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騙された。
今回で何度目だろう。毎度毎度どうしてこうなってしまうのか。私はため息をつきたい気持ちを押し隠し口を開いた。
「それで、貴方は”天使の居た島”を知っているんですか?」
呻き声を上げる男にかける声色は冷たく、そこに含まれる感情は無い。
看板で倒れる男に問いかけるも返事はなかった。波に漂うのみのこの船は既に進路を失い、ただ穏やかな風に吹かれて流されるまま進んでいく。
帆に掲げられたジョリーロジャーは見覚えの無い絵柄だったし気のよさそうな人に見えたから、良い海賊の人かも……と思った自分が馬鹿だった。海賊に良いも悪いも無い。
無表情の奥で静かに反省していると、のしのしと太い四つ足を使ってアンが此方へと近づいて来て、フン、と鼻を鳴らした。
「だーから言っただろう。簡単に信じるなと」
「調度今、私もそう思っていたところ」
少し前まではまだ子猫と言っても過言ではない大きさだったアンは気づけば大型の狼ほどの大きさまで成長していた。羽も大きく育ち、その爪は鋭い。狼のような牙を剥いて唸る彼に返事をしてそっとため息を付いた。
乗せて貰ったのは助かったけれど、この調子じゃ元々の進路さえ分かりはしない。
再度看板に倒れ伏す男を見下ろして、なまえはぐるりと回りを見渡した。一、二、三……おおよそ十数人の男たちがなまえの足元の男と同じようにして倒れている。その誰もがピクリとも身体を動かさない。
そこそこの大きさの海賊船だ。船内にも隠れている可能性は高いだろう。
当たりをつけて、耳を澄ます。波の音、風の音、アンの呼吸音、男たちの心臓の音、女性の声。
「船内にも、人がいるみたい」
「まあこの大きさなら居てもおかしくはないだろう。……もしかして、この私に見てこいなどと言うつもりじゃアないだろうな」
「いいえ。アンに何かあったら嫌だもの。でも不安だから、一緒に付いてきてくれる?」
「ふむ、なまえはひ弱だからな! 構わん!私に頼るがよい! 同行を許そう」
「あ、私が同行する側なのね」
仮面の紐を結びなおして船内へのドアへ手をかける。ひ弱かぁ。この海賊たちを転がしたのは私なんだけどな。一瞬そう反論しようとして、やめた。その気になればアンにだって出来る事だし、何よりそんなことは自慢にならない。
思ったよりもすんなりと開いた扉を進むと、船室はおおよそ今までに見た海賊の船と変わらず汚れていた。先ほどの声の主は見当たらない。
そこまで広くも無い船内にもかかわらず、手当たり次第にドアを開けていっても先ほど聞こえた声の持ち主と思わしき女が居ないのが不思議だった。
「なまえ、本当に居るのか? 看板に出ていたので全員で、お前が聞いたのは神の声とか」
「神の声を聞き間違えたり出来ないでしょ?」
「ぬぅ。じゃあ単になまえの聞き間違い」
「聞き間違いだったら、それはそれで安心なんだけど……」
面倒くさそうにアンが言う。今すぐにでもこの船を立ち去ったって良いのだけれど、先ほど聞こえた女の声は泣いていたように思えた。それだけがひっかかった。
白い部屋から空に投げ出されて、卵から産まれた獣を抱いて、もういくつもの海を渡り歩いてきた。”天使の居た島”ーー教会があったあの島を目指して渡り鳥のように島々を巡ったけれど、未だにたどり着けていない。
毎度毎度デマに騙され、人攫いに会い、こうして今回もハズレを引いてしまったわけだ。
お陰様ですっかり荒事にも慣れてしまった。視力は少し減ったけれど、変わりに耳が良くなったのは僥倖と言える。確かに、女性の声だった。
聞こえる声は実際に音に出しているものが全てではないから、人がいるのだとしたら余程強い感情があるのだと思ったのだけれど。
「なまえ、もう行こう。いや風呂だけ使っていくか?どうせ夜まで人間達は動けまい」
「確かにお風呂に関しては魅力的だけど、……もう少しだけ」
「ここは汗臭いから早く出たいが……仕方ない。付き合ってやっても良い!」
「ありがとうアン」
その場でムン、と胸を張るアンの頭を撫でて再度耳を澄ませた。重いグラスがぶつかるような音と、やはり、女性の声が聞こえる。下の方から聞こえた気がして、私は軽く目を伏せたまま踵で板張りの床を叩いた。
アンは仕方無さそうに息を吐くと、上から下へ勢いをつけて床へと爪を立てる。ぐしゃりという音とともに木目に穴が開いた。その姿からは想像も出来ない程の力だ。
空いた穴から中を覗く。船の造りは知らないが、妙に空間があるように思えた。
修道服の裾が引っかからないようにたくし上げて、床の切れ目から下へと足を下ろす。中は薄暗いが、アンには中が良く見えたのだろう。ぐるる、と不機嫌そうに一鳴きすると彼はなまえを置いてとっとと中へ進み、壁際にあったのだろう照明のスイッチを入れた。
「……」
丸い、大きな水槽へまるでスポットライトのように光が当たった。その中にいるのは知識でしかしらない生き物が、一人。
人魚だ。
「……!!」
水槽の中からどうにか出ようと、水の中から拳を叩きつけていたであろうその拳は赤く腫れていた。血に濡れるその手首と細い首には輪っかと鎖が付いている。
人魚の少女も私を見て驚いたのだろう、先ほどまで繰り返されていた動きが止まった。
スポットライトからそっと目を離し周りを見れば、壁一面に檻が積み重ねられているのがわかった。殆どは空であったけれど、間隔を開けていくつかの檻の中でガリガリに痩せた獣がその目をギラリと光らせ私を睨んでいる。
ああ、不愉快。私以上にそれを感じたのだろうアンは、顔中に皺を寄せて無防備に檻へと近づき一つ吠えた。やや高いその鳴き声で会話をしている。
獣の唸り声をアンに任せてそっと水槽に近づいた。人魚の少女は何かを伝えようと口を動かしているけれど、厚い水槽の壁で声は通らない。もしくは水の中だからだろうか。そっと微笑みかけようとして、水槽に反射した自分が面をつけているのが見えた。暗い部屋にそっと浮かび上がる白い面と翼はきっと彼女にとって、私の想像以上に恐ろしかっただろう。
「今、出してあげるからね」
謝罪の意味も込めて面を取った。”人間”には晒さないこの顔だけれど人魚であるなら話は違う。彼女は私と同じだと、勝手に親近感を感じていた。
水槽に片手をつけて、そっと少女の顔を覗き込む。目を丸くして、ヒトデを抱きしめる彼女に今度こそ微笑みかけた。
「神よ、我が手を阻む壁を、壊す力を私に」
手のひらを付けたまま、ぐっと力を入れていく。少しずつ、少しずつガラスで出来たその壁が手のひらの形に凹んでいき、ピシリと小さな音を立てた。それをきっかけに水が漏れ始める。後ろではアンも同じように――彼の場合は自力で――檻を壊しているのだろう、金属がきしむ音が聞こえていた。
小さな亀裂が徐々に大きくなっていく。身体が濡れ修道服が体のラインを露わにしていくが、構わず少女に近づいて手を伸ばす。
「おいで。 逃げよう。此処から。私が守ってあげる」
いつか、私が言われた言葉だった。
私の手を超え直接抱き着いてきた細身の身体を片手で抱きしめる。彼女に回していない方の手で、首と手首を繋ぐ鎖を握り潰した。そろそろ効果が切れてしまうだろうから先にこれだけでも千切ってしまわなくては。
「う……!うぇぇ……っ!!」
言葉にならない泣き声を聞くといつかの自分を思い出す。サボも、こんな気持ちだったのだろうか。
あの日聞けなかった彼の心を想像したけれど上手く考えられない。何を、思っていたの。サボ。どうして、助けてくれたの。
小さな人魚を自分と重ね合わせても、彼と同じ言葉を口から吐き出しても。今の私には何にも分からない。
表情も無く少女を抱き上げたなまえを、アンだけが見ていた。
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今回で何度目だろう。毎度毎度どうしてこうなってしまうのか。私はため息をつきたい気持ちを押し隠し口を開いた。
「それで、貴方は”天使の居た島”を知っているんですか?」
呻き声を上げる男にかける声色は冷たく、そこに含まれる感情は無い。
看板で倒れる男に問いかけるも返事はなかった。波に漂うのみのこの船は既に進路を失い、ただ穏やかな風に吹かれて流されるまま進んでいく。
帆に掲げられたジョリーロジャーは見覚えの無い絵柄だったし気のよさそうな人に見えたから、良い海賊の人かも……と思った自分が馬鹿だった。海賊に良いも悪いも無い。
無表情の奥で静かに反省していると、のしのしと太い四つ足を使ってアンが此方へと近づいて来て、フン、と鼻を鳴らした。
「だーから言っただろう。簡単に信じるなと」
「調度今、私もそう思っていたところ」
少し前まではまだ子猫と言っても過言ではない大きさだったアンは気づけば大型の狼ほどの大きさまで成長していた。羽も大きく育ち、その爪は鋭い。狼のような牙を剥いて唸る彼に返事をしてそっとため息を付いた。
乗せて貰ったのは助かったけれど、この調子じゃ元々の進路さえ分かりはしない。
再度看板に倒れ伏す男を見下ろして、なまえはぐるりと回りを見渡した。一、二、三……おおよそ十数人の男たちがなまえの足元の男と同じようにして倒れている。その誰もがピクリとも身体を動かさない。
そこそこの大きさの海賊船だ。船内にも隠れている可能性は高いだろう。
当たりをつけて、耳を澄ます。波の音、風の音、アンの呼吸音、男たちの心臓の音、女性の声。
「船内にも、人がいるみたい」
「まあこの大きさなら居てもおかしくはないだろう。……もしかして、この私に見てこいなどと言うつもりじゃアないだろうな」
「いいえ。アンに何かあったら嫌だもの。でも不安だから、一緒に付いてきてくれる?」
「ふむ、なまえはひ弱だからな! 構わん!私に頼るがよい! 同行を許そう」
「あ、私が同行する側なのね」
仮面の紐を結びなおして船内へのドアへ手をかける。ひ弱かぁ。この海賊たちを転がしたのは私なんだけどな。一瞬そう反論しようとして、やめた。その気になればアンにだって出来る事だし、何よりそんなことは自慢にならない。
思ったよりもすんなりと開いた扉を進むと、船室はおおよそ今までに見た海賊の船と変わらず汚れていた。先ほどの声の主は見当たらない。
そこまで広くも無い船内にもかかわらず、手当たり次第にドアを開けていっても先ほど聞こえた声の持ち主と思わしき女が居ないのが不思議だった。
「なまえ、本当に居るのか? 看板に出ていたので全員で、お前が聞いたのは神の声とか」
「神の声を聞き間違えたり出来ないでしょ?」
「ぬぅ。じゃあ単になまえの聞き間違い」
「聞き間違いだったら、それはそれで安心なんだけど……」
面倒くさそうにアンが言う。今すぐにでもこの船を立ち去ったって良いのだけれど、先ほど聞こえた女の声は泣いていたように思えた。それだけがひっかかった。
白い部屋から空に投げ出されて、卵から産まれた獣を抱いて、もういくつもの海を渡り歩いてきた。”天使の居た島”ーー教会があったあの島を目指して渡り鳥のように島々を巡ったけれど、未だにたどり着けていない。
毎度毎度デマに騙され、人攫いに会い、こうして今回もハズレを引いてしまったわけだ。
お陰様ですっかり荒事にも慣れてしまった。視力は少し減ったけれど、変わりに耳が良くなったのは僥倖と言える。確かに、女性の声だった。
聞こえる声は実際に音に出しているものが全てではないから、人がいるのだとしたら余程強い感情があるのだと思ったのだけれど。
「なまえ、もう行こう。いや風呂だけ使っていくか?どうせ夜まで人間達は動けまい」
「確かにお風呂に関しては魅力的だけど、……もう少しだけ」
「ここは汗臭いから早く出たいが……仕方ない。付き合ってやっても良い!」
「ありがとうアン」
その場でムン、と胸を張るアンの頭を撫でて再度耳を澄ませた。重いグラスがぶつかるような音と、やはり、女性の声が聞こえる。下の方から聞こえた気がして、私は軽く目を伏せたまま踵で板張りの床を叩いた。
アンは仕方無さそうに息を吐くと、上から下へ勢いをつけて床へと爪を立てる。ぐしゃりという音とともに木目に穴が開いた。その姿からは想像も出来ない程の力だ。
空いた穴から中を覗く。船の造りは知らないが、妙に空間があるように思えた。
修道服の裾が引っかからないようにたくし上げて、床の切れ目から下へと足を下ろす。中は薄暗いが、アンには中が良く見えたのだろう。ぐるる、と不機嫌そうに一鳴きすると彼はなまえを置いてとっとと中へ進み、壁際にあったのだろう照明のスイッチを入れた。
「……」
丸い、大きな水槽へまるでスポットライトのように光が当たった。その中にいるのは知識でしかしらない生き物が、一人。
人魚だ。
「……!!」
水槽の中からどうにか出ようと、水の中から拳を叩きつけていたであろうその拳は赤く腫れていた。血に濡れるその手首と細い首には輪っかと鎖が付いている。
人魚の少女も私を見て驚いたのだろう、先ほどまで繰り返されていた動きが止まった。
スポットライトからそっと目を離し周りを見れば、壁一面に檻が積み重ねられているのがわかった。殆どは空であったけれど、間隔を開けていくつかの檻の中でガリガリに痩せた獣がその目をギラリと光らせ私を睨んでいる。
ああ、不愉快。私以上にそれを感じたのだろうアンは、顔中に皺を寄せて無防備に檻へと近づき一つ吠えた。やや高いその鳴き声で会話をしている。
獣の唸り声をアンに任せてそっと水槽に近づいた。人魚の少女は何かを伝えようと口を動かしているけれど、厚い水槽の壁で声は通らない。もしくは水の中だからだろうか。そっと微笑みかけようとして、水槽に反射した自分が面をつけているのが見えた。暗い部屋にそっと浮かび上がる白い面と翼はきっと彼女にとって、私の想像以上に恐ろしかっただろう。
「今、出してあげるからね」
謝罪の意味も込めて面を取った。”人間”には晒さないこの顔だけれど人魚であるなら話は違う。彼女は私と同じだと、勝手に親近感を感じていた。
水槽に片手をつけて、そっと少女の顔を覗き込む。目を丸くして、ヒトデを抱きしめる彼女に今度こそ微笑みかけた。
「神よ、我が手を阻む壁を、壊す力を私に」
手のひらを付けたまま、ぐっと力を入れていく。少しずつ、少しずつガラスで出来たその壁が手のひらの形に凹んでいき、ピシリと小さな音を立てた。それをきっかけに水が漏れ始める。後ろではアンも同じように――彼の場合は自力で――檻を壊しているのだろう、金属がきしむ音が聞こえていた。
小さな亀裂が徐々に大きくなっていく。身体が濡れ修道服が体のラインを露わにしていくが、構わず少女に近づいて手を伸ばす。
「おいで。 逃げよう。此処から。私が守ってあげる」
いつか、私が言われた言葉だった。
私の手を超え直接抱き着いてきた細身の身体を片手で抱きしめる。彼女に回していない方の手で、首と手首を繋ぐ鎖を握り潰した。そろそろ効果が切れてしまうだろうから先にこれだけでも千切ってしまわなくては。
「う……!うぇぇ……っ!!」
言葉にならない泣き声を聞くといつかの自分を思い出す。サボも、こんな気持ちだったのだろうか。
あの日聞けなかった彼の心を想像したけれど上手く考えられない。何を、思っていたの。サボ。どうして、助けてくれたの。
小さな人魚を自分と重ね合わせても、彼と同じ言葉を口から吐き出しても。今の私には何にも分からない。
表情も無く少女を抱き上げたなまえを、アンだけが見ていた。