閃光


古龍@


ジンがその“案件”で呼ばれたのは、至極当然のことだった。

古龍による新大陸横断──それは、十三年前から突如起こったことだった。古龍とは、太古より悠久の時を生き続け、あらゆる生態系から逸脱した存在を指し、時には天災に匹敵する力を発揮する存在。数は多くはないものの、たった一匹でもその影響力は計り知れない。普段は秘境の奥深くにひっそりと暮らし、滅多に人前には姿を表さないことから一向に研究が進まなかった古龍が、突如大海原─メビウス海を渡り、新大陸に消えていくのが確認されたのは今から13年前のこと。それ以来、季節はバラバラだが年に一度、新大陸横断を果たす古龍が現れたのだ。予兆なんてものは存在せず、横断する古龍の共通点も見つからない。なぜ13年前からなのか、なぜ新大陸に向かうのか、新大陸に着いた古龍はどうするのか。全てが謎に包まれている。

この新大陸横断を試みる古龍が見つかったと連絡が届き、ジンは直ぐ様連絡を寄越した弟子のカイトのところへ飛んだ。ハンターの誰よりも新大陸を夢見るジンにとっても、古龍の新大陸横断は見逃せない事案だった。
今回のポイントらバドギア共和国の中心部に存在する雲海広がる峡谷の天辺に生息していたシャンティエンと呼ばれる古龍だった。銀色の鱗、そして角や翼、尾先等にかけての翡翠色の甲殻、幻想的な蒼色に輝く飛膜、霊毛が特徴で、この翡翠色の箇所は甲殻というよりは結晶を思わせる。他の生物の生息空域より遥か上空に生息し、空を駆けるように進むことから地元民は古来からシャンティエンを『天翔龍』と崇め、伝承やお伽噺にも登場させてきた。神格化している生物だったゆえに地元民の理解が得られず、研究がなあなあにされてきた未だに謎が多い種の一つだった。
そんなシャンティエンが、縄張りから飛び立ったと峡谷で絶えず観察を続けてきたハンターからの電報を受け、ジンが駆り出されたに至る。

シャンティエンは、真っ直ぐパトギア共和国を北に進んでいる。伝承通り移動は高層付近で雲のお陰で地上からは姿は見えないが、休憩所として利用する山々の動物は突如現れた巨体生物怯え、ちょっとした生態系崩壊も起こっているらしい。シャンティエンが移動を始めてから一週間が経過し、次の移動で大陸沿岸に辿り着くという計算だった。

「……で、どうしろってんだ?」

古龍新大陸横断作戦会議室、という名のテントでジンははぁとため息を着いた。ここにいる人間は総勢十数名ほど。古龍研究者や生物学者、カイト含めた生物ハンター、そして弟子に招待されたジンなど、その道のエキスパート達が集結していた。しかし、どの顔も優れない。重い沈黙を破ったのは、今回の総責任官を託されたバボンという屈強な男だった。

「……捕獲、は駄目だな。唯でさえ神格化された古龍だ。捕獲どころか殺してしまえば我々の信用が底辺まで落ちるだろう」
「それだけならいーけどな」
「今までに休憩した箇所で何かサンプルを採取出来たりはしないか?」
「もう行ってるが、如何せんみんなクズ同然のものばかりだ。小さすぎたり、不純物が混ざりすぎたり研究には不適切なものだ」

カイトの問いを答えたバボンに、研究者の眼鏡を掛けた小柄の老人は激しく頷いた。

「もっとデカくて純度の高いものがほしい!頭部の角、前足の鉤爪、逆鱗付近の帯電鱗!発光部位に、あと羽!」
「それに、シャンティエンは翔気と呼ばれる空気を体内に溜め込み、霊毛からそれを放出することによって空を飛びます。休憩所に落ちていたものは、既にその性質が衰えたものばかり。やはり、そこら辺のものはほしいですね」

若い研究員が話終えると、また無言がテントに充満した。ジンは、中央にある大テーブルに敷かれた地図の、ピンが刺さっているところを指差した。パトギア共和国沿岸の崖、次にシャンティエンが休憩すると思われるポイントだった。そこから少し西に指を動かすと、ローデンスという地名の区域にたどり着いた。

「ここ、随分ちけぇな」
「ローデンスはパトギア共和国きってのリゾート地だ。一番近い町でも車で六時間はかかる。故にその区域だけで生活できるようにあらゆる施設が備わっている。映画館遊園地ホテル水族館ショッピングモールなんでもござれだ」
「へぇ。たいしたもんだな」
「最初は避難させようと思ってたんだがな、何日も閉鎖したら利益がぶっ飛ぶから無理だと頑なに断られた。何せ、世界中のセレブがやって来るからそいつらの機嫌を損ねたくないってのもあるだろうが。まあシャンティエンの飛行パターンから見て、ローデンスには来ないだろうとは思うが……」
「めんどくせぇなったく……」

不機嫌を隠そうとせずに頭をガリガリかいたジンを横目に見て、バボンは締めくくるように手を叩いた。

「ともかく、今回はシャンティエンには手を出さず、観察という形にしようと思う。それより、シャンティエンが起こす強風のほうが心配だ。ローデンスまでには被害は及ばないだろうが、何名かローデンスに待機して貰いたい。ポイントには、一応眠り薬を仕込んだ餌を置いておく、もしそれに食いついて眠ったら研究員諸君の出番だ」
「わかりました」
「うおっほい!腕がなるわい!」
「ハンター諸君は、もしものときの為にシャンティエンを追尾してもらう。小型の飛行船を用意した。それに乗って随時シャンティエンの監視だ。相手は古龍だ。気を抜くなよ」
「了解」
「わーたよ」
「では各自準備に当たってくれ。作戦開始はシャンティエンが移動を開始する明朝だ。解散!」

バボンの一言で、皆慌ただしくテントを後にする。

「ジンさん、俺らも準備しましょう」
「ああ、今行く」

そう返事して、出口にいるカイトのところへ足を向けようとしたとき、ふとローデンスの文字が目に入った。そして、ポツンと些細なことを思い出しただ。

「そういや、アイツの家族がここに来てるとか言ってたな」

カメラマンの父が変なものを持ってきた。それの名はチケット。あのリゾート地ローデンスからの招待状だった。どや顔する父曰く「いやぁ、前の仕事で広告用の写真撮りまくったらなんか上の人がめちゃくちゃ気に入ったみたいでさぁ。是非ご家族でどうぞーって貰っちゃった」と三枚のチケットを私に押し付けるように見せびらかしてきた。ほとんどの施設を無料で使えるフリーパス的なものらしく、ホテル代や交通費とかもあっち持ちらしい。VIP扱いじゃねーか。どんだけ気に入られたの父。あまりの厚待遇に母も怪訝に感じたらしく「詐欺じゃない?」と心配していたが、後日きた書類を見て嘘じゃないとわかったらしく、嬉々として水着の準備をしていた。私もちょうど夏休みなので勿論着いていく。てかパトギア共和国、ジャポンのすぐ上だから飛行機使えば半日すれば着いちゃうんだけどね。ローデンス直の便もあるみたいだし、あまり負担はない。
初めて乗った飛行機は思ったより揺れなかったし、何よりファースト席の待遇がヤバい。椅子がめちゃくちゃふかふかだし、スペースも広くてゆったりしてるし、機内食がフルコースだし、なんかもうヤバい。窓際の席は父に奪われたので泣く泣く二人の間で映画を観た。サマーウォーズのラストにちょっぴり泣き掛けたけど、隣でカメラを構えた父に気付くとスンッと涙が引いた。もういい大人なんだから落ち着けよ。母も母で機内食に夢中だし、私の味方はどこにもいない。
そんなわけで無事ローデンスに着いた訳だが、もうね、ヤバいよ。ザ☆リゾートって感じがヤバい。燦々と輝く太陽、真っ白なビーチ、青い海、スタイリッシュなショッピングモールには知る人ぞ知る名店が軒並み並び、ホテルの部屋の数は三人には多すぎるほど。あと、物価がディズニーランドより高い。母がお財布の中身を確認してたのが目に入って、思わず私の通帳を差し出した。いいよ使って。この前なんとなく出展した絵がいつの間にかにお金持ちに買われてて十桁のお金が入ったから。こんな大金持ってたら不安でしかない。何時もは頑なに受け取らない母だったが、今回はほんと申し訳なさそうに受け取ってくれた。無邪気にはしゃいでるのが父だけというね。心が少年過ぎる。
一週間という滞在期間中、遊園地やショッピングモールを回り、父の仕事兼趣味である写真に付き合っているうちに前半はあっという間に終わっていた。

三日目の夜、父の仕事用スマホが鳴った。今日撮った写真のチェックをしながら「もしもしー、クサカベですけどぉ」と緩く対応した父だったが、すぐ興奮したように「ああジンさん!お久しぶりですねぇ!どうしたんすか?─」とお喋りをし出した。パソコンなんてそっちのけである。ポケモンをしながらなんとなくそれを聞いていると、突然立ち上がると、父はリビングから出ていった。仕事のことだもんな。いくら家族でも伝えられないか。
十分ぐらいして戻っていた父の表情は、憎しみと喜びをごっちゃ混ぜにしたような、なんとも表現し難かった。

「ど、どうしたのお父さん」
「………古龍がこっちに来るって……」
「コリュー?何それ」
「##NAME1##お前知らないのか!?」

知りません。
大袈裟なジェスチャー付きの父の説明をまとめると、なんかむちゃくちゃやばくてすごくて長生きな生物で、下手すりゃ震災をも引き起こしかねないやつらしい。でも、地域によっては神様的ポジションにもいるらしく、あまり研究が進まないとか。滅多にお目にかかれないとか。

「なんでそのコリュー来てるの?」
「古龍な。お前が産まれたぐらいかなぁ。突然古龍が海を渡りだしてなぁ。それ以来年に一回古龍が新大り……ゴホンゴホン!まあどっかに行くようになっちまったと」
「へぇー」
「あんま言い触らすなよ。結構これ機密事項なんだから」
「何故それを早く言わない」

なんのために廊下に行ったんだ父よ。そう詰め寄っても「バレなきゃいいんですぅ」としらを切る父を取り合えず蹴っておいた。

「でな、さっき電話してきたジンさんってハンターは父さんの知り合いでな。態々伝えてくれたんだ」
「いい人だね」
「いい人なもんか!何故俺を呼ばない!俺だって古龍の写真撮りたい!」
「そんなこと言われたって…」
「まあそれは父さんが弱いからってだけなんだけどな」
「鍛えろよ」
「いや、ほんとにヤバい奴は人間やめてるから。父さんなんてワンパンだから。ハンターとかまじ人外」

さりげなくジンさんって人をディスってない?残念そうに写真のチェック作業に戻る父に、私はポッポを捕まえながらドンマイとだけ言っておいた。明らかに話は終わり雰囲気になっていたのに、父はおもむろに口を開いた。

「まあそれでな、古龍は、明日にはこの近く……それでも数キロ先ぐらいにくるらしい」
「はあ」
「そしてだ、ローデンスの海岸は半島みたいに飛び出していて、数キロ先まで視界を遮るものはない」
「………」
「更に、父さんは数キロ先までくっきり見える望遠レンズを持ってきている」
「………お父さん、まさか……!」
「##NAME1##喜べ。明日は海水浴だ!」
「嘘でしょ!?」
「嘘なものか!母さーん!」

ビュンと風のように消えていった父。お前は忍者か何かか?微かに母の喜ぶ声も聞こえて、明日の予定が決定した。

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