マントで羽は隠していたが、やはりシスター姿の少女となると、この場所では大層目を引くらしい。
 寂れた治療院には連日患者が押しかけていた。

 私に出来ること言えば、ドクのお手伝いだけだったのだけれど、修道服が目立ったのだろう、患者の中には最後に懺悔を聞いて欲しい、という人も現れた。特に末期の人が多かった。
 怪我や病気の度合いで治療出来る人は勿論したけれど、ドクの手でもどうしようもない人は、やはり居る。
 全体で見れば治せる人の方が少ないくらいだった。

「貴方のために祈らせてください。どうか、貴方の悪事を神がお許しになりますように」

 陳腐な言葉を紡いで、クロスを握る。私はただ、彼らの話を聞いて、祈るだけ。中には口にするのも憚られるような悪行を告げる人もいた。けれど、後悔しているから私の許にくるのだ。
 祈るくらいなんてことない。

 それしか出来ないけれど、それすらも出来ないのがグレイターミナルという場所なのであった。

「ケケ。 なまえよう、おまえ、毎回毎回そんな入れ込んじまって辛くないのか」
「ドク。 もちろん、つらくないとは……言えません」
「ンなら今後は断っても……」
「いえ……私、本当に心から、彼らが神の国に帰ることを祈っているのです」

 ドクは私を気遣って、そうか、と頭を撫でた。
 ただでさえ体調を崩しやすい私に、ドクは薬だけでなく身体を強くする運動方法も教えてくれる。私にとって、ドクは祖父であり師のような存在になっていた。
 パチパチと炎が弾ける音が耳に響く。白い煙が高く上がって空に混じるのを、私はただじっと見つめていた。

*

 治療院には本当に様々な患者が来院した。

「きゃあ! え?こ、これをくださるんですか?あ、ありがとう……でも、これ、血まみれなんですけど……」

 お代の代わりにと血濡れの宝飾短剣を渡す患者に、

「え!? あ、お代を……!」
「待てゴラァ!! 薬代置いてけ!! 行け!追えエース!!」
「誰が行くか」
「塩1キロ!!」
「待てゴラァ!!!」

 処方された薬を奪って逃げる患者。

「きゃああああ!! ひ、ひとさらもごもごもご」
「わー! またシスターが攫われたぞー!」
「今月何度目だ!!」
「悪ガキ呼べ悪ガキ!狼煙上げろー!!」

 薬と一緒に私を誘拐して逃げる患者……。

「神は、貴方の行いを見ています。そして私も……ありがとう、助けてくれて……」
「なまえ、おまえいい加減もうちょっと強くなれよ」
「ばっかシスターちゃんはお前らと違って繊細なとこが良いんじゃねェか」
「あ? おまえも殴られたいのか?」
「ひぇっ す、すいませんすいません!冗談です!!」
「さ、サボ……助けてくださったんだから。ひぇっ に、睨まなくても……私も、もっと気を付けます……」

 ボコボコにされ、ドクから治療費を毟られる患者……。

 治療院で働くようになって半年。次第にエースやサボだけでなく、治療院に訪れる人達も私を助けてくれるようになった。
 怪我人の他にも此処で産まれた子供達の面倒を見たり、お腹の大きな女性を助けたりしているうちに私もシスターの愛称で親しまれるようになって、何とも面映ゆい気分になる。
 幼いころの記憶、私の知っているシスター像とは随分と様相が違うけれど、ゴミ山のシスターとして私は過ごしていた。

 そんなこんなで、物々交換をしたり、エース達に隠れてドクに端街へ連れて行って貰ったりと、私は何とか二人へのプレゼントを手に入れることが出来たのでした。



 そして1月。

「エース!誕生日おめでとう!」
「……おぅ」

 エースは複雑そうな顔で頭を掻く。新年の良き日だと言うのに、エースは自分の誕生日が嫌いなようだった。
 流石の私もそれには気が付いていたけれど、どうしても私は、彼に伝えたい事があった。

「エース、産まれてきてくれて、ありがとう」

 エースの両手を握る。
 彼は私に暴力を振るわない。
 だからこそ、私はこうして無防備に彼の心へ足を踏み入れる事が出来た。

 サボは空気を読んだのか、夕飯の獲物を狩りに行ったのか、姿がない。

「エースが産まれてこなければ、私、きっとこうして生きていなかった」
「……サボがいただろ」
「サボだけじゃあきっと、いつか私は死んでたよ。勿論エースだけなら、私はずっと鳥かごの中に居たでしょうけど」
「……」

 沈黙が落ちる。エースは眉間に皺を寄せ、決して私と目を合わせようとはしなかった。
 彼の悩み等何も知らないけれど、グレイターミナルで喧嘩に明け暮れる少年の闇など、きっと私が想像出来る範囲を超えているだろうから。
 卑怯な事と思いつつも、私はエースが逃げられないよう、強く抱き締めた。

「誕生日おめでとう。エース、産まれてきてくれて、ありがとう」

 繰り返された言葉に、エースは何も返さない。
 けれど、抱き締め返されたその腕の力が、エースの苦悩を物語っているようだった。


 ちなみに。プレゼントはゴミ山で使えるだろうゴーグル(あそこは常に煙っているので視界が悪い)と新しいズボン、それと焼き菓子にした。
 新鮮な卵や生クリームが必要なケーキは到底作れそうもなかったので、簡素な焼き菓子になってしまった。けれどエースには大層お気に召して頂けたらしく、帰って来たサボと奪い合いながら食べていた。
 一応ドクから胃薬を預かってきていたが、当然のようにそれが必要になったのは私だけだった。

 

 次いで3月。

「サボ!誕生日おめでとう!」
「おー!ありがとう!」

 用意したプレゼントはエースの時と同じく新しいゴーグルにスカーフ、そして焼き菓子だ。
 何故か先ほどまで居たエースが忽然と姿を消してしまっているのに気がついたが、サボは気にしていない。

「あれ? サボ、エースは?」
「んー、さァな。それで、誕生日のお祝い、してくれるんじゃないのか?」

 勿論する。するけども、先に始めてて良いのだろうか。
 けれどこのままエースを待っているのも、連絡手段の無い私たちではいつ合流出来るか分からない。

 エースにはサボの誕生日を伝えてあるし、もしかしたらお祝いとして何か狩ってくるのやも。
 そう考えて、私とサボは先にお祝いを始めることにした。
 といってもプレゼント渡してご飯食べるだけなんだけど。

「なァ、アン」
「ん?なぁにサボ」

 いつもの大樹の洞の中、二人して並んで座り、焼き菓子を食べる。
 プレゼントを開けて、早速ゴーグルを帽子に、スカーフを首もとに付けたサボが懐かしい名前で私を呼んだ。

「……エースにはやってたやつ、おれにはやってくんねェの?」
「えっ?」
「くっついてたろ」

 照れ臭いのか、サボはそっぽを向きながら言った。
 まさかサボが遠回しにもハグをねだってくるなんて。

 私は滅多に無いサボの甘えに嬉しくなって、横を向いて顔を赤らめているサボに思いっきり抱きついた。
 いきなりだったにも関わらず、サボは慌てること無く抱き返してくれる。

「サボ!お誕生日、おめでとう!」
「……ン、やっぱ、なんか照れ臭いなァ」
「ふふ、今日ぐらいお姉ちゃんって呼んでも良いんだよ」
「いやそれはねェな」
「えぇ!?」

 思ったよりも冷静な声で返された。
 ショックだ。やはり姉の道は険しい。

 私がショックを受けている内に、サボは満足したのか私を離して洞から顔を出した。

「おーいエース、ありがとう!焼き菓子残ってるから食おうぜ」
「……んー」

 外にはエースが戻って来ていたらしく、なにやら二人で話しているようだ。
 二人が私を除け者にするのは珍しいことでは無いので、とりあえず静観する。

 エースはやはり、サボの為にご飯を狩っていたらしい。木の根もとには小柄な──あくまでこの森基準の──猪が転がっている。
 仲良きことは麗しきかな!少しの疎外感を感じつつ、私は残りの果物を噛るのだった。

(おいエース、やっぱなまえのやつ、オネエチャンになるのを諦めて無いみたいだ)
(だろうと思った……で、どうだった?)
(……ノーコメント!)
(ひひひ、顔赤くなってやんの!)
(おっま、人のこと言えねーだろ!!)


前へ | 次へ