3
鼻歌を歌い前を歩く男の姿に、今日の船長当番――大体いつも俺だ――である俺ことデュースはため息をついた。重なったため息に隣を見れば、同じく船長当番に任命された――こちらは船長直々に引きずられるようにして船を降りた――スカルも同じように肩を落として歩いている。
此処はマホロバ島。かつて天使が居たと噂されており天使の恰好をして陽気に笑う人々の暮らす、気候の穏やかな春島だ。
天使を追い始めてからというもの我らがキャプテン、エースは何とも機嫌の良さそうな姿でイライラするという器用な所作を見せていた。今も要らぬ賞金稼ぎのちょっかいを力任せに退けたところだ。鼻歌を歌いつつも彼の背中から漏れ出る炎が機嫌の悪さを物語っている。そこそこ長い付き合いであるが、こんなに器用な男とは知らなかった。俺は再度ため息を吐き出した。
「なァデュースの旦那……うちの船長は何であんなキレてるんですかい?」
「俺が知るか。天使が関係してるってことまでは分かるんだが……思うに今日のアレは、あの賞金稼ぎが”天使を捕まえた”と言ったところにあると見た」
「十分わかってるじゃないですかい」
「エースから直接聞いたわけじゃないから、推測だけどな」
物書きには想像力が大事なのだ。いつか冒険記を書く俺にかかれば、エースの行動を想像して現実に落とし込むことなど容易い。と、思っていたのだけれど、じゃあどうして天使に固執するのかという問題に行き当たる。やはり想像は想像に過ぎず俺は首を傾げた。
つい最近このマホロバ島に向かう海賊船に天使が乗っていたのを見たという情報をキャッチして上陸してみたものの、この島にはすでに他の賞金稼ぎやら海賊がわんさかと訪れていた。島の住人は何故か不思議と彼らを恐れてはおらず、天使が島にいるやもと聞くとむしろ喜色満面になっている。
マホロバ島で一番大きな街と言われている此処、エリュシオーヌでは天使の意匠があしらわれている服やアクセサリーを身に着けるもので賑わっていて、天使で街おこしでもしているのかと思われるくらいだった。
「こりゃすげェなァ」
「お、エース、機嫌は直ったか」
「へそ曲げたガキみたいな言い方すんな。上手い飯食ったら直ったわ」
「って自覚あったんですかい」
いつの間に買ったのか屋台に出ている天使焼き(……)という名の焼き鳥を頬ばるエースの顔はケロッとしていて、スカルのツッコミにもカラリとした笑顔で流している。そろそろ天使についての話を聞きたいのだが、と思ってはみるが今はとにかく他の海賊達に先を越されない方が先決かと口を噤んだ。
スカルはそれとなく街の人間から聞いたらしい情報がまとめてある小さなノートを懐から取り出し、エースへと報告するべくそれを開く。
「なんでもこの島には本物の天使が居たらしいですぜ」
「ん?なぁんか含みのある言い方じゃねぇか?」
「数十年前に街を祝福して空に帰ったとか」
「数十年前って……」
「で、その祝福のお陰で街は此処まで栄えたんですと」
何とも気の遠い話だ。本当に噂レベルというか、言い伝えレベルというか。エースも同じように感じたのだろう、顔を顰めて串焼きの串を歯でブラブラと揺らしている。
「まぁそれで、街の人間は天使がこの島に帰ってきた!って喜んでるわけですね」
「ほーん。なるほどな。それで海賊が来てもお構いなし、ってわけだ」
あちらこちらに見える天使の翼の装飾を付けた街の人々は、自らも天使になろうとしているかのようにその背に張りぼての翼を拵えている。勘違いで誘拐にあうんじゃないか?と心配になるほどの呑気さに、俺は頭を掻いた。
少し前を歩いていたエースは誰かを探すように辺りを見ては首裏に手を当てて首を捻っている。
「で、キャプテン様はなァんでそんなに天使に御執着で?」
スカルの言葉に咄嗟にエースを見た。俺も知りたいと思っていたところだったので、スカルの質問は渡りに船だった。
「アー……昔、まァ、会ったことあんだわ」
「え?」
「天使」
俺とスカルの足が止まる。
「「ええええええええええ!?」」
目が飛び出るかと思うほど目を見開いた。おれもスカルもマスクを着けているにも関わらず大口を開け、驚愕に顔が染まっていることが傍目にも分かるほどの衝撃だった。
「えっ!ちょ、聞いてないですぜそんなの!」
「おう、言ってねェからな」
「いやいやいや、会ったことあるって、それ本当に天使か!?天使っていや、お前、あれだぞ!微笑めば幸運がーとか、大金持ちがーとか!!そういうアレだぞ!!」
「あー。あいつのお陰かは知らねェけど、確かに三千万ベリーぐらいはあったかもな」
「さっ、三千万!?」
思わずスカルと手を取りあいエースを見つめる。賑やかな通りは俺達が騒いだところで変わらない。今はむしろ、この賑やかさのお陰で会話の内容が紛れて良かったのかもしれなかった。
「エース、エースや、お前それだけの金があったにもかかわらず漂流したのか」
「その金は置いてきた」
「ゴクリ……三千万を、ですかい?」
「おう、ってそんな話はどうでもいいんだよ。俺は今噂の天使が俺の知ってる天使かどうかが知りてェ」
大金を置いて出航したという彼の大胆さに感心すれば良いのか、それともそれを自慢とも思わぬ彼の懐の広さに感嘆すれば良いのか。スカルは今更慌てて辺りを警戒するように見ていたが、何処もかしこも天使の姿でお祭り騒ぎだ。誰も俺達を気にしちゃいなかった。
雑踏に紛れる天使擬きを見つめる彼の横顔が妙に切なげだったことに気が付いて口を閉じる。すぐに何時ものエースに戻ったけれど、俺は確かに、恋焦がれるものを見つめるような顔をしたエースを見た気がしていた。
☆
しばらくして俺達は船に戻った。収穫は勿論なし。聞けた話と言えば、すでにスカルから聞いたことのあるようなおとぎ話ばかりで今グランドラインを飛び交っているという天使についてはとんと不明。
夜には一度戻ると伝えてあったからか、珍しくクルー全員が船に集まっていた。
「せんちょー、どうします?この島のログが溜まるまで一週間ほどあるんで暫く居るのは良いとして……」
「ここまで収穫無しじゃなァ。エースの旦那、どうします?海賊がこれだけ集まっちまってるんだ、海軍が船引っ張ってくるのも時間の問題ですぜ」
「ん〜〜……そうだなァ。でもなァ……」
ぼりぼりと頭を掻きながら、エースはポケットに右手を突っ込んだ。引き抜かれたその手には、夜の闇にあっても仄かに光輝くような白い羽が一枚握られている。
思わず食い入るようにしてそれを眺めて居れば、スカルや他のクルー達も惹きつけられるようにしてそれを見ているのに気づき、前のめりになろうとしていた身体を戻す。
「エースさん、それは?」
冷静に声をかけたのはミハールだ。船室から顔だけを出してこちらを覗いている彼の眼鏡がきらりと光った気がして、エースも俺も其方に顔を向ける。特徴的な髭を撫でながらミハール……通称先生は、何とも興味深そうにエースの手元の羽を見ている。
「これは……昔、ガキの頃に会った天使の羽だな。なぁんかこう、上手いこと良い感じにこう……出来ねぇかなって」
「全てが曖昧ッ!! って、それ、本物か……?」
「多分な。昔っからずっと、無くしたと思っても気づいたら戻ってくるんだよな」
「……呪われてんじゃねェか?それ」
不思議な魅力に引き寄せられるようにして魅入っていた俺達はエースの言葉に我に変えった。それ、普通に怖くないか?呪いのアイテムと言われても納得出来てしまうような逸話に、俺は前に出していた一歩を後ろに戻した。
「その羽の真贋はともかく、先ほど海軍と思わしき伝播を受信しましたよ。何でも”天使に助けられた、迎えに来て欲しい”とかなんとか」
ミハールの言葉に一瞬静寂が走る。波が浜辺に打ち付けられる音だけが響いた。
「「早く言えよ!!」」
今ちょうどその話してただろ!そういわんばかりに俺達は手のひらを揃え突っ込んだ。エースまでもが大口を開けてミハールが居る船室を睨みつけている。にわかに船中が沸き立つようだった。
突然のエースの思いつきに振り回されていた俺達だが、今では本当に天使に会ってみたいと皆が思っていた。「それじゃあ早速準備を……」と船室へ頭を引っ込めたミハールを追うようにしてエースが中に入り、それに続いて魚人のウォレスが続き、スカルが続き、その後ろをオオヤマネコのコタツがネズミを追うようにして雪崩込み、中から押しつぶされたのであろう前三人の呻き声が甲板まで上がる。
それを笑いながら俺も「夜の航海は危ないから、万全を期さないとな」と、中へ続くのだった。
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此処はマホロバ島。かつて天使が居たと噂されており天使の恰好をして陽気に笑う人々の暮らす、気候の穏やかな春島だ。
天使を追い始めてからというもの我らがキャプテン、エースは何とも機嫌の良さそうな姿でイライラするという器用な所作を見せていた。今も要らぬ賞金稼ぎのちょっかいを力任せに退けたところだ。鼻歌を歌いつつも彼の背中から漏れ出る炎が機嫌の悪さを物語っている。そこそこ長い付き合いであるが、こんなに器用な男とは知らなかった。俺は再度ため息を吐き出した。
「なァデュースの旦那……うちの船長は何であんなキレてるんですかい?」
「俺が知るか。天使が関係してるってことまでは分かるんだが……思うに今日のアレは、あの賞金稼ぎが”天使を捕まえた”と言ったところにあると見た」
「十分わかってるじゃないですかい」
「エースから直接聞いたわけじゃないから、推測だけどな」
物書きには想像力が大事なのだ。いつか冒険記を書く俺にかかれば、エースの行動を想像して現実に落とし込むことなど容易い。と、思っていたのだけれど、じゃあどうして天使に固執するのかという問題に行き当たる。やはり想像は想像に過ぎず俺は首を傾げた。
つい最近このマホロバ島に向かう海賊船に天使が乗っていたのを見たという情報をキャッチして上陸してみたものの、この島にはすでに他の賞金稼ぎやら海賊がわんさかと訪れていた。島の住人は何故か不思議と彼らを恐れてはおらず、天使が島にいるやもと聞くとむしろ喜色満面になっている。
マホロバ島で一番大きな街と言われている此処、エリュシオーヌでは天使の意匠があしらわれている服やアクセサリーを身に着けるもので賑わっていて、天使で街おこしでもしているのかと思われるくらいだった。
「こりゃすげェなァ」
「お、エース、機嫌は直ったか」
「へそ曲げたガキみたいな言い方すんな。上手い飯食ったら直ったわ」
「って自覚あったんですかい」
いつの間に買ったのか屋台に出ている天使焼き(……)という名の焼き鳥を頬ばるエースの顔はケロッとしていて、スカルのツッコミにもカラリとした笑顔で流している。そろそろ天使についての話を聞きたいのだが、と思ってはみるが今はとにかく他の海賊達に先を越されない方が先決かと口を噤んだ。
スカルはそれとなく街の人間から聞いたらしい情報がまとめてある小さなノートを懐から取り出し、エースへと報告するべくそれを開く。
「なんでもこの島には本物の天使が居たらしいですぜ」
「ん?なぁんか含みのある言い方じゃねぇか?」
「数十年前に街を祝福して空に帰ったとか」
「数十年前って……」
「で、その祝福のお陰で街は此処まで栄えたんですと」
何とも気の遠い話だ。本当に噂レベルというか、言い伝えレベルというか。エースも同じように感じたのだろう、顔を顰めて串焼きの串を歯でブラブラと揺らしている。
「まぁそれで、街の人間は天使がこの島に帰ってきた!って喜んでるわけですね」
「ほーん。なるほどな。それで海賊が来てもお構いなし、ってわけだ」
あちらこちらに見える天使の翼の装飾を付けた街の人々は、自らも天使になろうとしているかのようにその背に張りぼての翼を拵えている。勘違いで誘拐にあうんじゃないか?と心配になるほどの呑気さに、俺は頭を掻いた。
少し前を歩いていたエースは誰かを探すように辺りを見ては首裏に手を当てて首を捻っている。
「で、キャプテン様はなァんでそんなに天使に御執着で?」
スカルの言葉に咄嗟にエースを見た。俺も知りたいと思っていたところだったので、スカルの質問は渡りに船だった。
「アー……昔、まァ、会ったことあんだわ」
「え?」
「天使」
俺とスカルの足が止まる。
「「ええええええええええ!?」」
目が飛び出るかと思うほど目を見開いた。おれもスカルもマスクを着けているにも関わらず大口を開け、驚愕に顔が染まっていることが傍目にも分かるほどの衝撃だった。
「えっ!ちょ、聞いてないですぜそんなの!」
「おう、言ってねェからな」
「いやいやいや、会ったことあるって、それ本当に天使か!?天使っていや、お前、あれだぞ!微笑めば幸運がーとか、大金持ちがーとか!!そういうアレだぞ!!」
「あー。あいつのお陰かは知らねェけど、確かに三千万ベリーぐらいはあったかもな」
「さっ、三千万!?」
思わずスカルと手を取りあいエースを見つめる。賑やかな通りは俺達が騒いだところで変わらない。今はむしろ、この賑やかさのお陰で会話の内容が紛れて良かったのかもしれなかった。
「エース、エースや、お前それだけの金があったにもかかわらず漂流したのか」
「その金は置いてきた」
「ゴクリ……三千万を、ですかい?」
「おう、ってそんな話はどうでもいいんだよ。俺は今噂の天使が俺の知ってる天使かどうかが知りてェ」
大金を置いて出航したという彼の大胆さに感心すれば良いのか、それともそれを自慢とも思わぬ彼の懐の広さに感嘆すれば良いのか。スカルは今更慌てて辺りを警戒するように見ていたが、何処もかしこも天使の姿でお祭り騒ぎだ。誰も俺達を気にしちゃいなかった。
雑踏に紛れる天使擬きを見つめる彼の横顔が妙に切なげだったことに気が付いて口を閉じる。すぐに何時ものエースに戻ったけれど、俺は確かに、恋焦がれるものを見つめるような顔をしたエースを見た気がしていた。
☆
しばらくして俺達は船に戻った。収穫は勿論なし。聞けた話と言えば、すでにスカルから聞いたことのあるようなおとぎ話ばかりで今グランドラインを飛び交っているという天使についてはとんと不明。
夜には一度戻ると伝えてあったからか、珍しくクルー全員が船に集まっていた。
「せんちょー、どうします?この島のログが溜まるまで一週間ほどあるんで暫く居るのは良いとして……」
「ここまで収穫無しじゃなァ。エースの旦那、どうします?海賊がこれだけ集まっちまってるんだ、海軍が船引っ張ってくるのも時間の問題ですぜ」
「ん〜〜……そうだなァ。でもなァ……」
ぼりぼりと頭を掻きながら、エースはポケットに右手を突っ込んだ。引き抜かれたその手には、夜の闇にあっても仄かに光輝くような白い羽が一枚握られている。
思わず食い入るようにしてそれを眺めて居れば、スカルや他のクルー達も惹きつけられるようにしてそれを見ているのに気づき、前のめりになろうとしていた身体を戻す。
「エースさん、それは?」
冷静に声をかけたのはミハールだ。船室から顔だけを出してこちらを覗いている彼の眼鏡がきらりと光った気がして、エースも俺も其方に顔を向ける。特徴的な髭を撫でながらミハール……通称先生は、何とも興味深そうにエースの手元の羽を見ている。
「これは……昔、ガキの頃に会った天使の羽だな。なぁんかこう、上手いこと良い感じにこう……出来ねぇかなって」
「全てが曖昧ッ!! って、それ、本物か……?」
「多分な。昔っからずっと、無くしたと思っても気づいたら戻ってくるんだよな」
「……呪われてんじゃねェか?それ」
不思議な魅力に引き寄せられるようにして魅入っていた俺達はエースの言葉に我に変えった。それ、普通に怖くないか?呪いのアイテムと言われても納得出来てしまうような逸話に、俺は前に出していた一歩を後ろに戻した。
「その羽の真贋はともかく、先ほど海軍と思わしき伝播を受信しましたよ。何でも”天使に助けられた、迎えに来て欲しい”とかなんとか」
ミハールの言葉に一瞬静寂が走る。波が浜辺に打ち付けられる音だけが響いた。
「「早く言えよ!!」」
今ちょうどその話してただろ!そういわんばかりに俺達は手のひらを揃え突っ込んだ。エースまでもが大口を開けてミハールが居る船室を睨みつけている。にわかに船中が沸き立つようだった。
突然のエースの思いつきに振り回されていた俺達だが、今では本当に天使に会ってみたいと皆が思っていた。「それじゃあ早速準備を……」と船室へ頭を引っ込めたミハールを追うようにしてエースが中に入り、それに続いて魚人のウォレスが続き、スカルが続き、その後ろをオオヤマネコのコタツがネズミを追うようにして雪崩込み、中から押しつぶされたのであろう前三人の呻き声が甲板まで上がる。
それを笑いながら俺も「夜の航海は危ないから、万全を期さないとな」と、中へ続くのだった。