なまえが助けた少女はケイミーと名乗った。彼女はうっかり海獣に捕食されてしまい、命からがら逃げだしたけれど、人間に見つかり今に至るのだという。

 暗い部屋にいつまでも居たくなかったなまえとアンは、猛獣を背後に引き連れ看板に出た。すでに太陽は海へ落ち星々が船を照らしていた。忘れて放置していた海賊たちは変わらずそこに倒れ付している。
 死んではいないはずなので、男たちを手分けしてロープでぐるぐる巻きにし、マストへ括りつけたがいまだに目覚める気配は無かった。
 やりすぎてしまったなぁと反省しつつ、なまえは作業中に話された少女の身の上話に相槌を打った。

「なんとも波乱万丈な……」
「そうなの! でも、こうして貴女に助けて貰えた……!本当にありがとう! ところで、貴女って羽の生えた人間、で良いのかな?それとも人鳥?」
「……」

 突然の問いに閉口する。幼い頃であれば人間だ、と怒りもしたかもしれないけれど。
 その答えは私が一番知りたいところだった。人間には人間扱いされず、かといって鳥としても生きられない。宙ぶらりんなままなまえはこんなところまで来てしまった。グランドラインと呼ばれる、こんなところまで。
 
 看板に座ったケイミーは、答えられないなまえを見上げ首を傾げる。複雑そうな顔をした彼女に何を思ったのか、ケイミーは彼女の濡れた服の裾を掴むと口を開いた。

「もしよかったら、お礼をさせて! 此処が何処かわからないけれど、わたし、魚人島からきたの!きっとなまえちんも気に入るよ!とっても楽しくてね、皆仲が良くって、 あっ!こっちの子はパッパグっていうの!デザイナーを目指していてね……」

 一所懸命に喋る彼女の意図を察して、意識して顔を綻ばす。身体つきはなまえより少し小さいぐらいだ――胸部に関しては既に彼女のほうが発達しているように見える――けれど、その心は未だ幼く純真な少女のようだった。ついさっきまで人間に捕まって、手首は鎖に擦れて血が出ていたというのに、ケイミーはなまえの心を慮ってくれているのだ。
 優しい、いい子。彼女の手の中でヒトデが暴れているけれど、一旦それは見ないふりをした。
 表情も無くケイミーを撫でるなまえの瞳は心なしか優しい。ささくれ立っていた心が少し、満たされる。

「ありがとうケイミー。 そしたら、魚人島に是非行かないとね。連れて行ってくれる?」
「勿論だよ!」

 そう笑って返事をした彼女を止めたのはパッパグと呼ばれたヒトデだった。
 彼はなまえに内容が聞こえないようケイミーをマストから離れた船縁に連れて行くと小声で叱りつけた。正直この距離でも聞こえてしまうのだけれど……。そう思ったが、彼らを怖がらせたいわけではないなまえは親切心から視線を外してやることにした。

「なまえ、こっちもおわったぞ。こいつらは森のある島ならどこでも生きていけるだろう。元居た場所はこの私でもわからん」
「アン」

 パッパグとケイミーと入れ替わるようにして近づいてきたアンが言う。彼が解放した獣たちは思い思いの場所でくつろいでいた。マストに繋がる人間に噛みつこうとした大柄な猫のような獣にアンが鋭く吠えると、獣は仕方無さそうに人間から離れる。
 獣は序列の生き物だ。今この船で一番の上位者はアンで、その次が私。その下が自分達だと納得している彼らは、アンの命令を良く聞いた。

「で、あれは何をしている?隠しているつもりなのだろうが、丸聞こえだぞ」
「はは、お説教、かな」

 アンの言う通りパッパグの説教の声は彼が思うより大きい。
 気を使ったにもかかわらず内容は丸聞こえだった。

「ケェイミぃ〜〜!! あの翼!見ただろう! あいつらが”天使”だよぉ! 人攫いや海賊がこぞって探し求めてる天使だ!!あんな目立つやつらを島に連れてこうとしたら俺らまで捕まるのが落ちだ!」
「で、でもパッパグ、なまえちんは私たちを助けてくれたんだよ!お礼をしたい!!」
「ここの海賊達も言ってたじゃねェか!天使の噂を!! 天使が悪いってわけじゃねェのは分かる……!むしろ同情だって……! けど!島まで同行は反対だ!!」

 苦笑いが漏れたと思ったけれど、なまえの表情は変わらない。アンは詰まらなそうに人魚達を見て、なまえを見て、器用にも片眉を上げた。

「なまえ。お前……随分となじんだな」


*


「グランドラインで流行っている、天使の噂を知っているか?」

 そう声を上げたのはスカルだ。悪趣味にも全身を髑髏の意匠で固めた彼の趣味は、髑髏集めと情報収集。
 看板で仰向けに寝転びオオヤマネコのコタツを枕にして空を見上げる我らが船長は、彼の言葉に不機嫌そうに答えた。我らが船長、火拳のエースのそんな態度が少し珍しくて、俺はまじまじと彼を見つめてしまう。スカルも同じだ。

「テンシだぁ……?」
「お、おう。何だいエースの旦那、あんたにしては興味があんのか、ねェのか、分かりづらい」
「あー……興味、興味ね。あるある。で?」
「何ですかい、調子の狂う……。まァ、その天使ってのがグランドライン前半の島々を飛び回ってるんですってよ。何でもその天使は悪魔の実の能力者を狩っているだとか、悪人を裁いて回ってるだとか、微笑まれると幸運が舞い降りるとか……天使は、死者を甦らせることが出来る、とかね。今や海賊から貴族から、こぞって天使を探してるらしいですぜ」

 なんだそりゃ。それが俺の……このスペードの海賊団の副船長であるマスクド・デュースの素直な感想だった。エースも恐らく同じだったのだろう。先ほどまで上げていた頭を再度コタツに乗せ、トレードマークのテンガロンハットで顔を隠した。
 航海は順調で、波は静か。これがいつまでも続かないのがグランドラインの常識ではあったけれど、だからといっていつまでも気を張っているのはバカのすることだ。この船は今のところ、順調に次の島へと向かっている。
 ようするに俺もエースも暇だったのだ。
 
 解散解散、とばかりに寝入ろうとするエースに看板から離れようとする俺。それを察知したスカルは慌てて両手を振りつつ声を上げた。

「いやいや、待てってお二方。実はこの”天使”、本物らしいですぜ」
「本物って何だよ……自称か多称か知らねぇけど、随分かわいらしい二つ名の、所詮賞金稼ぎかなんかだろ? オチとしては、賞金稼ぎが悪どい手口で海賊集めてるとかか?」
「ちげぇ、ちげぇんだよ。なんとその天使の背にはーー本当に羽が生えてんだ!純白の、空を飛ぶ羽が!んで行く先々で慈善活動して……」

 ギニャァ!
 コタツの悲痛な泣き声にスカルと揃ってエースを見る。エースから炎が立ち上っており、燃えてはいないが驚いたのだろう、コタツは文句を言うように再び鳴いた。
 いまだ身体を横たわらせているエースの、目深に被られたハットからギラリと覗く眼がスカルを見返している。彼の首にかかるシルバーの十字架に炎が反射するのが、妙に目に付いた。

「その話。もっと聞かせてくれ……!」



 一つ前の島で仕入れたらしいスカルの情報によると、天使は黒い修道服を着て、ベールで髪を隠し、その背中には真っ白な双翼が生えている。そして船を使わず空を飛んで島々を行くのだとか。隣には空飛ぶ犬を連れていて、島々で慈善活動をし、悪人には裁きをくだす。
 裁きってなんだよ、と突っ込んでみたけれど、天使と呼ばれる女と犬が海賊を簀巻きにして海軍に連れていったということしか分からないらしい。手法は分からないがそこそこの手練れなのだろう。
 それにしても。

「ほぉぉ、へぇぇ、テンシサマ、ねぇ」

 にたりと悪い笑みを浮かべている船長は、スカルを質問攻めにしては目を細める。急に生き生きとしだしたエースは堪え切れないと言ったように声を上げて笑い始めた。

「くく、あっはっはっは!!」

 船中に響いた笑い声に、なんだなんだと仲間たちがあちらそちらから顔を出す。視線を一身に受けているにも関わらず、エースは口元を顔ごと片手で覆い笑っている。いつもとは違う、明らかにおかしな様子のエースに溜まらず声をかけた。

「お、おいエース。どうしたんだ、いったい」
「どうもこうもないさ。 いやァ、そうか。テンシサマね。はァ〜、ガキの頃の夢かと思ってたが……まずは会いに行かねェとな……」
「会いに?それはつまり、天使を追うってことか?」
「おう! そうと決まればスカル!天使狩りだ!航路を割り出したい!」

 えっ。えええええええ!?
 俺らの悲鳴も何のその。エースの中ではもう決定事項のようで、にっかりと歯を見せ笑うとスカルを引きずるように連れ船内へ入っていった。
 ああ、こうなったら止められん。呆気にとられたままの仲間達に解散を告げ、俺もエースの後を追うのだった。

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