咎人の胎児がないている
「名字メシ行こうぜ」
「なあ、ここわかるか?」
「すまねぇ。ルーズリーフあるか?」
「帰ろうぜ名字」
「名字」
前々からひどくなつかれてるなとは思っていた。中学……いや小学生からその兆候はあり、よく今まで噂にならなかったものだ。しかし、雄英に来てからそれは顕著になったと言うか更なる加速を加えてきたと言うか。大体別のクラス、学科すら違うというのに毎日必ず一回は私のクラスに顔を出している始末である。最初はビビっていたクラスメイトも、今じゃ日常の一貫として受け入れられてしまっている。「おーい名字ーカレシ来てるぜー」違う違う彼氏じゃないただの友だち。しかし、当の本人が一番カレカノ発言に喜んでいるようで正直複雑である。ねえ私の意志は?私は轟くんのことをそういう目で見たことは一度もない。メソポタミアの女神達に誓ってそう断言させて頂こう。
勿論私とてこの現実を甘受しているわけではない。英和辞書を返しにきた轟くんにきっぱり誤解を生むような言動は辞めてほしいと告げた。しかし、その後の彼は相当荒れたようで、その日の放課後何故か私が先生に呼び出された。おかしい。私は被害者の筈だ。
「名字。歳も歳だからそういういざこざはあってもしょうがないことだが、それが学校生活まで影響が出ちまうのはよくないぞ」
「違います違います相澤先生断じて違います私達付き合っていません紛うことなき誤解ですイエスフレンドノーラバー」
「真昼にあんなにイチャついといて何を言う」
「彼からの一方的なものです!信じてください!」
何これ。なんで私が悪いことになってるの?どんだけやさぐれたの轟くん。ちょっと自分の欲望に素直すぎない?
私の必死の説得でなんとか誤解は解けたが、相澤先生には轟くんをどうにかして落ち着かせろと命じられた。死ねと?そうおっしゃるのですか?ああ神よ。私が何をしたというのですか。
とぼとぼと下駄箱に向かえば、壁に寄り掛かり不機嫌オーラを惜しみ無く漂わす轟くんと、そんな彼の隣で顔を真っ青にするモサモサくん……確か緑谷くんがいて、もうね、死にそう。
私を待っているんだろうなぁとは察するがぶっちゃけあの空間に行きたくない。だって皆避けてるもの。体を縮ませて少しでも轟くんの視界に入らないように慎重にかつ素早く靴を履き替えてエスケープしてるもの。
しかし、私は轟くんに話しかけるという使命がある。さようなら今世こんにちは来世。
そう決意し一歩踏み出した直後、轟くんがばっと顔を上げた。ちょっと待って私声なんて出してないよ。ビビる私を他所に、轟くんはさっきの不機嫌オーラはなかったかのように紅顔した。
「名字」
「や、やあ轟くん」
「遅かったな。何してたんだ?」
「ちょっと先生とお話してて。あはは〜……」
あたかも帰る約束をしていたカップルのような会話である。断じて付き合っていません。しかし、顔は無表情だけど嬉しいオーラを醸し出す轟くんにそんな無下な扱いが出来る訳がなく、咄嗟に緑谷くんへ振りかぶった。
「緑谷くん、だよね?私名字。よろしくね」
「あ、はいぃ!!緑谷出久ですっ!!よよよろしく!!」
「うんこちらこそ」
なんてほんわかな会話をしているが、視線はそんな生ぬるいものではない。アイコンタクトで意志疎通って出来るものなんだね。なぜここにいるのかと目で問えば、抵抗不可だったんだよっ!と返事が返ってくる。緑谷くんも大変だな。心中お察しします。
そんなたった数秒にも満たない目配せすら轟くんは察知する。むっとした様子で私の肩を掴むと強引に自分の方へ引き寄せた。お陰で彼の鍛え上げられた胸板が鼻に当たって痛い。
「緑谷、お前でも名字のことは見過ごせねぇ」
「ごごごめんね轟くん!!そういうつもりじゃ……!!」
轟くんカレシヅラやべぇ。エドモンといい勝負だよ。何があってもうちのサーヴァントと会わせたくない。絶対大惨事になる。
緑谷は友達だったからかそこまで殺気はひどくなかったが、まず友人に殺意飛ばしていることがおかしい。私は貴方の恋人でも許嫁でもないんだよ?轟くんわかってる?しかし、こんなこと口に出したら朝の二の舞になると危機察知アラームが警報を鳴らしている。
未だに肩から離さない手をそっとはずすと、距離を置くように一歩遠退いた。そんだけの動作なのに、轟くんは少しだけ悲しそうだった。
「名字、離れるな」
「パーソナルスペースを戻しただけだよ?」
「駄目だ。外は危険なんだ」
轟くんが一番危ないよ、と緑谷くんの顔に書いてある。激しく同感だ。轟くんはそんな緑谷くんの心情に気づく訳もなく、私の手首を掴むとぐいと自分に引き寄せた。最早恐怖。何を以てこんな行動に出るのかがわからない。
SOSを緑谷くんに出すも、何をとち狂ったのか緑谷くんは「あ、ボクこの後用事が合ったんだった〜先帰るね〜アハハ〜」と風の如く逃げやがった。おい待てなぜ置いていく。
「俺らも帰るぞ」
「あ、ハイ」
いつの間にか手首から移動された轟くんの手は、私の四本指の先を掴んでいた。もうなんなの轟くん。思春期なの。
駅までの道は当然の如く無言で、なんとか手は解いたものの、彼は私の一センチ隣をキープしている。近い近い近い近い。轟くんの距離感がかなりおかしいと思うのは私だけではない筈だ。エンデヴァーさんどんな教育をなさったんですか。欧米風ですか?ここは日本です。
ただでさえ、轟くんは体育祭で二位となり、更にイケメンという世の乙女を釘付けにする要素が詰まってあるからかなり顔が広いのだ。今だって、あれ雄英の轟じゃね?みたいな感じがある。その至近距離にいる女、つまり私。彼女にしか見えないよね。やめてやめて私そーゆーことで変なファンからの逆恨みとか受けたくないよ。自分の顔の広さと良さを自覚して轟くん。ネットは怖いよ。
「……朝の、」
「ぐっ、げほっ!」
「……風邪か?」
「ううんなんでも」
突然過ぎるよ轟くん。口を開く予兆すらない隠密行動。もしや轟くんアサシンなの?チームハサンとタメ張れる?
「……朝のこと覚えてるか?」
「朝の……?辞書返しに来たとき?」
「そうだ。その時、名字俺に言ったろ?『誤解を招くような言動は慎んでほしい』って」
「い、言ったねぇ……」
覚えてたんなら実行してよ。そう口を挟まず、轟くんの話に耳を傾ける。
「俺は別にそういうつもりはない」
「……そういうって?」
「名字と恋仲になるとかならないとか」
ズバッてくるね轟くん!もうやだ轟くんの顔が見れない。視線を足元に固定している間にも話は続く。
「俺はただ、単純に名字に会いたいだけだ」
「………」
「名字を見ていると嬉しくなるし、名前を呼ばれると心底幸せになれる。逆に名字に少しでも会えなくなると不安で不安で仕方ないんだ」
「………轟くん、」
相当恥ずかしいこと言ってるよ、なんて茶化すような台詞は出てこなかった。だって、轟くんの声に嘘とか冗談とか一切ないし、全部本心からなんだってすぐわかる。
だからこそ、手に負えない。
「名字は、こうやって俺といるのが嫌か?」
「え!?え、えっと……そのぉ……好きとか嫌いとかじゃなくて、ただ私が轟くんを侍らせてるような現状をどうにかしたいわけで……」
「………迷惑なのか?」
「………まあ、困るかな?」
「そうか………」
ぴたりと轟くんの足が止まった。どうしたんだろうと、何も考えず後ろを振り向いて、叫びそうになった。
「と、轟くん!?」
「…………名字」
轟くんのオッドアイからぽろぽろと涙が零れ落ちていく。それは白い肌を伝って道路にポタポタ滴り落ちて染みを作っていく。
一瞬でパニクった私だが、他人に見られたら相当不味いことだとは瞬時に理解したため、轟くんの腕を引っ付かむと近くの公園に飛び込んだ。
そこには数名人はいるだけで、奥の大きな木の影に隠れた。轟くんはまだ泣いている。嗚咽もないし、鼻水もない。ただ本当に涙を流しているだけだった。
「と、轟くん大丈夫……?」
「名字、名字、」
「………どうしたの?」
バックを足元に落とした轟くんは、綺麗な顔をくしゃりと歪ませて、私の肩を弱々しく握りしめた。その手は少し震えている。
「名字、名字、おれの、おれの名前を呼んでくれ」
「轟く、」
「違う。下の名前、焦凍って、」
「………焦凍」
「名字っ、」
「焦凍、焦凍」
「名字なんでっ、お前の側にいちゃいけねぇんだ……」
轟くんは昔からの付き合いである。であるゆえに、学校の中で私の個性を最も理解してくれている人物とでも言えよう。
私の個性は“Grand Order”英霊と呼ばれるサーヴァントを召喚し、使役する能力。私は彼らのマスターとして彼らに命令することができる。彼らは私のものであり、同時に渡しは彼らのものでもある。共依存、なんて言葉では甘過ぎる。家族のようで友人のようで恋人のようで宿敵のような赤の他人のようで、そんな歪な関係で私たちは成り立っている。
そこに、彼のような無関係者がのうのうと入り込める訳がない。それを彼は苦しいほど理解していた。しまっていた。
「名字、名字……」
「……ごめんね轟くん」
貴方の側にはいられないや。
彼の涙は日が暮れるまで枯れることはなかった。
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