私とかっちゃんと緑谷は幼馴染で、仲が良いかを聞かれれば決してイエスではなかったけれど、当時のNo.1ヒーローのオールマイトに憧れて、必死に受験して同じ高校に入学してヒーローを目指した。仲間と一緒にヒーローを目指すうちにかっちゃんのことが好きになり、そんな時にかっちゃんに付き合えと言われて付き合い始めた。それが間違いだったのかもしれない。
深呼吸をしてから静かに離してと言った。私を抱きしめるかっちゃんは私の言葉に反応して、少し、お互いの顔が見れる程度に上半身を離すと私の顔に手を添えた。今からキスするみたいな体勢に顔を背けたくなるも、先に顎を掴まれてそれを阻止される。
「嫌ならいつもみたいに逃げてみろや」
「っ」
力いっぱいかっちゃんの胸を押す。がっちりホールドを決められているせいかびくともしない。それともこれが男女の力の差ってやつなのか。悔しくなってもう一度これでもかと全力で押すけどやっぱり全く動かない。というか、かっちゃんも全力で力を入れてる。
「逃す気全然ないじゃん!」
「馬鹿かてめぇは。当たり前だろが」
「騙したな!」
「てめぇがアホなんだろ」
かっちゃんはニヤリと笑って私の後ろへ片手をまわすと私の後頭部を掴んで引き寄せた。胸板に顔面をぶつけて鼻が痛い。そんな私をよそにグリグリと自分の胸板に押し付けるかっちゃん。なんなんだこれは!苦しくてなんとか顔を横に向けると、耳がピタリと胸にあたってかっちゃんの心臓の音が聴こえてくる。ドクドクと聴こえる音は早くて、急激に距離の近さを意識してしまう。
「ガキの頃からてめぇは変わらねぇわ。ちょこまかちょこまかいつもどっか行ってばっかだ」
「そんなことない」
「あるわ。高校でやっと捕まえたと思ったらまた逃げやがって。逃げ際の言葉、なんだありゃ。別れましょうって変な顔して言いやがって、腹立ち過ぎてお陰様で仕事が好調だクソが」
「華々しい鮮烈プロデビューだったじゃん」
「ふざやんなやクソカスが」
抱きしめる手に力が入っていくのが分かる。かっちゃんが饒舌なのも珍しい。ガキの頃からとか高校でやっととか、なんだか私のことむかしからずっと好きだったみないな言い方だ。そんなの初めて聞いた。またどっか行くのかと先日言われた言葉がぐるぐると頭の中で再生される。
「もう逃げんな」
「でも」
「言い訳すんなや。こっち帰ってきたのがもう限界の証拠だろうが」
「…それは」
「転勤族ヒーローのサイドキックなんて念を入れた逃げ方するやつが、簡単に地元に帰ってくるなんておかしい。もう自分でも逃げんの限界きたと思ったから帰ってきたんじゃねぇんか」
心臓を鷲掴みにされたようにドクリとした。転勤族ヒーローのサイドキックは本当に楽しかった。経験も詰めたし、強くもなった。自分にとっていい環境だった。でも、嫌でもメディアから目に入ってしまうかっちゃんの姿を見ると、強烈に胸を締め付けられた。そんな生活を5年続けて疲れてしまった。結局私がかっちゃんの側から逃げても意味なかった。かっちゃんの言っていることは図星だ。
しかし、だからと言ってかっちゃんとよりを戻すために帰ってきたわけではない。かっちゃんを応援しているからこそ別れて、逃げてきた。帰ってきたことと別れたことは別の問題だ。かっちゃんの胸をもう一度押すと簡単に離れたと思ったら不意打ちでキスをされた。かっちゃんはちゅっと音を立てて離れていって、真っ直ぐ私を見た。
「俺はてめぇを追いかける。逃げるっつーなら全力で逃げろや」
「っ、…かっちゃんは勝手だ」
「お互い様だ」
「私は、かっちゃんの足引っ張るし」
「そんなの俺が決めることだ」
「違う。私がいやなの」
付き合っている時に気付いてしまった。私はかっちゃんに守られたいと思ってしまっていることに。ヒーローとして人々を守りたいと思っていたのに、かっちゃんの前では同時に守られたいと思っていることに気が付いた。かっちゃんの前ではか弱い女でいたいと思っている自分に衝撃だった。多くの人をを守りたくてヒーローになりたかった。なのに、現実にそう思っている自分がいて、ヒーローを目指しているのにそう思うことがショックだった。守られたいと思うことがショックだった。女としての欲望を抱いている自分がとてつもなく嫌いになった。そんな私と一緒にいるとかっちゃんの邪魔をしてしまいそうで怖かった。
そして私はかっちゃんから逃げた。一緒に居なければ女としての自分を忘れてヒーローになれると思った。かっちゃんを守れる存在になりたかった。
「てめぇ…そんなことで逃げてたんか…」
「!そんなことって」
顔を上げると、かっちゃんが眉間に皺を寄せてこめかみをピクピクさせて私を見ていた。拳まで握っていて、かっちゃんの全身から怒りの感情が読み取れる。なんで、なんでかっちゃんはこんなに怒ってるんだ。訳も分からず首を傾げるとついに切れたかっちゃんが叫び出した。
「てっめぇこのクソアホが!!俺だっててめぇのこと守りたいと思っとるわクソボケカス女!」
「なっ!」
「好きな女にそう思われて喜ばねえ男がいんだ!ア?!なんでそれを俺に言わずに逃げてくんだこのドクソが!」
「だっ、だって、私はヒーローになりたくて」
「そんなん尚更自分の前だけ特別だっつってんのと変わらねぇじゃねぇか舐めてんのか!!」
「っ!」
「クソが!!今気づきましたみたいな顔してんじゃねぇ!無駄に5年も待たせやがって死ねカス!」
「言ってること矛盾してる!」
というか今、夜中だから!ここ公園だから!叫んだら近所迷惑でしょうが!
興奮冷めやまぬ勢いでぎゃあぎゃあ騒ぐかっちゃんの口を慌てて両手で塞ぐ。しかしその手にガジッと噛みつかれて思わず手を引っ込めると、その隙に両手の手首を掴まれて真横に広げられ体を開かされた。考える間も無く開いた体の隙間に飛び込まれて噛み付くようにキスをされる。苦しくなって抵抗すればガブリと唇の柔らかいところを噛まれた。
「いっ!」
「このクソがァァァアア!!」
「…お、おう」
かっちゃんは相当イラついてるようだ。どんどん怒りのボルテージが上がっていく。納得がいかないと感情を露わにする辺り、高校の頃から成長してないんじゃないか。なんか私の方が落ち着いてきてしまった。さっき噛まれた辺りから口の中に血の味がして触ろうとするけどかっちゃんに手を掴まれたままで動かない。どんな衝動で動いてるんだかっちゃん。ギロリと睨みつけてくるかっちゃんの勢いになんだか無性に謝らなければいけない気がしてごめんと言った。噛まれて怪我したの私なのに何故だ。
「クソが!謝るなら最初からすんな!」
「いや、でも、私の言い分だって」
「ごちゃごちゃうるせぇ!要するにてめぇは俺のことが好き過ぎて逃げただけじゃねぇか!!」
「その一文に要約するのは違う!」
「違わねぇわ!!」
「私だって憧れのヒーロー像があって、それに向かって頑張ってて」
「じゃあ次また変な考え持ったら相談しろや!!社会人の基本だろうが報連相!!」
「あ、はい」
まだぶつぶつと唸ってイライラしているかっちゃんだけど、私が素直にうなづいたことで少し落ち着いてきた。結局なにがなんだかよく分からないうちにかっちゃんに丸め込まれた気がする。好き過ぎて逃げたってなんだか大きな本質はそうなのかもしれないけど、ちょっと違うのに。それでも心にグサリとくる一言たった。今までかっちゃんと向き合うことを避けて逃げてきた分、心の重りが少し軽くなったような気がする。ほんの少しだけ。どこかに逃げたくなる気持ちが落ち着くくらいには。もっと早くかっちゃんに相談しても良かったのかもしれない。ちらっとかっちゃんを見ると、いつのまにか無言でこっちを見ていたのでびっくりして体が揺れた。
「てめぇ、ホントに反省しとんのか」
「え」
「逃げたこと反省しとるんか聞いてんだ」
「…うん」
そうかよと言って少し満足したような顔でかっちゃんが私の頭を撫でた。
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