高校を卒業して逃げるように転勤族ヒーローの元で働いた。拠点を置かず、事件あるところに転々としながら活動する彼の元ではいろんな地形や気候などに対応した戦い方をたくさん学ぶことができた。そして何よりかっちゃんから逃げ切るにはその方が都合が良いと思った。
あの夜、酔っ払いの戯言に付き合う気はないと言って無理やりタクシーへ押し込んだ。かっちゃんはぎゃあぎゃあと何か言っていたけど全部聞こえないふりをした。酔っ払いのテンションって本当に怖い。おかげであまり眠れなかった。
「名前、あんたお豆腐買ってきてくれない?」
「えー、お母さん豆腐だけ買い忘れたの?」
「うん、だからちょっと買ってきて」
「はいはい」
家から追い出すように急かすお母さんを尻目に適当に上着を羽織った。実家に帰ってきたのは1週間前。帰ってきた当初は大歓迎でお客様もてなしだったのに、1週間もいれば働けとこき使われる。これが実家というやつだ。
小さな鞄に財布と鍵を押し込んで玄関から出れば、暖かな陽射しが寝不足を刺激してつい欠伸が出る。スーパーまで運動がてら走ろうかな。あまり最近あんまり動いてないしなぁ。いざという時体動かなかったら洒落にならない。
軽く屈伸をしてからスーパーへ向かってゆっくり走り出そうとすると、後ろからおいと知った声がした。嫌な予感がする。自分の本能に従って振り返らずに走り出した。最初っから全力疾走。
待てやこのクソがと後ろから声が聞こえる。最初のおいは幻聴かもしれないと淡い期待も無くなった。今追いかけて来る人の鬼のような形相が簡単に想像できて背筋が凍る。敵に追っかけられるより怖い!これ立ち止まったら死ぬやつだ。
だけど体は正直で脚に乳酸が溜まっていく感覚がして重い。スピードが緩まったその一瞬で上着の襟首を掴まれた。ぐっと首が絞まって息苦しくて、ついに走っていた脚が止まった。ゼイゼイと呼吸をしていると、私の後ろからも同じくゼイゼイと聞こえた。
「てっめぇ、逃げんなや」
「だって、いるんだもん」
「出迎えろや!」
「イヤダ!」
息を整えて見上げると、そこにはやはりかっちゃんがいた。昨日の今日でなんなんだ。今日仕事はどうしたんだと言うと非番だと言う。せっかくの休みを下らないことに使うんじゃない。
「ツラ貸せや」
「おつかい頼まれてるので」
「急いでんのかそれ」
「そう、ダッシュでって頼まれてるから。じゃっ!」
「行くぞ」
えっ、付いてくる気なのか。私を促すかっちゃんに今更他の言い訳も思いつかず気まずく思いながらスーパーへ向かう。大人しく私の左横を歩くかっちゃん。昨日といい、今日といい、何を考えてるのか。
かっちゃんと会ってないこの5年、見たくなくても雑誌やテレビで嫌という程目に入った。最新のかっちゃんを知ることができていた。だけどやっぱりメディア越しに見るのと直接見るのでは違う。高校の卒業式、最後に会ったあの日と比べると、身長も伸びて、身体つきもより一層逞しく無駄な脂肪がないように見える。顔も幼さが消えて、大人っぽくなっている。左手が暖かい体温に触れたと思ったらかっちゃんの右手と繋がれた。心臓がバクバクする。なんで何も言わずに、一方的に逃げた私にこんなことするんだ。
「酔っ払いの戯言じゃねぇよ」
「え?」
「本気だクソが」
バッと横を見るとこっちをじっと見ていたかっちゃんと目が合った。心臓うるさい。繋がれていた手が、かっちゃんからするっと離された。名残惜しい体温が手のひらに残った。
prev next
back