十一歳になって、困ったことと言えばこれだ。

「また身長が伸びた……」

 成長期に入ったのだろう私の身体は、トゥニカの裾を足しても足しても足首を露出してしまうほど身長が伸びていた。
 川の上流にある小さな湖で一つため息をつく。
 トゥニカを脱いで広げると所々にほつれとつぎはぎが見える。黒い布であれば様々な種類を補修に使ってしまったからか、妙に袖や裾が目立っていた。
 
 ここまで来たら新しいものを……ワンピース等を買って、修道服のようにしてもいいのかもしれない。
 そこまで考えて、私は古びたトゥニカを木の枝にかけた。
 暖かい日差し当たりを照らしているとはいえ、木々に囲まれるようにしてあるこの湖は風が冷たい。緑の匂いを吸い込んで湖の淵に腰を掛ける。爪先を水に入れれば、ひんやりとした感覚に肌が粟だった。

「……つめたい」

 冷たい水になれるように足だけをちゃぷちゃぷと遊ばせる。下にタオル代わりの布を敷いて、そっとうつむいた。
 二次性徴の気配がする胸と、ほっそりとしたお腹。太ももはするりと伸びて、湖に差し込まれている足先の皮膚は固い。揺れる水面に映る自身を見ると、どうにも不思議な感覚がする。普段は考えないような違和感を、私は胸の内に隠すように飲み込んだ。
 
 両足を入れ腰を上げれば、身体が沈みへそまで水位があがる。私でも足が付く場所をえらびながら、暖かい陽の光に誘われるように湖の真ん中まで足を進めた。
 肩甲骨から腰まである翼の付け根も水に沈めてそっと足を離した。泳げる。長い髪が背中や翼に張り付くのも気にせず、私は腕と羽を動かして水面をかき分けた。

 此処は私の秘密の場所だった。エースにもサボにも、ルフィにも言ったことのない水浴び場。
 水鳥達が憩いに来る小さな湖は、まるで元からそれが自然だとでも言うように私を受け入れてくれている。

 そおっと仰向けで水に浮かぶ。翼がまるまる水の中に沈むが、どういう原理なのかそれは水を弾き私を押し上げた。そっと見た自分の身体には明確な凹凸が出来始めていた。


 仰向けで浮かぶ私の周りに水鳥が集う。まるで水葬だ。水の中でも動かせる翼を使って推進力を生み、そっと移動しようとすれば、水鳥達もついてきた。ちょっとした陸地のように密集されて、少し面白い。
 胸にそっと手を当てて、私はまたため息をついた。
 ああ、どうして私はオンナノコなのだろう。

 
 
 山賊小屋にルフィの祖父が来たという話を聞いて、慌てて森に来たのはサボだ。鳥達に囲まれ空を駆けていた私はその余りの慌てように目を丸くする。
 なんでも、"ものすげェ化物じいさん"だそうな。
 ルフィとエースはサボと私を逃がすため、そのお祖父さんの相手をしているらしい。

「いやマジでつえェ。いつ帰るか分かんねェけど、なまえはしばらく大樹に隠れてた方がいい」

 おれは二人を助けに行く!と用件だけを伝えて、サボは行ってしまった。
 ……。

 森に取り残された私は、一人ぽつんと首をかしげるのだった。


 そんなこんなで久しぶりの一人。折角だから水浴びをしようとこの湖まで来たわけだ。
 神様は問題ないと言うし、鳥達も三人の様子を見に行っては私に何かを教えてくれようとしているから、無事なのは分かっている。
 鳥達の言葉は分からないが、たぶん、「大丈夫だった」とか、「食べられそうになった」とか。そういうニュアンスを伝えたいのだと思う。

 水の中から岸辺に近づけば、おもむろに一匹の大きな鳥がむきっ、と両羽を持ち上げ力持ちのポーズをしてみせた。そしてその足元には三羽の小さな鳥達がわざとらしく倒れ、足をぷるぷると震わせる。

「ふふ、お祖父さんと稽古、してるのかな?」

 小さな三羽はしゅたっ、と起き上がるとまた大きな鳥に向かい羽で攻撃を仕掛けた。けれど再度大きな鳥にノされて倒れる。それぞれの真似をしているらしい彼らの顔は、何処と無く三人に似ていてまた笑ってしまった。

 濡れた髪の毛を拭きながら笑っていると、気を良くした鳥達は様々な種族が入り乱り、俺も俺もと三人の真似をしだした。
 彼らよりも身体の大きな鳥は、私の肌に嘴が当たらないよう丁寧に羽繕いをしてくれている。
 気付けば小さな湖は鳥達のコロニーのようになっていた。不思議と皆、水溜まりで一度身体を清めて近づいてくるのだから益々面白い。

「あはは!ふふ……もしかして、慰めてくれてるの?」

 先程までの鬱々とした気持ちが、気付けば無くなっていたことに頬を掻く。鳥達と言葉は交わせないし、どうして彼らが私に良くしてくれるのかも分からないけれど、確かに彼らは私を慰めてくれているようだった。
 鳥たちは代わる代わる飛び去っては帰ってきて、私が移動すると彼らもついてくる。一体どうしたというのだろう。小鳥やお隣さんとは交流を持っていたし、一緒に空を飛んだりもした。でも流石に、此処にいる全ての鳥と交流を持った覚えはない。

 不思議に思いつつも今は全裸。子供とはいえ胸も膨らみ始めているし、人並みの羞恥心を持ち合わせていた私は服を着てしまおうとその場を立った。合わせて鳥達も道を開ける。

 ガサリ。
 立ち上がった瞬間背後から音がして、私は慌てて振り返る。此処はエースやサボも知らない場所だ。当然ルフィも知るはずがない。慌てて羽で身体を隠し音の出所である茂みを睨むと、再度、音が。

「だれ!」

 茂みの揺れが大きくなって、鳥たちが一斉に空へと逃げる。大量の鳥たちが羽ばたいたことで一瞬視界が隠されたが、そこに居たのは大柄な男だった。堂々とした出で立ちにむしろこちらが驚いてしまう。
 白い短い髪に、整えられた髪と同じく白い髭。その顔には傷跡がいくつかついている。お花模様のシャツを着て、その肩には木の蔦でぐるぐる巻きにされた何かが抱えられていた。

「おお?なんじゃ、鳥達がさっきっからバッサバッサ来てたのは此処からじゃったか」
「だ……だれ」

 あまりにびっくりしすぎてしまい、同じ問いを繰り返す。羽で隠しているとはいえ後ろからはお尻が丸出しになっているし、これでは空を飛んで逃げることも出来ない。
 老人……というには余りに筋肉質な男は、荷物を抑えていない方の手を上げるとにっこり笑った。

「おう、水浴び中に失礼。わしは 」
「っ!!ぐっ!は、な、ぜ、じじぃ〜〜!!」

 老人の声を遮って、荷物がびちびちと暴れだす。おっとっと、と老人が支えていた手を離せば、ゴロンゴロンと三つの荷物が地面に落ちた。その一つから、エースが蔦を噛み千切り顔を出している。

「エース!?」

 思わず叫ぶと、エースはなまえか!と叫びうねうねと身体を動かした。頭にはコブが出来ていて、鼻血を出したのか鼻にも詰め物がついている。じゃあ、もしかして、残りの二つは。
 今すぐにでも駆け寄りたいけれど、老人への警戒と自身の姿に躊躇して近寄れない。エースは転がされたまま私の姿を視認すると、そのまま石のように固まった。

「全く、せわしない奴らじゃなァ。改めましてワシはガープ。こいつらのじいちゃんじゃ。よろしく」
「え、えっ」
「にしても此処は何とも綺麗な所じゃなー。いやぁ、まさかコルボ山にこんな良いところがあったとは」
「えっあっ」

 ずんずんと近づいてくる老人、ガープはにっかりと笑いつつ辺りを見回している。いや、あの、近づいてこないで……!そう言いたいけれど、私より遥かに大きい身体のガープが近づいてくるたびに、後ろに下がることしかできない。
 彼が怖いという感情よりも、羞恥心で死にそうだった。顔に血液が集中していくのが分かる。
 なんなのこの人ーー!?

「お嬢さんが噂の天使か!」
「じ、じじい!てめェなまえに近づくな!!」
「ぶはっ、し、死ぬかと思った。容赦ねェなルフィのじいさん……!」
「う、うぇえ。さ、サボ、エース、助けてぇ……」
「もがもがもがもが」

 数時間前の静寂はどこへやら。私の秘密の湖は、予想もしなかった来客に大賑わいだ。後ろを向いて走って逃げることも出来ないし、飛ぶことも出来ないし、ガープ、さんが、来るのを止めることも出来ない。四面楚歌だった。
 私の情けない声に反応したのかサボもエースと共に蔦から抜けようと暴れだしたけれど、固く結ばれているのか拘束は解けない。ルフィと思わしき蓑虫に至っては辛うじて目が見えるぐらいで、口元までぐるぐる巻きのままだ。

 ガープさんに追いつかれ、目の前に立たれると彼の巨体がより大きく見えた。後ろには木、前にはルフィ達の祖父である大男。私は裸。どうしろと言うのか。視界の端でエースとサボが頑張っているのが見えるけれど、ガープさんは彼らの抵抗も私の抗議も、すべて無視してニコニコと笑っている。

「いやぁ、にしても本当に羽が生えてるんじゃな。どれどれ」
「えっ」
 
 がばり。わしゃっと掴まれた両翼が開かれる。当然、その中にある私の身体も、陽の光に晒された。

「えっ」

 私の声だけが湖畔に響く。ガープの後ろで転がっていた三人にも、恐らく、私の姿は丸見えだった。

「ぬ!すまんすまん。お嬢さんは裸だったか!男のワシらがおったら着替えられんわな。後ろを向いておるから服は着た方がええぞ。 エースもサボも、女の裸を見るなぞ十年早いわ!ルフィに至っては二十年早ーい!ガッハッハ」

 ガープの手が離れ、また両翼が体の前で交差する。自分の身体を抱きしめていた腕が、首が、頬が、身体中が熱い。まるで血液が沸騰したように、私の身体は赤くなった。
 のしのしと蓑虫三人に近づいたガープは彼らをひょい、と持ち上げると私が見えない様に反対を向かせ、自分もまた背中を向けたままその場で胡坐をかく。
 今。み。見られ。し、知らない人にも、エースにも、サボにも。

「う、え、……うぇぇん!!神様ぁああ!!」

 顔を隠し、私はボロボロの修道服を掴むとその場を逃げるように飛び去った。
 羞恥で涙がいっぱいだ。う、う、なん、何なのあの人……!!
 木々の葉に隠れるようにして空を駆け、途中で鳥達に匿ってもらいながら服を着て、私はダダンさんの胸に飛び込むのだった。

(な!?なんだいアンタ!?)
(ふ、ふぇぇ、だ、ダダンさぁん……が、ガープさんに、はだ、裸見られ、エースとサボにも……うえぇぇぇ)
(はぁ!!?あのじじいこんなガキに手ェ出しやがったのか!?って海兵だろあのじじい!!)
(うぇえええん……!!)

(行っちまったか……うむ、已む無し! ってなんじゃお前ら。打ちどころが悪かったのか)
(……)(……)
(ぶはっ!!やっと取れたァ! あ!じいちゃん、なまえを泣かすなよ!!なまえは一番年上だけど、一番弱いんだぞ!女泣かせるなんてサイテーだ!)
(なんじゃルフィ、いっちょ前に言いおって。だがそうじゃな、あの娘っ子には悪いことをしてしまった。謝りに行くか!)
(じじいてめェはなまえに近づくな!なまえが泣く!)
(そうだそうだ!って、あれ……なんか……空が暗くねェか?)
(!!お、オトナリサンだ!なまえのカタキを取りに来たんだ!)
(ほぉ〜。こりゃデカい!嬢ちゃんの友達か!よし、逃げるぞ!)
((おう!……って縄解いてけジジイ!!))(ぎゃぁああく〜わ〜れ〜るぅ〜〜!!)

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