「まてよぉ、エース!サボぉ!なまえ〜っ!」
「早くしないとおいてくぞ!」
「うっ、ルフィ、迷子になっても迎えに行くからね!」
「ははは、がんばれルフィ!なまえは置いていく満々だぞ!」
「そんなこと言ってないでしょう!? ふん、サボもエースも知らないんだから!」
「ま〜て〜よ〜ぉ……!」

 森を駆ける二人の上空を飛ぶ。枝にぶつからないように気を付けつつ後ろを振り返れば、ルフィが追いつこうと懸命に足を動かしているのが見えた。まだそんなに距離は空いていないことに安心して息をつく。
 けれどハッとして、私はわざとらしく眉間に皺を寄せた。少しギスギスとした空気の中ーー私だけが感じているーー二人から顔をそむけては唇を尖らせるのだった。

 道中を同じにするが私はこれからグレイターミナルの治療院に行くところで、エース達はワニ皮を売りに端街へ行くのだという。
 すっかり喧嘩に明け暮れているらしい三人は見事なまでに悪名を轟かせていた。
 道を分かれてから、心のなかでそっと祈る。神様、あの三人が大きな怪我をしませんように。
 でも少しくらいはむしろしますように。シスターベールの内側で、髪の毛が僅かに風で揺れた。


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 今日は患者さんが少ない。少しぐらい忙しいほうが、帰るのも遅くなるからよかったのに。今はエース達とあんまり顔を合わせたくなかった。
 むすりとした気持ちのまま薬瓶を仕分ける作業をしていると、ドクが笑いながら声をかけてくる。

「ケケケ、どうした? 今日は随分と荒れてるじゃねェか」
「ドク……すいません、ご心配をおかけして」
「それに関しては最早日常茶飯事だ。詫びるなら誘拐されんじゃねェ。 ……で?悪童三人組と喧嘩でもしたかァ?」

 ドクの言葉に再度謝りつつも、ドキリと胸が跳ねたのを隠すことは出来なかった。
 別に、喧嘩したわけじゃない。けれどこのままドクに心配をかけ続けるのも良くないし……何より、誰かにこの思いを聞いて貰いたいという気持ちが勝った。

「ドク、聞いてください。 エース達ったら、三人で兄弟の盃を交わしたんですって……」
「あぁん? ああ、兄弟盃か。随分マセたガキどもだな。 それが?」
「うう……! 私を! 抜きにして! 三人だけで交わしたんですって……!!」

 そこまで言ってからむすーっと頬を膨らませる。幼いこととは理解しつつも止められない。
 唇を尖らせる私にドクはため息をついた。
 ため息をつきたいのは私の方なのに! 思い出すと怒りとも寂しさともつかぬ感情が湧いて出てきた。ドクを睨むが、気にした様子もなくドクは口を開く。

「おめェ、それで拗ねてやがるのか」
「拗ねて!ないです!」
「それを世間一般的には拗ねてるって言うんだよ」

 白い顎髭を撫でてドクは窓を見る。もうそろそろエース達が迎えに来るだろう。一方的に険悪な雰囲気を出してしまったが、習慣のように彼らは私を迎えに来るから。きっと今日も来てくれるに違いない。
 朝に悪いことを祈ってしまったと罪悪感が湧いてきたが、けれど怒りもあって、私は俯いた。

「あのなぁなまえ、男には男の世界っちゅうもんがあるんだよ。 お前はあいつらより年も上だし、分かるだろう?」
「わかりません! だって……ずるい。私、三人のお姉ちゃんなのに」
「ケケ……じゃああいつらと盃を交わしてないお前は、もう悪童達の姉じゃなくなったのか?」
「……そういうわけじゃ、ないですけど……。 でも、だって! ……私、三人に、追いていかれちゃう、のに」

 胸元を掴めば、トゥニカに皺が寄る。黒いそれはもう裾が足りず、身長が伸びるたびパッチワークのように布を足して丈を誤魔化していた。
 マントだって短くなってきて、少し背中が不安なくらいだ。

 今は私の方が背が高くても、いつか必ず彼らの方が大きくなる。
 今はこうして四人で居られるけれど、いつか、必ず、三人は私を置いて海に出る。

 私も大人になれば故郷を探しに行くけれど、それと彼らの夢はまるで違う。
 何だか涙が出て来て、そっとそれを拭った。

「なるほどなぁ……それで焦って拗ねてんのか」
「……拗ねて、ません」
「わーったわーった、泣くな。俺が悪童達に殺されるわ!」
「サボもエースも、ルフィも、そんなことしません……」
「お前マジでたまに節穴だよな? っとまぁそれは置いといてだ。 つまり、お前は、いつか離ればなれになる弟分達と、自分との間にある繋がりを明確にしたいってこったろ?」

 ドクの言葉は率直で、まるで私が三人を信じていないのだと突き刺すようだった。
 けれど本当のことだ。
 決して信じていないわけじゃない。彼らとの繋がりが簡単に消え去ることは無いと、頭ではわかっている。
 けれど。

「だってドク……私、もう、シスターの顔も思い出せないの……」

 時間というものは残酷だ。11歳の私に5年という月日は余りにも長過ぎたのだ。
 あの街の名前なぞ知らない。一緒にいた姉の名前はなんだったか。あの日木の実をとって来てくれた男の子は?シスターはどんな声で私を叱っていた?
 
 しゃがみこんだ私に、再度ドクはため息をつく。

「お前よぉ、それは何歳ん時の記憶だ? 3才か?5才か?そんなガキの頃の記憶なんて薄れて当たり前だろうが!」
「うぅ、ううう……それを言ったら!20歳の頃には10才の記憶なんて無くなっちゃうかもしれないじゃない!」
「何年会わねェ気なんだよおめェは」

 呆れるように言われて目を丸くする。

「てめェで会いに行けば良いだけじゃねェのか?お前のその悩みは」

 雷に打たれたような衝撃が走った。
 自分で、会いに行く。考えたことも、無かった。
 黙り混む私に何を思ったのか、ドクは困った子供を見るような顔で私を見た。その顔が、昔、自らの羽を毟って売ろうとしていた私を見る、シスターに……似ていて。私は息を呑んだ。

「……お前よぉ、悪い癖だぜ。何でも神様に頼ってその場で足踏みしてやがる。 寂しい悲しいって思うくせに、"出来ない"理由を探して諦めようとしてねェか? 諦めるのは当然だと、ハナからてめェには何にも出来ないンだと思い込んでるんじゃあねェのか」

 そんなこと、ない。と。言い返せたらどれだけ良かっただろう。
 あの教会を出たときも、海賊たちに髪を、羽を引っ張られたときも、鳥かごの中でさえ私は"すでに諦めていた"。

 心のどこかで、自分じゃどうしようもないと考えていた。

 皺を寄せるトゥニカから手が離せない。強く強く胸元をかき抱いて、私はぎりり、と歯を食い縛った。
 ドクは頭の後ろをボリボリと掻くと反対の手で私の肩に手を置く。
 目線が合うようにしゃがんだ彼と目が合う。

 汚い身なりだ。髭は生え放題だし、着ている白衣はボロボロ。フケは浮いているし彼の指はガサガサで、細い。
 部屋はどうだ。治療院と言いつつ、周りの掘っ立て小屋との違いは大差無い。一応部屋の体を成している分上等ではあるが、"かつて"の私が住んでいた場所と比べれば雲泥の差だろう。

 けれど、光がある。
 力強く輝く光が、ドクの目に、エースやサボ、ルフィの目に……この世界の人の目にはある。
 私には無い、光が。

「お前には何だって出来る。 それこそ、神の思し召しがあるはずさ」

 がしがしと粗雑に頭を撫でられる。自分で会いに行っても良いし、あいつらについて行っても良いじゃねぇか。ドクはそう続けた。
 ベール越しのそれが酷く嬉しくて、自分が恥ずかしくて、そっと目元を隠した。

「ドク、私……私、シスター失格です」
「あん?」
「私、来る前に、三人が少しくらい怪我をすればいいのにって、神様に祈ってしまったの」
「ケーッケッケッケ! そりゃァ良い!これであいつらも少しは大人しくなンだろ!」

 ドクは高笑いをして、それから辺りを見回しキョロキョロしたかと思えば、私をそっと片腕で抱き上げた。
 意外にがっしりとしたその腕は、老人とは思えぬほどにしっかりとしていて安定感がある。

「それに大丈夫さ、初恋の女ってのを、それも最高に良い女のことを男は忘れやしねェんだからな! もし忘れやがったらケツを蹴って思い出させてやりゃあ良いのよ!」
「まぁ、ドク。言葉遣いが悪いわ」
「そこか? ケッケッケ、このあざとシスターもどきめ」

 この後。
 ドクに抱っこされる私を見て、エースとサボが誘拐と勘違いしドクを思いっきりぶっ飛ばしたりとか。
 (てめェやっぱり!!と二人は叫んでいたけれど、誘拐狙いならドクはもっと早くにやっていると思う。)
 
 盃のことを漏らしたルフィにエースが怒ったりとか。
 (それで私の機嫌が悪かったのか!と目を吊り上げていた。私の機嫌が悪いことは分かっていたが、理由が分からずもやもやしていたらしい)

 サボがドクと何やら話しては頭を抱えたりだとか。
 (じじい余計なこと言ってねェだろうな! さァな!!ケッ! と、何だか楽しそうだった)

 怪我をしていた三人に謝って、変な顔をされたりだとか。
(……なァ、今日のでけェ鳥って……。 言うなルフィ。偶然だ偶然)

 色々あったが、私達は笑顔でグレイターミナルを出た。
 夕陽に照らされる森は私達を迎えてくれるかのように明るく照らされ、赤く赤く、燃えあがるように色づいていた。


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