物語A
嫌な予感は当たるものである。
目の前に広がるのは濃い霧。そして、霧の向こうに広がる鬱蒼としたジャングルが微かに見えた。あ、これまだ続くやつですねと察したところで、サトツさんがここの森の説明をしてくれた。
ヌメーレ湿原。通称『詐欺師の森』ここに住む動物はありとあらゆる手を使って獲物を見つけ誘いだし騙して捕らえる。獲物には人間も含まれており、自然保護区に指定されているらしい。この森も怖いけど、平然と「騙されると死にますよ」と言い放つサトツさんも怖い。でも、警告してくれるだけ優しいんだろうなぁ。
と、突然男性の大声が響いた。
「騙されるなぁ!そいつは嘘をついている!俺が本当の試験官だ!!」
早速かよ!自称試験官と名乗った男の人はボロボロで片手にサトツさんそっくりな猿を持っていた。ギゾウザルという猿を解説してくれる間にも、受験者の間にはざわざわとどよめきが走る。ゴンくんもどっち!?と言わんばかりに試験官二人を交互に見ている。
………って、自称試験官さん人間じゃなくね?と気づくのは早かった。てか貴方こそギゾウザルじゃね?パークにも化ける系の動物がいっぱいおり、たまに彼らとどっちが本物でしょーかクイズをやってる身からすると、自称試験官さんの方は隠しきれてない野生感がある。まあぶっちゃけ直感なんですけどね!迷ってる二人にそう伝えようとした途端、耳元を何かがシュッと通り過ぎたかと思えば、例の自称試験官さんの悲鳴が聞こえた。
ブリキのようにぎこちなく首を回して自称試験官さんを見ると、三枚のトランプがぶっ刺さりピクピクと指先を痙攣させて地面に横たわっていた。
え、何?あのトランプ飛んできたの?耳元に?ヒュッてなったんすけど。一瞬心臓止まりかけたんだけど。私死ぬとこだったの?怖っ!
遅く来た恐怖にふらりと倒れそうになるが、なんとか踏みとどまる。ゴンくんが大丈夫!?と気を掛けてくれたが、他の皆さん私のことを無視してペラペラなんか喋ってるピエロさんの方を睨んでいる。人の温かみが信じられなくなる。人間として一番立派なのが一番幼いゴンくんという悲しい事実を目の当たりにし、再度ハンター試験の恐ろしさを身に染み付けられた。やっぱり大人は汚い!そしてピエロ姿の……えっと、ピカソっぽい名前の人は絶許。覚えておけよ。
「では、参りますよ」
サトツさんの合図でまたマラソンが再開する。さっきの舗装された道と違って今度はぬちゃぬちゃにぬかるんだ湿原。かなり走りにくいが、パークに比べればどうってことない。それより霧だ霧。目の前の人すらぼやけるほどの濃度でホワイトバーンが発生している。やべーな。もっと前に行ったほうがいいかもと思っていた矢先、私の考えまんまのことを提案したキルアくんに驚きが隠せない。お前、心が……!?しかし、キルアくん曰く、霧云々よりヒソカから離れる為らしい。この霧に紛れて何人か殺すぜと。
あのピエロ、ヒソカって名前だったのか。ってそれより、人を殺すってどういうことだ。殺人は犯罪なんだぞ。良くないんだぞ。君らはまだ子どもなんだから殺すとかそういう言葉は使っちゃいけません。しかし、キルアくんもヒソカさんの同族とか言い出して、もうゴンくんしか信じられなくなってきた。もうやだハンター試験。
「おい##NAME1##行くぞ」
「ウイッス」
しかし、キルアくんは普通にいい子だったので関係なかった。今まで空気同然だった私に気をかけてくれる優しさ。涙が溢れそう。
「##NAME1##ってさー、なんか抜けてるよな!天然っつーより、あほ?」
「キルアくん絶対許さない」
やっぱり癒しはゴンくんしかいないじゃんか!
途中、お友達の悲鳴が聞こえたとかでヒソカさんがいると思われる後方へ走っていってしまったゴンくん。待って。見てキルアくんの顔。「あーあ、行っちゃった。バカなやつ」とか言いながらもしょんぼりしてるよ!だろうね!お友達がどっか急に行っちゃったもんね!どうすりゃいいの私!?「ゴンくんなら問題ないよ!のーぷろぐれむ!」とか言ってぐっと親指立てたけど、なんか冷めた目で見られたからね!ほんと泣きそう。
震える涙腺を押さえながらなんとかサトツさんの真後ろまでやってきた。やってきたというより、前の人達がまるごとカエルに食われたと言った方が正しいかもしれない。地面からこんにちはと言わんばかりに土ごとパックンしたカエルに、私もキルアくんもひぇってなった。これあと三歩前に出てたら死んでたぞ。カエルは私の方を見ると、邪魔してごめんねという感じで道を開けてくれた。ありがとねと声を掛けると、平気と言わんばかりにゲコッと鳴き声を上げた。キルアくんの怪訝な視線が辛い。でも生きねば…!
その後も、横の人が蝶に操られてふらふらどっかに行ってしまったり、後ろの人がイチゴのカメに噛られたりしたものの、私とキルアくんはなんの被害を被ることなくゴール地点の第二試験会場へ着くことができた。次々やって来る人達はぜえぜえはあはあしているが、私たちは汗一つなくけろりとしている。
「お前全然疲れてないな。なんか秘策でもあんの?」
「んー?これぐらいの運動はなんとか平気だよ」
「やっぱ?途中でなんか動物が襲ってくるかと思ったりしたけど、びっくりするほどなんもなかったしなー」
「いやぁ、動物は優しいんだよー」
「……お前、あほの子だな」
「キルアくん、君ってやつは、ほんと、」
私の堪忍袋の導火線に火を付けたなこいつ。見とけよ。いずれギャフンと言わせてやる。
キルアくんへの怒りを鎮め、まだ第二試験まで時間があるというので近くの水場でジャージについた泥を可能か限り落とした。ちょっと湿ったがまあ乾くだろう。再度キルアくんのところへ戻ると、なんとゴンくんとそのお友達の金髪さんがいた。
「あ、##NAME1##!こっちこっち!」
手をブンブン振って位置を知らせてくれたゴンくんのところへ駆け足で向かう。ゴンくんと金髪くんは多少汚れているものの、大きな怪我は無さそうだ。
「よかったぁ。##NAME1##も無事だったんだね」
「うん。走るだけだったし。それより、その人は……」
「クラピカだ。君のことはゴンから聞いているよ。よろしく頼む」
金髪さんもといクラピカさんはにっこり笑って握手を求めた。わあ、かっこいいな。こういうの脳殺スマイルって言うんだろうなぁと失礼なことを考えながら握手を返す。ついでにと言わんばかりに頬を真っ赤に腫らしたレオリオさんも紹介されて、取り敢えずお辞儀はした。猫被ってんじゃねーよとキルアくんにどつかれたが、謙虚な日本人は初対面の人に対しては奥手なのです。そして、キルアくんに対しての怒りのボルテージが上がっていくのを感じた。そろそろシャドーボクシングの練習をした方がよさそうだ。
きっかり12時になったところで第二試験会場の扉が開き、先程から響いていた唸り声が更に大きくなった。何が出てくる!?猛獣か!と身構えていたが、音の正体は第二試験試験官の人のお腹の音だった。嘘でしょ。
「第二次試験は……料理よ!」
料理。殴り合いでもペーパーテストでもなくクッキング。第一次試験と比べあまりにも平和すぎるそれに私含めた受験者は呆然とした。いや、私にとってはめちゃくちゃ有りがたいんだけど、他の人はそう思わなかったようで馬鹿にしたような苦笑があちこちから聞こえてきた。それを聞いて壇上のお姉さんはムッと眉を潜めたけど、そのまま説明を続けた。
「この草原にある豚を使って料理を作り、私達両方がOKを出せば合格。私達がお腹一杯になったら試験終了よ。はいスタート」
男の人(ブハナさんと言うらしい)の腹太鼓を合図に、受験者が一斉に会場を飛び出した。それに乗り遅れたのは私。いやだって、皆速すぎだよ。
「あら、貴女は行かないの?」
「えっと、豚以外の食材…調味料とかお米とかはどうすればいいんですか?」
「そーゆーことね。それらは全部あっちの倉庫にあるから好きなだけ取って行っていいわよ。もちろん森から取ってきてもいいけど、毒キノコとか食わせたら承知しないからね」
「ハイ」
思わず片言になってしまう威圧感。怖いよ美人さんが発するオーラじゃないよ。是非姉(アネ)さんと呼ばせてください。
ほら行った行ったと追い出されたので、豚を探しに行くとする。つか豚ってどんな豚?
*ヒソカ視点
「いいねぇ……彼」
周りに人がいなくなったところでヒソカは形のいい唇を舐めた。脳内にあるのは、一次試験に会った黒髪の少年。仲間を助けるため、自分より遥かに実力が上のヒソカに対して、なんの躊躇もなく釣りざおを振ったのだ。あれぐらいならヒソカは余裕にかわせるが、わざと攻撃を受けようと思うほどゴンの目はよかったのだ。思わず勃起しそうになるほどには。
この第二次試験は料理みたいだが、試験官はあのグルメハンターメンチだ。特別料理が下手というわけでもないが、自分では天才的な味覚を持つ彼女の舌を満足させることは到底無理だろう。そう判断して初っぱなから試験を放棄しているヒソカは、取り敢えず豚ぐらいは狩ろうかと辺りをふらふらしていた。
豚自体はすぐ見つかった。世界一狂暴な豚として知られるグレイトスタンプだが、同時に額が弱点であることも知っているヒソカは手早くすませようとトランプを構えたその時だった。
頑丈な鼻をこちらに向けて突進仕掛けた豚は、突如動きを止めた。そして、何かを探すように辺りをキョロキョロ見渡すと、ある一点に視界が釘付けだった。敵を目前にした獣ではあり得ない行動だった。異常な行動に、ヒソカも攻撃体制を解除して豚をじっと見つけた。
暫く固まっていた豚だったが、ヒソカに向けていた体を回し、近くの巨木へ向けた。頭を振って鳴き声を轟かすと、一心不乱に巨木へ突進した。鼻をぶつける気かと思いきや、ぶつかる直前、突如方向転換し己の弱点である額を巨木に叩きつけた。
これにはヒソカも驚きを隠せなかった。直前の方向転換は完全故意的なものである。弱点の額を壊すような豚の挙動はどう見たって自殺行為だった。自殺する生き物は人間以外存在しないとされているが、目の前の豚はその常識をぶち破ったのだ。
ズーンと鈍い震動が空気を伝って広がり、豚はか細い鳴き声を上げると静かに横たわった。
「どういうことだ……?」
豚の理解できない行動に一歩前に出たヒソカだったが、人の気配を感じ反射的に草の茂みに身を寄せた。草影からこっそり顔を覗かせると、ちょうど豚が凝視していたところから人影が飛び出した。
「あれは……」
少し大きめのジャージに暗い茶髪、ほっぺに泥を付けた少女をヒソカは知っていた。
一次試験のとき、将来有望と見なしたゴンとキルアと共にいた少女だった。確か、##NAME1##と言ったか。あの過酷なマラソンにも息切れ一つしなかった実力者だが、ヒソカのストライクゾーンには入らなかったため、そこまで気にしたことがなかった。
「なんかこっちからすごい音がしたような………ギャッ!豚が死んでる!」
例の豚を見つけると、##NAME1##は悲鳴を上げた。しかし、すぐ「さっきのはこれだったのかー」と開き直り、てくてく豚ところへ歩み寄る。その後ろ姿は全くもって緊張感が感じられなかったが、ヒソカは手を出すのを止めておいた。
##NAME1##は暫く豚を軽く叩いたり背中に乗ったりして「すげー」「なんでこんなところで死んでるんだろ?」と首を捻っていたが、突如ぽんと手のひらを叩いて、「閃いた!」と叫んだ。
「このお肉を使おう!これ誰の獲物でもなさそうだしいいよね?やったーラッキー!」
どうやら独り言が激しいタイプらしい。数秒豚に手を合わせると、リュックからサバイバルナイフを取り出して慣れた手つきで豚を解体する。全部持っていく気はないようで、大きく腹の肉をブロック状にすると、パックに詰めた。鼻歌混じりにパックをリュックに仕舞うと、その場を後にした。
遠くに行ったのを確認してヒソカは草むらから出た。辺りは血の匂いが充満し、目の前をハエが横切った。
「フフッ……なるほどねぇ」
先程の一連の流れを見て確信した。あの豚は自殺したのでなく、彼女に自らの身を捧げたのだ。産卵して死んだ母親の体を食べて成長する幼虫のように、豚は##NAME1##を生き長らす為に死んだのだ。
滑稽だなぁとヒソカは目を細めた。長く苦楽を共にした動物ならあり得ない話でもないだろう。しかし、どう考えてもあの豚と##NAME1##はそういう仲ではなかった。##NAME1##に至っては、あの死体を見て「ラッキー」と喜んだ。なんて一方的な好意なのだろうか!自然界で感情というのはあまりにかけ離れた言葉だ。つまり、あの豚は本能的に彼女を見つけ、死んだのだ!
「##NAME1##ちゃんだっけ?面白そうな子だなぁ」
また新しいおもちゃを見つけたと言わんばかりにククッと笑ったヒソカは、新しい獲物を見つけるため、死んだ豚を他所に森に消えていった。
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