「お〜き〜ろ〜」

 身体が揺れる。二対目の腕といっても過言ではない羽を鷲掴みにし、ゆらゆらと私を揺する手は小さく暖かい。
 力をあまり入れないようにしているのだろう、わやわやと羽を掴む手の感触がくすぐったくて身体をよじった。バッサバッサと羽を動かせば、私を揺らしていた手は呆気なく離れていく。

「起きろってば!おーい!」
「ん……」

 トタトタと足音を立てて、背中側に居た声が正面に回ってくる。私はにゅっと布団から手を伸ばして、彼をぎゅっと抱き締めた。

「あ! やっとおき……うわぁ!」

 私を揺らしていたであろうルフィの身体を、手だけではなく足まで使って布団へと引きずりこんだ。
 ぬくい。そして柔らかい。

 温かい子供の体温を抱き枕のように抱きしめると、消毒液と土埃、そして仄かに血の匂いがした。

「うわぁ!? やーめーろーよー!!」

 ぐにぐにと身体を捩り手を突っぱねて逃げようとするルフィの背中を、寝かしつけるようにトントンと叩いてやる。一定のリズムで背中を叩いていると、一分もしないうちに抵抗が緩んだ。イビキが聞こえる。
 なんて可愛い。幼い顔を覗き込んで微笑む。ずっとこうしていたいけれど、流石にもう起きなくては。

「ふふ、おはよう、ルフィ」
「ぐがっ!? お、おれは寝てねェぞ!」
「今寝てたよね?」
「寝てねェ!!」

 布団を蹴とばしてルフィはズザザ、と私から距離を取った。

「なんなんだお前ェ!」
「そういえば、昨日はあんまりちゃんとお話し出来なかったね。 怪我はどう?痛くない?」
「うん、もう治った! ありがとう!」
「うーん、治りはしてないんじゃないかな……」

 木漏れ日の入る部屋を見回すと、とっくにエースもサボも居なかった。二人が居た証拠だとでも言うように敷きっぱなしの布団が放置されている。
 大樹の洞に集まっていたときは二人が来るまで寝ていたからなぁ。
 恐らく置いて行かれてしまったのだろうと当たりをつけて、私は大きく伸びをした。

 髪を手櫛で撫でつけて、自分が寝ていた布団を畳む。続いて二人が使っていたであろう布団を、最後にルフィの掛布団を畳んで部屋の隅に置いた。

 何故か私を警戒するよう注視しているルフィを一旦置いておいて、部屋にあった別の修道服に着替える。
 ルフィが部屋にいるが今更だ。何なら水浴び姿をエースとサボに見られているし(たまに隠れて辺りを見張ってくれているようだ)、ルフィに着替えを見られるくらいは特になんとも思わない。

 髪の毛をウィンプルにしまおうとして手が止まった。そういえば昨日、包帯代わりに割いてしまったんだった。
 仕方がないので、ベールだけをどうにか固定させてやれば、グレイターミナルのなんちゃってシスターの出来上がりだ。


 あらかた支度を終えてルフィに向き直る。相変わらず、どうしてか私を警戒していた。
 思わず笑いそうになるのを堪えようと口元を手で隠すが、どうにもにやけてしまう。
 エースやサボに何か吹き込まれたのかなぁ。吹き込まれたんだろうなぁ。

「さて、ルフィ、起こしてくれてありがとう。 で、どうして私を見ているのか聞いても良い?」

 首をかしげれば、ルフィも吊られて鏡合わせに首をかしげる。
 ルフィも置いて行かれてしまったのだろうか。
 あの二人は本当に容赦が無いから少し心配だ。

 彼らが喧嘩している姿を見た限り、手加減という言葉があるとは到底思えない。実力が拮抗している二人の間ならともかく、ルフィには少し、酷なのでは……。
 二人にけちょんけちょんにされるルフィを見て止めに入らない自信が無い。

 思考が逸れてしまった。いまだに首をかしげていたルフィは首を戻して、むん、と胸を張った。

「エースとサボが、なまえを見張っておけって!」
「見張り……?ふふ、逃げないように?」
「分かんねェけど、見とけって!」
「じゃあそんな遠くに居なくて良いんじゃない? ねェ、ルフィは空を飛んだこと、ある?」
「えっ! その羽やっぱり飛べるのか!?」

 キランッと目を輝かせ、ふらふらと私に近寄るルフィのオデコを人差し指で優しくつつく。単純だ。
 二人の意図は分からないけれど、もしかしたら小さなルフィを森に連れていくことを嫌ったのかもしれない。非常に分かりにくいが──特にエース──二人はとっても優しいから。

 ──後にエースがルフィにしていたことを知り、頭を抱えることになるまで私はノホホンとそう考えていた。

「もちろん飛べるよ。 あとで一緒に飛ぶ?」
「えええっ!すっげぇ!!良いのか!? なまえはイイオンナだな!」
「あはは、良いオンナだなんて、ルフィが使うにはまだ早いよ」
「ん? なんでだ?シャンクス達は女に使う言葉だって言ってたぞ」

 首を傾げるルフィに合わせて、今度は私も鏡合わせのように首を傾げる。

「それはまぁ……男の人には使わないかもしれないけど。私は良い人、の方が嬉しいな」
「ふーん。 分かった。なまえは良い人だ!」

 にしし、と笑うルフィは私の手を引いて歩き出す。
 可愛い。サボやエースが可愛くないとは言わないが、やはり年下は可愛い!
 ルフィにつられるように笑顔が溢れた。

 ルフィに手を引かれるまま部屋を出ると、すでにダダンさん率いる山賊さんたちは食事を終えているようだった。
 起きてきた私とルフィに気がついたダダンさんは片眉を上げ、ジロリと私の身なりを見て鼻息を一つ吐く。

「なんだいアンタ、今頃起きてきたって飯は無いよ!」
「おはようございます、ダダンさん。朝ごはんは森で何か適当に……」

 ワクワクと目を輝かせているルフィに最早引きずられながらも返事をしたが、当然のように最後まで言えず、ダダンさんの怒鳴り声を背中に浴びながら私たちは外に出た。……今、ルフィの腕が伸びてなかった?まだ寝ぼけているのだろうか。
 山の中にある山賊小屋は、周りがキチンと整地されているわけでは無いのですぐ目の前が森になっている。
 私は迷子にならないようにルフィの手を強く繋ぎなおして、少し駆け足で隣に並んだ。

「そしたら大樹まで行こうか」
「おう! 昨日のとこだよな? あそこまで行くの、すっげェ大変なんだよなァ」
「私ならひとっ飛びだよ」

 そう笑ってから、ハタ、と気が付いた。
 子供とは言え、人ひとりを抱いて長時間飛べるだろうか。
 今までランニングならぬ”フライング”で体力や速さを身に着けられるようにしていたが、重いものを持って長時間飛ぶことはしていない。ついでにここから大樹までどれくらい距離があるか上空から確認も必要だ。

「なまえ、どうしたんだ? おれ早く空飛んでみてェなー!ここら辺ってどんな景色なんだろうなァ、やっぱ木しかねェのかな? 上手い木の実とかあったらなまえにも取ってやるよ!」
「……」

 今更やっぱりだめ、とは、とても言えそうもない。
 というか言えない。出来たばかりの末っ子くんに、少しは格好つけたい。そしてあわよくばお姉ちゃんと呼ばれてみたい。
 エースもサボも、絶対言ってくれないんだもの!

「……よし、ルフィ、私にしっかり捕まってられる?」
「おう!任せろ!!」
「ん、落ちないように私も頑張るけど、ルフィもしがみついていてね」

 さぁどうぞ、と両手を広げれば、ルフィは子猿のように私へ抱き着いた。彼の身長は私の肩までしかないけれど、抱き上げることは出来なかったので巻き付かれるような状態でルフィは私に密着する。
 私もしっかりルフィの背中に手を回し、慣れた動きで翼を力強く羽ばたかせると、ぐん、と視界が高く上がった。良かった、まずは飛べそうだ。
 人に見つかる危険性を考えてあまり高度は上げなかったが、ルフィにはそれでも十分なようで――おそらく地上10mはあるので、落ちれば普通に死ねる高さではあるーー、それはもう嬉しそうに歓声を上げた。

「おおおお!! すっげェェ!!」
「あ……ちょ、ルフィ、暴れないで」

 飛び上がった瞬間ルフィは頭をキョロキョロと動かして下を見ようとする。しまった、ルフィの背中に私が来るようにすればよかったか。けれどそれじゃあ捕まるものが無いルフィが不安だろう。
 それに私の腕力では落としてしまったかもしれないし、やはりこの運び方しかなかったのだろうけれど、ぐにゃぐにゃと猫のように動くルフィを抱き続けるのも大変だ。

 少しふらつきながら私もぐるりと周りを見る。同じ場所に長くは滞空していられないので、大樹を探すように大きく円を描きながら飛んだ。
 するとまたルフィは楽しそうに歓声を上げて森を指す。私が抱いているとはいえ、身長もそこまで変わらないのだから手は離さないで……!

「もう、ルフィ!落ちちゃうよ!」
「おうわりィ! でも見ろよなまえ! あっち、谷が見える! あ!あれ熊か!?ちっせェ!!」

 足で器用に私に絡みついているルフィはもう私の声など聞こえていないようだ。
 肩に手を置き、もう片方の手で目にひさしを作っている。危ないよ、ともう一度伝えようとしたが、思いのほか重心は安定していた。恐らく彼の体幹がしっかりしているのだろう。
 
 そういえば昨日は一人であの大樹まで来たのだったか。一応この森を超えたのだろうから、私が考えていた以上にルフィはあの二人と同類なのかもしれない。
 一人納得しているとルフィが声をあげた。

「なまえ、なまえ、あっち! あっちにエースがいる!!」
「え?どこ? み、見えない……」
「そっちじゃねェって! あっち!ほら、あの、木が沢山あるところ!!」
「何処見ても木ばっかりだよ!?」

 デジャヴだ。やはりこの世界の人間は視力も強い(?)。私はルフィに促される方向へ何とか進路を向け進むが全くエースの姿を見つけることが出来なかった。

 もうそろそろ少し高度を下げてしまおう。
 遠くなった山賊小屋を見やって、枝の合間を抜けるように高度を下げた。これで見られていたとしても、大樹の方角はバレない。

 木にぶつからないように視線を戻してすいすいと空中を駆ける。ルフィは未だにエースの位置を把握しているようで、操縦桿を握るように私の肩を引っ張った。

「サボもいる! なまえ、もっと右!」
「え、……あ、もう!身体を引っ張らないで!」
「あ、行き過ぎた。もっと左だ!」
「きゃぁ!分かったから身体を離さないで!お、落ち、落としちゃうよ!」
「お?エースとサボもおれたちに気づいたみたいだ。何か……めっちゃ怒ってるぞ」
「へ?え?あ!っぶない!? やだ、エース!? なんで、だめ、だって!落ちるってばぁ!!」
「ぎゃぁ! なんだこれ!?リンゴか? っイデェ!! エースやめろバカ!!落ちるだろ!!」

 そこまでされてようやくエースの姿が視認できた。目じりを吊り上げてリンゴを振りかぶるエースの隣に、呆れたように笑うサボもいる。
 笑ってないで止めて!

 その思いも空しくエースの投げたリンゴがルフィにクリティカルヒット。ぐでーんと力が抜けたルフィを私が支え続けられるわけもなく、高度はぐんぐん下がっていった。
 せめて着地は足から……!

 どうにかルフィを落とさずに地面へ崩れるように降り立った私を、満足そうなエースと苦笑いのサボが迎えてくれる。
 昨日の今日のくせに、どうしてそんな元気なんだか!緑の大地にルフィを寝かせ、私は二人にむしった草を投げるのだった。

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