久しぶりに夢を見た。
 もう忘れかけていた、あの白い部屋にいる。

「か、みさま……?」

 声が出た。あの時とは違い、意識が思ったよりもハッキリとしている。けれど、これは夢なのだと私は理解していた。

「神様、いらっしゃるん、ですか」

 何もかも白い部屋のなかには誰もいない。
 私はどうすれば良いのか分からなくなって、手持ちぶさたに部屋の中をぐるりと見回した。

 此処が神様の部屋だとしたら、勝手に物を漁っては失礼になる。
 そもそも、見た限りでは此処には白い家具しかないので、物色出来るような物も無い。

 白い部屋のなかで、椅子に座っている。私の心は落ち着いていた。

 不思議な夢。やることがなくなり、思考が散らばっていく。
 白い部屋の内装もこんなに明確に分かるのに、これは本当に夢なのだろうか。
 夢だと自覚出来る夢を、何て、言うんだっけ。

「めいせきむ、だよ」
「! かみさま、ですか」

 ぼんやりとしかけていた思考が戻ってくる。声はしたのに、姿が見えない。
 声は私の言葉に返答すること無く、まるで気泡のように言葉を紡いでは消えていく。

「やあ まだたりないかな」
「え……?」
「うーん、そうだね そうだ。 まだたりない」
「かみさま……?」
「もっと もっと きみはなじまなければ」

 夢は、自らの記憶の整理を行うべく見る物だと聞いたことがある。
 もしくは、自信の願望を夢に見ると。

 私の想像なのだろうか。この部屋は。この夢は。

 なんて不明瞭。
 不思議な彼(彼女?)の姿は相も変わらず見えやしない。
 けれど。

「神様、神様。何をお望みなのか、分からないけれど、私、一生懸命あなたに祈ります。あなたが何か、分からないけれど。ありがとうございます。私の神様」

 妄想でも想像でも、記憶の整理だとしても。
 居ると思えば神様は居るのだ。
 今の私にはそれで良い。
 元々無神論者だったのだし、神様には拘らない。

「神様、私を育ててくれたシスター達は無事ですか」
「それをしるには きみのナニカをひつようとする」
「では、私の髪を」

 ウィンプルを脱いで、随分長くなった髪の毛の先を差し出す。
 髪の毛は勝手に切り揃えられ、5センチほど短くなった。私はそれを当然のことだと認識していた。

「怪我……さんめい。シスター、ほか、子供たち、せいぞん ……もうすこしくれれば、もうすこしおしえてあげる」
「……ああ、よかった。いいえ神様。 私、それだけで十分です……」

 声が遠ざかって行く。
 これが都合の良い夢だとしても構わない。いつか、自力であの島を探すのだ。
 けれど、ずっと胸深くに締まっていた罪を許されたような気がしていた。

「神様、ありがとうございます」

 泡が弾けるようにして、私は目が覚めた。



 目の前にはサボとエースの顔。
 どうやら、私の顔を覗き込んでいたらしい。

「なまえ、大丈夫か」
「……サボ」
「お前倒れたんだ。気分はどうだ?」
「おい、起きろ。寝ぼけてるのか」
「……エース。 夢を、見たの。神様に会えた」

 はァ?
 エースの怪訝そうな声。サボはぎゅっと私の手を強く握りしめた。

「シスター達、無事だって。 私の、せいで、教会が、燃えて……」

 息を飲む音。どんどんと眉間に皺が寄るエースの顔。
 頭のなかがぼんやりする。痛いくらいに握りしめられた手だけが、今の私を繋ぎ止めているような感覚だ。

「い、い、か、ら、起きろ!」

 べシーン、と、おでこを思いっきり叩かれる。

「ひぇ!? い、いた、痛い……!う、お、おでこ割れ、割れた……!?」

 慌てて繋がれていない方の手でおでこを押さえると、急に意識が身体に戻ってきた。
 あれ、今何をしていたのだったか。

 じんじんと痛むおでこをさすっていると、頭上から大きなため息が降ってくる。
 サボだ。サボは握りしめた私の手を自分のおでこをに当てると、もう一度深くため息をついた。

「おま、おまえ、本当に、心配させるなよ!このばか!」
「サボ?ご、ごめんね、泣いてるの……」
「泣いてねェよバカ!誰が泣くか!」

 実際サボの頬は濡れていない。
 けれど心配してくれたのは本当のようで、胸が苦しくなった。

 私のおでこを盛大に叩いてくれたエースも、サボの隣に胡座をかいて私を見下ろしている。
 彼も私を心配してくれたのか、いつもよりも顔が険しい。眉間に皺を寄せて、私を睨むと彼は口を開いた。

「お前、何で倒れたか覚えてるか」
「え?えっと……覚えて、ません」
「いつもみたいに、大樹の上で、カミサマーって祈ったら倒れたんだ」
「えっ」

 前後の記憶が思い出せない。
 私にとって(最早我流ではあるが)お祈りはいつものことだし、診療院で治療中にお祈りすることだってある。
 エースの顔が益々険しくし、「だから止めろっつってんのに!」と吐き捨てるように言った。そこまで怒られる理由が分からなくて、私は痛むおでこに手を当てつつ、話の先を促すようにエースを見返した。

「倒れたのは一昨日だ」
「……ええ!?」
「一回も目ェ覚まさねェから、今回ばかりはマジで死んだかと……」
「ふ、不穏……!あ、でも、確かに、最近診療院忙しかった……から、寝不足ではあった、かも」
「体調!悪かったなら!先に言えこの馬鹿なまえ!」
「そんなアホみたいな理由で、死にかけるんじゃねェよ……!」

 エースとサボには大変申し訳ないことをしてしまった。
 今まで倒れても目が覚めずに寝込む何てことはなかったから、流石にびっくりだ。私もエースやサボが二日も目が覚めずにいたら心配で気が気でないだろう。

 素直に申し訳なくなって、私は二人に謝罪した。
 そりゃあ二日間目が覚めないと思ったら「神様に会った」なんて、臨死体験以外の何でもないだろう。
 手渡された果物を齧りつつ、私は身体を小さくした。

「つ、次から気を付けます……」
「気を付ければどうにかなるのかお前のソレは」
「うっ その、診療院の仕事、減らします」
「まぁ暫くはそれが良いだろうな」

 ドクにはおれからも言ってやるよ、とサボは続けて、大きくため息をついた。ごめんなさい。

 安心したのか、ぐぎゅるるるる、と、二人のお腹から音が鳴る。
 まさか自分達の食事をおろそかにしてまで、看病してくれていたのだろうか。
 事の重大さに顔が青くなるのが分かる。まさか。この二人に限ってそんな。いやでも確かに、二日間目も覚めないなんて、確かに……!
 しかもこの状況で自分だけ食事をしてしまった!

 果実を齧るのをやめ、恐る恐る二人を伺いみる。サボとエースは一度お互いの顔を見合わせたものの、にやりと悪い顔で笑って私を見た。

「よーっし、夕飯狩りにいこーぜ!」
「おう。なまえは囮な!」
「えっ、ちょ、あの、私一応病み上がりなのですけれど……!」

 悪魔のような顔をした二人に引きずられるようにして起こされる私。目も覚ましたし、もう大丈夫だろうと勝手に太鼓判を押すエース。今日はヘビだなァと私の天敵を思い浮かべるサボ。
 怒ってる?二人とも、とっても怒っているんですね!?
 私の悲鳴に反応した蛇を狩る二人がとても良い笑顔だったので、私は何も言えなかったのでしたとさ。

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