エースに弟分が出来た。

 正確にはエースとおれに、だ。

 大樹の根元でエースと今日の戦果を話しているとき、そいつはやってきた。
 ルフィと名乗ったそいつを最初、なまえの存在がバレないように……ついでになまえにもこいつの存在がバレないように、殺してしまおうと思った。けれど、間も悪くルフィは海賊に捕まってしまった。

 いつものように体調を崩した彼女は洞の奥で隠れるようにして寝ている。

 海賊貯金の場所はルフィにバレていないだろうが、あの大樹へ他の奴らが来たらなまえの存在が見つかってしまうかもしれない。
 それだけは何としても防がなくてはならなかった。

 大樹の洞に入り、軽く熱の出ていたなまえを布団の山ごと持ち上げる。
 え、え、と目を白黒させる彼女をもっと森の奥へと運ぶと、エースと一緒に大きな木の根元へなまえを隠した。

「さ、サボ?エース? ゴホッ、どうしたの?」

 掠れた声に、何と説明したら良いものか悩んだが、結局端的に居場所がバレるかもしれないと告げた。
 なまえは身体を縮込ませると、いつもよりも暖かい手でおれとエースの手を握った。

「海賊貯金は」
「洞の中だ。あそこは高いところにあるし、鳥でも無きゃ見つけられねェさ」
「ちなみに、私の……せい、かな」
「ちげェよ。おれが海賊の金に手ェ出しちまった」

 青い顔をしたなまえを見ると、昔を思い出す。
 あの鳥かごに捕らえられていたなまえは、まるで人形のように無表情だった。青白い顔をして、げっそりと痩せていて。世の中の全てを呪うように、目の中に真っ暗な暗闇があった。暗闇しか、なかった。

 あんな、悲しい顔はもうさせたくない。嗚咽もなくポロポロと涙を流していた彼女の姿は、今でもおれの"とらうま"だ。

「大丈夫だ、なまえ。今のお前は空も飛べるし、おれが守ってやる。仲間は絶対見捨てねぇ!」
「そこはおれ達、じゃねェのか?」
「エース……お前……そんなこと言えたんだな!」
「馬鹿にしてんのかサボこらてめェ!」
「ふふ、ケホッ、ありがとう、ふたりとも……」

 この数年で気がついたら身長を抜かれ、何となく二人してなまえに頭が上がらなくなった。
 どうしてか下手に反抗すればするほど、自分がガキのように感じられるのだ。なまえの前で、そんな恥ずかしい真似出来やしない。姉ぶられるのもムカつくしな。

 木の根元で軽く時間を潰すが、海賊達は一向にくる気配を見せなかった。

「コホッコホッ、ねぇ、……海賊、本当に来るの?」

 なまえの言葉におれとエースは顔を見合わせる。太陽が傾き出していた。

「よし、おれがグレイターミナルを見てくる。エースは念のため大樹に奴らがこないか見張っておいてくれ」
「わかった。なまえは此処にいろ。何かあったら、誰にも見つからねーように木の上に飛ぶんだ」
「う、うん……危ないと思ったら、すぐ逃げてきてね」

 海賊は町の不良達とは違う。なまえも分かっているのだろう。おれ達は顔を見合せ一つ頷くと、一斉に走り出した。


 ──そしてなんやかんやあり、ルフィは重症、おれとエースも大怪我をしたものの、何とか森まで帰ってこれた。
 泣きながら礼を言うルフィは、根性がある、が、泣き虫だな。
 えぐえぐと泣きながらもエースに怒鳴り返すルフィを見て、おれは苦笑いした。
 なんかなまえに似てんなぁ。
 ……。

「あ!やべぇなまえのこと忘れてた!」

 日はすっかり落ちて辺りは暗い。俺が声を上げたと同時に、森の奥からバッサバッサと羽音を立てて、空から裾足らずの修道服を来たなまえが向かってくるのが見えた。
 彼女の今にも泣き出しそうな表情がおれを責めるように近づいてくる。

「サボ!!エース!!」
「げっ、しまった。忘れてた」
「あの感じは泣くぞ……」
「ん? だれだ?」

 地面に降り立ったなまえは、今にも溢れんばかりに涙を瞳に溜めていた。
 そしてボロボロのおれ達を見て、ギッと眦を吊り上げる。

「危なくなったら逃げてって!言ったでしょう!!」

 意外にも涙は溢れて居ない。なまえは両手に抱えていた布団のシーツを切り裂くと、一番遠くにいたルフィへ声をかけた。

「おいで、傷、手当てしなくちゃ」
「けが治してくれるのか? ありがとう!」
「いいの。痛かったでしょう……」

 未だに血だらけのルフィの頬を撫でたなまえは、優しくルフィを抱き締めると手早く傷の場所をチェックしてく。
 最初から用意していたのだろう瓶から水を出して布を濡らし、傷に触れないよう拭いては、包帯やらシーツやらで手当てを行った。

「ありがとう! あ。おまえだれだ?」
「私はなまえ。君の名前は?」
「おれはルフィ! よろしくな!」
「まぁ、君が……よろしくね。 っと、はい、おしまい」

 涙を堪える横顔は酷く優し気だ。グレイターミナルの一部の奴らが、天使だなんだと騒ぐのも分かる気がした。

 次に、何となく落ち着かないエースを置いて、なまえはおれの名前を呼んだ。

「サボ」
「……おゥ」

 なまえの雰囲気に呑まれて、声が小さくなった。ルフィは首を傾げていたが、恐らくエースも今、おれと同じ気持ちなんだと思う。
 手早く包帯でぐるぐる巻きにされる。

「うん、大丈夫……。最後。エース」

 来ると思った小言が来ない。
 泣くと思ったなまえは泣かない。

 手持ちのシーツで足りなくなったのだろう、いつも頭に付けていた布を外してそれを割くなまえは、眉根を寄せるだけで表情を変えようとはしなかった。

 困惑したように治療中のエースと目が合う。
 泣かれないのが、まさかこんなに苦しいなんて、思いもしなかった。
 どうしてか緊張する。海賊相手にすら緊張なんてしなかったのに。

「……はい、おしまい」

 手早く手当てを終えたなまえは、エースの頬を軽く撫でると、次の瞬間、爪を立て思いっきり頬を引っ張った。

「こっっのバカ!!!バカエース!!!」
「ひだだだだだだ!!!?」
「死にたがりも大概にしなさいよ!!」
「うわあああ! 何すんだおまえ!やめろよ! エースはおれを助けてくれたんだ!」
「あんたもよルフィ!!三人の中で、一番重症なのはルフィなんだからね!! どうしてこんな無茶したの!!」
「お、おいなまえ、ふ、二人とも怪我人だから……」
「はァ!? 今手当てしたの私なんだから分かってるわよ!!サボのバカ!!バーカ!!」

 エースの頬を千切らんばかりにつねり、慌てて駆け寄ったルフィの顔を鷲掴む手は思ったよりも力が強そうだ。思わず声をかけたが、火に油。なまえはまさに鬼の形相でおれを睨み付け吠えた。

「わ、わたしが」

 声が震える。
 エースとルフィを掴んでいた手は離れ、なまえはその場にしゃがみこんだ。両手で顔を覆い、長い髪の毛を垂らして俯く。

「わたしが、ど、どれだけ心配したと、思ってるの……!!」
「ぶ、無事で、無事で良かった……!!」

 ボロボロと涙を溢すなまえに、おれ達は三人、目を見合せた。不謹慎にもホッとしている自分がいた。
 わーん、と子供のように泣きながらエースに抱き着くその姿は、本当に年上には見えない。
 そんななまえに困ったような顔をして、口火を切ったのはエースだ。

「あー、泣くなって……その、悪かった」
「!? エース、おれのときと扱いがちげェ!」
「なまえは女だから良いんだよ!!」
「ふ、うぇ、うぇぇん……エースとサボが、無事で良かっだよ"ぉ……ルフィも、怒って、ごめ"んねぇ……!」
「う、……うぇ、うぇぇぇ、ぇぐっ お、おれも、であ"でしでくれで、ありがどう……!」
「何でお前も泣くんだよ!!!」
「もーこれ収集つかねェな……」

 エースがキレて、ルフィは泣き止み、なまえが泣く。すると何故かルフィが吊られてまた泣くものだから、もう堪らない。再度キレて怒鳴るエースを宥めつつ歩き出したが、なまえは泣きすぎて足元がふらついている。そういやまた熱だしてたなこいつ。
 仕方がないのでおれがなまえをおぶさり、ダダンの家につくまで、なんとも賑やかに森を進むことになるのだった。

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