12
もう少しで森に来てから5年が経つ。今では教会にいた時よりも、この森で過ごした時間のほうが長い。
今日も今日とてグレイターミナルで診療の手伝いをし、(最初は看取る事のほうが多かったのが、最近は少しずつ良くなる人も増えてきている。とても嬉しい)背の高い木から果実を拝借する。
大樹を止まり木にしていた大きな鳥とも、今ではお隣さんのような関係だ。鷲とも鷹とも違う、なんと形容したら正しいのか分からない姿の鳥さんはたまーに私へ近づいては、匂いを嗅いで去っていく。
不思議生物の多いこの森で、彼……彼女?は、比較的知性的であるように見えた。
「ほ、よっ!」
「でりゃ!」
大樹に戻れば、木の根元で鉄パイプを持って模擬選をする二人がいた。自分の背丈と同じくらいの鉄パイプを操っては打ち合い、足だけでなく手も使って立体的に動き回る二人を目で追ったけれど、すぐに追い付けなくなってやめた。
早めに戻ってきたつもりだったけど、もう始まっちゃってたかぁ。
ため息をつきたい気持ちをそっと抑えて、木の洞から救急セットを取り出した。
地面に降りて、近くにある黒板を見ると今日も接戦らしいことが分かる。
軽々とジャンプで自分の背丈以上の高さまで跳んでいるのを見ると、彼らにとって私の背中の翼なんて本当に取るに足らないものなのかもなぁといっそ感心してしまった。
「うっしゃぁ!今日もおれの勝ち!!」
「くっそぉ、最後惜しかったのになぁ」
鉄パイプを突き付けて高らかに言ったのはエースだ。
その声を聞いて、私はチョークを手にとった。グレイターミナルでいつか拾った黒板に今日の戦績を記入する。サボが49勝エースが50勝と書かれているところを手のひらで消して、エース51勝と書き換えた。
「はい、じゃあ今日はエースからね」
治療院で貰ってきていた包帯と消毒薬を出し、黒板の近くの切り株に座る。包帯はお手製のものなので、ところどころ形が歪だ。
すっかり身長が伸びたので、座るとトゥニカからふくらはぎが見えてしまう。そっと足を折りたたんで、寄ってくるエースをさらに手招きする。
「へーへー。別に、そんな大げさにやらなくってもいいのにな」
「ダメだよ。前にも言ったけど、バイキンって怖いんだから」
いつもどこかしら擦り傷や切り傷を負っている二人の手当をしていたからか、すっかり手馴れてしまった動きで消毒液をかける。傷に染みるのか顔をしかめたエースが文句を言うけれど、それにも慣れっこだった。
なんだかんだと言いながら、エースは大人しく傷の手当てをさせてくれる。私がこうするようになって4年近くなるし、当然かもしれないけれど、そんな素直さが少し可愛い。
エースが終わればサボの手当てだ。汚れを落として、消毒をして、出血があるところは布を当てる。
サボも私にちょいちょいと顔を拭かれるのに慣れたようで、手当されながらもエースへと話題を向けた。
「そういやよ、今日はいつもより来るのが遅かったな。何かあったのか」
「あァ、ジジイが新しくガキ連れてきた」
「え!そうなの? 新しい子?」
「なんだ、そいつ撒いてきたのか?」
「おう。甘えたガキだし、此処まで来れねーよ」
排他的なところがある二人には大分慣れたが、そうか。新しい子がエースのお世話になっている山賊さんのところにやってきたのか。
「仲良くなれるといいねぇ」
サボの包帯を巻く手は止めずにニコニコと笑う私とは対照的に、エースはぐにゃりと顔を歪ませた。
「仲良くなんかならねェよ!海賊貯金もあるし、ここはおれ達だけの秘密だ」
「エースの言う通りだな。ガキってことはおれ等より小さいんだろ?なまえのことも、黙ってられるわけねェし」
「そう……なの?弟が増えたかと思ったのにな」
なぁんだ。
包帯が取れないようきつく結んで、私は少し唇を尖らせた。二人が「弟になった覚えはねェ!」と口を揃えて言ったけれどスルー 。黙殺した。
確かに、私の存在がバレてしまうのはとても困る。エースもサボも、子供らしいことをしているわけでは無いし――むしろ悪影響を与える可能性しかない――しょうがないのかもしれない。
私は二人の手当てが終わると、ぐっと伸びをしてパタパタと宙に浮かんだ。
彼らと同じように森の中を走り回れない私は、逆に長時間飛んで居られるように体力をつけるのがサボとエースから課された日課なのだ。
「じゃあ、私、お散歩行ってくるね」
「おー。おれ達は夕飯狩ってくる」
「こないだみたいに虎引き連れて帰ってくんなよー」
意地悪なサボの言葉に「イーッ」と歯を見せると、二人はケラケラと笑った。
軽く手を振って思い切り羽ばたく。森から出過ぎず、けれど大きな獣が居ない場所を選んではすいすいと進んでいくと、私の姿を見付けた鳥達がパタパタと付いてきた。
美しい小川を横切り、甘い香りのする花々を抜け、深い谷に身を投げてはギリギリで急上昇。鳥を引き連れ編列を組み飛ぶ私は、きっと地上からでは鳥と見分けがつかないだろう。
餌付けの効果があったのかな。鳥達は私を啄むこともせず付いてくる。
彼らの羽とは飛ぶ原理が違うようではあるけれど、この森の鳥達は私の師匠だった。
「ん、今日は木の実は無いの。ごめんね」
しばらく飛んだあと、そう告げて鳥達と別れた。彼らは少しの間私の周りを飛んでいたが、木の上から動かない私を見て何処かへ去っていった。
付けていたゴーグルを外して、軽く頭を振る。
空中では目が乾いて仕方がないのでゴーグルを着け始めたのはいつだったか。
サボとお揃いのそれには、何故かエースとサボの名前が書いてある。
私の名前は何で無いのかな……。まぁ、良いのだけれど。
トゥニカの裾から下着が見えないように気を付けつつ大樹の枝へと着地した。一応ドロワーズを履いているけれどこれも立派な下着だし、気を付けるに越したことはない。
前世の存在のお陰か、私の貞操観念はグレイターミナルに侵されることは無かった。
神様、ありがとうございます。
この感覚が無かったら、私、もしかしたらノーパンで過ごしていた可能性まであります。
傾きつつある太陽に向かって手を組んだ。
しょうもないことではあるけれど、一応シスターですから。何事にもお祈りは大事……よね?
実際に教会で過ごしたのはもう5年は昔だ。正直良く覚えていない。
けれど、私の背中に翼がある限り、私の神様は居るのだ。
何と言う名前で、どういった神様なのかは未だに分からないけれど……。
「……対価を求める神様って、ちょっと神様っぽくないかも」
でもまぁ、人知を超えた存在とはそういうものか。何より悪魔と呼ぶよりは良いだろう。
「神様、私の髪の毛の、毛先5センチを捧げます」
ウィンプルを外して指を組む。
ふわりと風が流れて、気がついたらほんの少し、髪の毛が短くなったのが分かった。
「どうか、サボとエースが怪我をしても、大事になりませんように」
あの日以来。
神様は私の祈りを、対価?を支払うことで叶えてくれるようになった。
髪の毛を対価にしたその効果は微々たるものであったが、私に払える物などたかが知れている。
けれど、きっと恐ろしい力だ。
神様がどこまで受け取ってくれるのか試そうとも思わない。
神様に何が出来るのかすらも私は知らない。
神様を"使い"たくなくて、エースやサボにもこの力を秘密にしていた。
諸行無常を噛み締めたあの船での出来事を私は忘れていやしないから。
私はただのシスターで、こうして森で、グレイターミナルで、二人と暮らして良ければ良い。
大それた願いは無い。身体も少しずつ調子が良くなっている気がする。これでいい。
組んでいた指を戻して、ウィンプルに髪をしまった。
裾がほつれ穴が開きボロボロになっているそれは、そろそろ手直しが必要かもしれないなぁ、とため息をつく。
「うーん、黒い布、余ってると良いんだけど」
背中に空いた翼用の穴もそろそろ大きくした方がいいかもしれない。
遠くから手を降るサボと、野牛を引きずるエースを視界に入れて、私は大樹の上から真っ逆さまに地面へ飛んだ。
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今日も今日とてグレイターミナルで診療の手伝いをし、(最初は看取る事のほうが多かったのが、最近は少しずつ良くなる人も増えてきている。とても嬉しい)背の高い木から果実を拝借する。
大樹を止まり木にしていた大きな鳥とも、今ではお隣さんのような関係だ。鷲とも鷹とも違う、なんと形容したら正しいのか分からない姿の鳥さんはたまーに私へ近づいては、匂いを嗅いで去っていく。
不思議生物の多いこの森で、彼……彼女?は、比較的知性的であるように見えた。
「ほ、よっ!」
「でりゃ!」
大樹に戻れば、木の根元で鉄パイプを持って模擬選をする二人がいた。自分の背丈と同じくらいの鉄パイプを操っては打ち合い、足だけでなく手も使って立体的に動き回る二人を目で追ったけれど、すぐに追い付けなくなってやめた。
早めに戻ってきたつもりだったけど、もう始まっちゃってたかぁ。
ため息をつきたい気持ちをそっと抑えて、木の洞から救急セットを取り出した。
地面に降りて、近くにある黒板を見ると今日も接戦らしいことが分かる。
軽々とジャンプで自分の背丈以上の高さまで跳んでいるのを見ると、彼らにとって私の背中の翼なんて本当に取るに足らないものなのかもなぁといっそ感心してしまった。
「うっしゃぁ!今日もおれの勝ち!!」
「くっそぉ、最後惜しかったのになぁ」
鉄パイプを突き付けて高らかに言ったのはエースだ。
その声を聞いて、私はチョークを手にとった。グレイターミナルでいつか拾った黒板に今日の戦績を記入する。サボが49勝エースが50勝と書かれているところを手のひらで消して、エース51勝と書き換えた。
「はい、じゃあ今日はエースからね」
治療院で貰ってきていた包帯と消毒薬を出し、黒板の近くの切り株に座る。包帯はお手製のものなので、ところどころ形が歪だ。
すっかり身長が伸びたので、座るとトゥニカからふくらはぎが見えてしまう。そっと足を折りたたんで、寄ってくるエースをさらに手招きする。
「へーへー。別に、そんな大げさにやらなくってもいいのにな」
「ダメだよ。前にも言ったけど、バイキンって怖いんだから」
いつもどこかしら擦り傷や切り傷を負っている二人の手当をしていたからか、すっかり手馴れてしまった動きで消毒液をかける。傷に染みるのか顔をしかめたエースが文句を言うけれど、それにも慣れっこだった。
なんだかんだと言いながら、エースは大人しく傷の手当てをさせてくれる。私がこうするようになって4年近くなるし、当然かもしれないけれど、そんな素直さが少し可愛い。
エースが終わればサボの手当てだ。汚れを落として、消毒をして、出血があるところは布を当てる。
サボも私にちょいちょいと顔を拭かれるのに慣れたようで、手当されながらもエースへと話題を向けた。
「そういやよ、今日はいつもより来るのが遅かったな。何かあったのか」
「あァ、ジジイが新しくガキ連れてきた」
「え!そうなの? 新しい子?」
「なんだ、そいつ撒いてきたのか?」
「おう。甘えたガキだし、此処まで来れねーよ」
排他的なところがある二人には大分慣れたが、そうか。新しい子がエースのお世話になっている山賊さんのところにやってきたのか。
「仲良くなれるといいねぇ」
サボの包帯を巻く手は止めずにニコニコと笑う私とは対照的に、エースはぐにゃりと顔を歪ませた。
「仲良くなんかならねェよ!海賊貯金もあるし、ここはおれ達だけの秘密だ」
「エースの言う通りだな。ガキってことはおれ等より小さいんだろ?なまえのことも、黙ってられるわけねェし」
「そう……なの?弟が増えたかと思ったのにな」
なぁんだ。
包帯が取れないようきつく結んで、私は少し唇を尖らせた。二人が「弟になった覚えはねェ!」と口を揃えて言ったけれどスルー 。黙殺した。
確かに、私の存在がバレてしまうのはとても困る。エースもサボも、子供らしいことをしているわけでは無いし――むしろ悪影響を与える可能性しかない――しょうがないのかもしれない。
私は二人の手当てが終わると、ぐっと伸びをしてパタパタと宙に浮かんだ。
彼らと同じように森の中を走り回れない私は、逆に長時間飛んで居られるように体力をつけるのがサボとエースから課された日課なのだ。
「じゃあ、私、お散歩行ってくるね」
「おー。おれ達は夕飯狩ってくる」
「こないだみたいに虎引き連れて帰ってくんなよー」
意地悪なサボの言葉に「イーッ」と歯を見せると、二人はケラケラと笑った。
軽く手を振って思い切り羽ばたく。森から出過ぎず、けれど大きな獣が居ない場所を選んではすいすいと進んでいくと、私の姿を見付けた鳥達がパタパタと付いてきた。
美しい小川を横切り、甘い香りのする花々を抜け、深い谷に身を投げてはギリギリで急上昇。鳥を引き連れ編列を組み飛ぶ私は、きっと地上からでは鳥と見分けがつかないだろう。
餌付けの効果があったのかな。鳥達は私を啄むこともせず付いてくる。
彼らの羽とは飛ぶ原理が違うようではあるけれど、この森の鳥達は私の師匠だった。
「ん、今日は木の実は無いの。ごめんね」
しばらく飛んだあと、そう告げて鳥達と別れた。彼らは少しの間私の周りを飛んでいたが、木の上から動かない私を見て何処かへ去っていった。
付けていたゴーグルを外して、軽く頭を振る。
空中では目が乾いて仕方がないのでゴーグルを着け始めたのはいつだったか。
サボとお揃いのそれには、何故かエースとサボの名前が書いてある。
私の名前は何で無いのかな……。まぁ、良いのだけれど。
トゥニカの裾から下着が見えないように気を付けつつ大樹の枝へと着地した。一応ドロワーズを履いているけれどこれも立派な下着だし、気を付けるに越したことはない。
前世の存在のお陰か、私の貞操観念はグレイターミナルに侵されることは無かった。
神様、ありがとうございます。
この感覚が無かったら、私、もしかしたらノーパンで過ごしていた可能性まであります。
傾きつつある太陽に向かって手を組んだ。
しょうもないことではあるけれど、一応シスターですから。何事にもお祈りは大事……よね?
実際に教会で過ごしたのはもう5年は昔だ。正直良く覚えていない。
けれど、私の背中に翼がある限り、私の神様は居るのだ。
何と言う名前で、どういった神様なのかは未だに分からないけれど……。
「……対価を求める神様って、ちょっと神様っぽくないかも」
でもまぁ、人知を超えた存在とはそういうものか。何より悪魔と呼ぶよりは良いだろう。
「神様、私の髪の毛の、毛先5センチを捧げます」
ウィンプルを外して指を組む。
ふわりと風が流れて、気がついたらほんの少し、髪の毛が短くなったのが分かった。
「どうか、サボとエースが怪我をしても、大事になりませんように」
あの日以来。
神様は私の祈りを、対価?を支払うことで叶えてくれるようになった。
髪の毛を対価にしたその効果は微々たるものであったが、私に払える物などたかが知れている。
けれど、きっと恐ろしい力だ。
神様がどこまで受け取ってくれるのか試そうとも思わない。
神様に何が出来るのかすらも私は知らない。
神様を"使い"たくなくて、エースやサボにもこの力を秘密にしていた。
諸行無常を噛み締めたあの船での出来事を私は忘れていやしないから。
私はただのシスターで、こうして森で、グレイターミナルで、二人と暮らして良ければ良い。
大それた願いは無い。身体も少しずつ調子が良くなっている気がする。これでいい。
組んでいた指を戻して、ウィンプルに髪をしまった。
裾がほつれ穴が開きボロボロになっているそれは、そろそろ手直しが必要かもしれないなぁ、とため息をつく。
「うーん、黒い布、余ってると良いんだけど」
背中に空いた翼用の穴もそろそろ大きくした方がいいかもしれない。
遠くから手を降るサボと、野牛を引きずるエースを視界に入れて、私は大樹の上から真っ逆さまに地面へ飛んだ。