなだけであって!」
「じゃあなんで単なるクラスメイトがうちんち来るんだ?」

あ、これバレてない?にっこりと人当たりの良い笑顔でこちらを見てくるキャスターさん。でも、目が笑ってない。やっぱり変えるべきだったんだ!畜生篠原さん!Kさんはもう諦めろ!そして俺は死ぬ。
何も言えない俺に、暫く無言だったキャスターさんだったが、突然わっはっはっ!と笑って俺の肩を軽く叩いた。

「そんな情けない顔すんなよ!お前さんはマスターの大切な友人だ。悪さはしねぇさ」

これは許されたということか?恐る恐るキャスターさんを覗き見てもけろりとしてエビチリを口一杯に食べているだけだった。

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