閃光


傷つけるように愛しましょう


さてさて、これはどうしたものか。

「ああ、ああ!この顔この髪この体この匂いこの表情!!名前、名前!ほんもの、やっと会えた!やっと、やっと!」

脊髄を折る勢いで私の腰に抱きついて、笑いながらギャン泣きする青髪の男性(イケメン)。壊れたラジカセのように私の名前を連呼する彼を、私は知らない。

そもそも、ここまでの記憶すらあやふやなのだ。

学校の帰り道、なんの前触れもなく気絶して、気づいたらこのベッドの上で寝転がっていたのだ。因みに手錠つきである。

意識が飛ぶ直前、首筋にバチッと鋭い痛みが走ったから多分スタンガンでも使ったのだろう。目を開けた途端、見覚えのないイケメンがすぐ目の前にいて、しかもぼろぼろ泣き出したのだから困惑が一周して逆に冷静になってしまった。

そして、イケメンは飛び付いてきて今に至る。

「なまえ、なまえ。あいたかった。ぜんぜん変わってねぇなあ。ほんとあのときとそっくりで、すぐわかっちまったよ」

私の頬を優しく撫でながらうっとりと微笑むイケメン。普段の私ならキャーと叫んでしまうぐらい魅力的だったが、状況が状況で流石に呑気に喜べるほど心に余裕がなかった。

「あ、あの……」
「ん?どーした名前」
「えっとぉ……」
「つーかさっきから黙ってばっかりだな。ウンメイノサイカイなんだぜ?俺ばっかり浮かれてて馬鹿みてぇじゃねぇか」
「ご、ごめん」
「まあ気持ちはわかるぜぇ。俺もむちゃくちゃ嬉しいしな。……ほんとう、しんじまうぐらいしあわせだ」

あ、これ「ごめん記憶にないてへぺろ」とか言えないやつや。

命の危険に晒されると、本能的に脳ミソが活性化されるらしい。かつてないほどフル起動した頭脳が導き出したのは、諦めだった。

法悦したイケメンの後ろに見えるのは、何重にも鍵を掛かったドア。部屋唯一の窓は私の顔より小さく、鉄格子が嵌められている。そして、私の手足首には、じゃらりと鎖が付けられた拘束器具。鎖のもう片方はベッドの足にぐるぐる巻かれていた。

監禁、というやつだと思う。

「ああ、そういうことか。安心しろよ名前。ここにいればなーんの心配もいらねぇ。俺が守ってやれるからな。まあ、ちと狭いかもしんねぇし、不便なところもあっかもしれねぇけど我慢してくれや。代わりと言っちゃあアレだが、欲しいものがあったらなんでも言ってくれ。遠慮すんなよ?俺こう見えても結構稼いでるんだぜ。部屋もどーしても気に入らねぇんだったら改築するし、なんなら引っ越すぜ!そうさ、なんでもする。なんでもするから、」

どこにもいかないでくれ。

どうやらこの男は、情緒不安定になると舌足らずになるようだ。

再び私のお腹の中でグズり始めたイケメンは、すがるように私の腕を掴んだ。決して離れるものかと言わんばかりに握り締めてるくせに、その手は微かに震えている。まるで、私に拒絶されるのを心底怖がっているようで、がっしりとした大人の見た目とはあまりにもアンバランスだった。

「なまえ、なまえ。おれをおいていかないでくれ……」
「…………」

その姿があまりにも情けなくて、ほとんど無意識に彼の頭を撫でていた。手を動かす度に鎖がじゃらじゃら揺れてうるさかったが、この男はそうでもなかったらしい。

はっと顔を上げて私の顔を見つめると、顔をくしゃっとしかめて首元に飛び付いてきた。

「名前、」
「…………うん」
「好きだ」
「うん」
「好きだ。愛してる」
「うん」
「こんな俺でも頑張るから、頼むから、側にいてくれ」
「うんいいよ」

その一言だけで男は十分だった。

咳が切れたように大声を上げて泣き出したイケメンの背中を軽く叩いてやると、イケメンは更に強く抱き締めてきた。

「なまえ、なまえ!」
「うん」
「おれ、きゃすたー。きゃすたーってんだ」
「うん」
「よんで、おれのなまえ」
「キャスター」
「もっと、もっとよんで」
「キャスター、キャスター」
「なまえ、もう、おれのまえからきえないでくれよ。にどと、ぜったいに」
「消えないよ。いなくならないよ。キャスターの側にいるよ」
「おれのこと、きらいになってもいいから、でも、どこにもいかないでくれ。たのむ、どうか、おれを、」
「いかないよ。キャスターを置いてどこにもいかないよ」
「ほんとだな?うそつかないな?」
「ほんとだよ。うそつかないよ。ずっとキャスターといるからね」
「なまえ、なまえ」
「キャスター」

優しく声を掛けている間、私は再度どうしたものかと頭を悩ませる。

私がここから出られる日は来るのだろうか。

今回召還されたボクは、イスラエルの王より、青年時代の羊飼いだった頃の側面が強いらしい。現に見た目は一国の王には程遠い若者で、宝具もスキルも羊飼いのボクのものである。まあスキル『カリスマA』とか、王の側面も少し出ているところもあるけれど。

そのせいもあって、あのときのボクはブリテンやウルクの王のような神々しさがなくて、本当に普通の青年だったと思う。巨人ゴリアテを倒して、サウル王に認められる前の無名の羊飼い。

『自分の所有物を他人に奪われるのを決して許さない』という羊飼いから誰でも持っている思考の普通の羊飼いだ。

その『所有物』の対象に、マスターがいただけのことだ。

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