4
顔が怖い。
それを真正面から見てしまい、思わずベポの大きな身体にがしりと抱きついた。すると何故かベポも私を隠すように抱き締め返すものだから男の形相は益々酷いことになる。
まるで拾った子犬を母親から隠すようなポーズに、食堂にいた他の船員達は苦笑いを堪え、静かに傍観する。ベポの身体は非常に暖かくて心地よいけれど、私もベポも、吹雪の中にいるのではないかと錯覚するほど冷たい視線に晒されていた。
「ベポ……俺は、そいつを、見張っていろと言ったよな……?」
「キャ、キャキャ、キャプテン!見張ってた!見張ってたよ!なまえいいこだった!」
「そんなことは聞いてねェ」
「あ、あの!私が服を貸してほしいって言ったんです……!」
「ええ!? ち、違うんだキャプテン!おれがその……お腹空いちゃって……!」
「いえ!私が差し出がましく食事を作らせてくれと……!!」
堪えきれなかった笑いが食堂の至るところから漏れだす。ベポはどうにか私を隠したいのか、ぎゅうぎゅうと私の身体をローの視線から遮るように抱き締めた。私は彼の腕の隙間から頭を出し手を出し、なんとかローと目を合わせる。
か、顔が怖い……。
身長差の関係で完全に見下ろされている。眉間に皺を寄せ口をひしゃげさせ、ローは苛立たし気に私とベポを見て、それから何かを確認するように食堂を軽く見回した。
そこまで広くない食堂には大きなテーブルが一つあり、その周りには椅子が沢山並べられている。壁には中身の少ない食器棚と、大型の冷蔵庫。少し離れたところにキッチンが備え付けられており、その横にはいつも通り消火用のバケツが置かれていた。
ローの視線が止まる。大きなテーブルの上にはところ狭しと料理が並べられており、食堂中に腹の空かせる匂いを撒き散らしていた。
見たことのある家庭料理から此処にある機材でどう作ったかも分からない肉の丸焼き、大鍋のスープは湯気を上げて食卓の上に鎮座している。
「あ、あの……お、お詫びといいますか、その、コックさんが居ないとのことだったので……。 お口にあえばいいのですが……」
視線がなまえに戻った。白い生地に「白熊」と印字されたTシャツが、丈の短いワンピースのようになっている。背には翼が畳むようにして鎮座しており、伺うようにローを見上げていた。
ベポに抱き付かれながらもどうにか存在をアピールする様は、本当にただの少女にしか見えない。
……なるほど、これがこいつらのアホ面の原因か。
ローは再度周りをぐるりと見渡すと、一つため息をついた。視線の先のクルー達はニヨニヨと気味の悪い笑顔を持ってベポと天使を見つめていたが、ローの視線に気付くとわざとらしく姿勢を正す。
それに何を勘違いしたのかベポが慌ててなまえを抱き締め声を上げた。
「キャプテン、おれ、ちゃんと見てたよ! 船にあったものしか使ってないし、なまえは手を洗ってからご飯作ってたし、それに、味見したらめっちゃ美味しかった!」
「そーゆうことでも無くてだな……」
眉間を揉むローは、テーブルの上どころかキッチンにも料理が置いてあることに気がつき、もう一度ため息をついた。
すると今度はなまえが我も我もと手を上げ言う。
「ま、まだまだ作ります!男の人ばかりですし、これじゃ足りませんよね……!?」
天を見上げるような気分だった。ツッコミが追い付かない。
色々と文句を言いたいところだが、まず何処から手をつけたらいいものか。差し迫ってはこの多すぎる量の料理を、ベポは全て船の物で作ったと言っていたところか。つまり、我が船の保存食は。
「天使屋……お前には色々と言いてェことがあるが、まず、もう、それ以上作るな」
「た、足りますか……?」
「俺の船に百人乗ってるとでも思ってんのか?」
「えっ、でも弟は三人でこの半分の量を……」
「てめェの弟は巨人族か何かか?ア?」
なまえは口元を両手で抑えた。表情は変わらないけれど、その動きで感情が読める。どうやら驚いているらしい。小さな声で「や、やっぱり三人がおかしかったんだ……」と呟き、無表情ながら目をぱちぱちと瞬かせている様はどうにも間の抜けた女だった。
……随分、あの時と様子が違う。
ローは静かに女の様子を観察する。医者としての癖なのか、部外者を警戒してなのか、彼はジロリと決して良くない目付きでなまえを睨んだ。
ひぇ、と再度ベポにーー今度は控えめに抱きつく天使の姿を見て、クルー達は顔を綻ばせる。男所帯の船内は勿論、島に降りたとしても彼女のような少女と関わる事など無いのだ。免疫が無くてもおかしくはない。
二つ名がそうさせるのか、誰も"天使"に対して警戒していない様子だ。それを感じとり、ローは怒りの矛先をクルーにも向けた。
「お前らも何故止めねェ……!」
「うぇっ! い、いやァ、あんまりにも天使ちゃんが一生懸命だったもんで……!」
「そ、それに礼をしてくれるってんなら……なァ?」
「キャプテン、本当に美味しいんだよ!」
旨いか旨くないかは問題ではない。無い、が。
空きっ腹には凶悪な匂いが蔓延している食堂は何処か浮き足立っている。
「あ、あの、本当に助けてくださって、ありがとうございました」
良かったら一口、と出されたのは小さく切られた肉にチーズ、何らかのソースがかけられているクラッカーだ。パーティー会場か此処は。そう思いつつ、ローは最近の食事を思い返す。
確かに、最近は自分たちで作る食事に飽きが来ていたのも確かだ。特にローとベポ、シャチにペンギンの四人は海賊団結成時からの付き合いである。お互いの作る料理に文句なぞ言わないが、レシピの更新なぞしていないので食べなれたメニューばかりになるのも当然の成り行きであった。
そんな中でのこの目新しい料理の山だ。クルー達もこの匂いに抗うことは出来なかっただろう。
なまえはこちらを見て、何故食べないのかと首を傾げている。顔よりも雄弁なその瞳がローを見上げた。
クルー達も息を呑んで見守っている。ローの次の行動によっては、この目の前の料理がゴミになるか彼らの糧になるかの分かれ道になるのだから当然なのかもしれない。
ローは目の前のクラッカーをチラリと一瞥してから、彼女の差し出した皿を通過して、テーブルの上の暖かそうな野菜と魚の煮物の深皿を取った。シャチが慌てて持ってきた箸を受け取る。ゴクリ、と誰かの喉が鳴った。
適当な野菜が箸に摘ままれ持ち上げられる。ローの口に、入った。小さな咀嚼音。
「……」
「……」
「……あの」
「…………まぁ、食えなくはねェな」
その言葉に、天使は口を開けて驚いた顔をした。食堂に来てから、初めて表情筋が仕事をしている。
それから、目を細め、柔らかく微笑んだ。
彼女の眼差しは、何とも甘く、恐ろしい。
ローは飲み込んだ柔らかい野菜の味を一瞬忘れた。
昔、妹が、母親と作った夕食の味を思い出していた。自分が作ったと言いつつ、ほとんどは母が作っていたそれの中で、唯一黒が多い煮物。父は嬉しそうに焦げだらけの煮物を食べて、妹を大袈裟なまでに褒める。そして、自分も、それを口に入れて。天使に向けた物と、同じ言葉を、言った。
妹は俺の言葉に━━
「あ!じゃあ俺も食べる! もー、すっごいお腹減ってたんだよね!ね、ね、キャプテン、いいよね?」
ベポの言葉で現実に引き戻される。何度か瞬きをして、ローは頷いた。
「━━ああ。ついでに、見張り以外の全員呼んで来い。こんだけあるなら残るとは思うが、見張り分も取って置けよ。……船の食糧をほとんど使っちまったんだ。天使屋、お前にはしばらくただ働きで返してもらう」
「えぇ!? え、あ、あの……えっ、保存食って他にあるんじゃないんですか!?」
「だからお前は俺の船を商船か何かだと勘違いしてんのか?」
船の食糧を殆ど使い切って置いて、よくもまぁそこまで惚けた顔が出来るな。そう続けると、なまえは事態を把握したのか顔をサッと青ざめた。
既に無表情に戻っていたが、あわあわと手を顔の前で振り、いや、でも、と何かを言おうとしては口を閉じる姿はどうにも鈍臭い。
おろおろとしつつ、ローを見上げる彼女は牢の中で見た天使よりも幼く見えた。
もしかしたらクルーも同じように感じていたのかもしれないと思い辺り、ローは納得したように心の中で嘆息した。天使の翼が人外感をより際立たせているのだろうか。それとも、彼女の所作によるものか。
気が付けば給仕のように料理を運んだり米のお代わりをよそったりとクルーの面倒を見に食堂を駆け回る天使を見やる。どうにも平和ボケした女だが、物は使い様。
”天使”の御利益とやらを得るというのも悪くない考えだ。いや単純に、久しぶりに食べる自分達以外の食事に胃袋を掴まれただけかもしれないが。目の前に盛られた食事を腹に詰め込みながら、ローは天使に声をかけた。
「天使屋、お前、俺の船に乗れ」
「! あ、え、う、嬉しいですけど……ごめんなさいっ!」
「……人の船の食料をこれだけ使い込んでおいて」
「そ、それとこれとは話が違いませんか!?」
「わぁい、なまえ、一緒に冒険しようよ!おれ毎日なまえのご飯食べたい!」
嬉しそうに笑うベポの言葉に、クルーの何人かが吹き出した。噎せながらもいきり立ち、シャチがベポを指差しながら大声をあげる。
「!? 白熊が天使ちゃんにプロポーズしてんじゃねェぞ!?」
「白熊ですいません……」
「うっ打たれ弱い!? ベポくん、私は嬉しかったよ!ありがとう」
「本当!?あ、でもごめんなまえ、おれメスのクマが好きだから……」
「何でおめェが天使ちゃん振ったみたいな流れにしてんだ白熊ァ!!」
「天使屋、お前の部屋はベポの隣だ」
「いやあの、乗らないですからね!?船には!」
そんなこんなで。なまえはしばらく乗船しながら使い込んだ食料分の働きをする、ということにひとまず落ち着いた。
なんとも賑やかな船中で、なまえは不思議と、寂しくなっている自分がいるのに気が付いていた。
彼らの……人間の、仲間になれれば、どれだけ良いだろう。すっかり私は人間を自分とは別の生き物だと思い込んでしまっている。なまえは胸の内から弾けるようにして湧いた感情を、そっと神へ捧げて、また給仕に徹するべくしゃもじを取った。
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それを真正面から見てしまい、思わずベポの大きな身体にがしりと抱きついた。すると何故かベポも私を隠すように抱き締め返すものだから男の形相は益々酷いことになる。
まるで拾った子犬を母親から隠すようなポーズに、食堂にいた他の船員達は苦笑いを堪え、静かに傍観する。ベポの身体は非常に暖かくて心地よいけれど、私もベポも、吹雪の中にいるのではないかと錯覚するほど冷たい視線に晒されていた。
「ベポ……俺は、そいつを、見張っていろと言ったよな……?」
「キャ、キャキャ、キャプテン!見張ってた!見張ってたよ!なまえいいこだった!」
「そんなことは聞いてねェ」
「あ、あの!私が服を貸してほしいって言ったんです……!」
「ええ!? ち、違うんだキャプテン!おれがその……お腹空いちゃって……!」
「いえ!私が差し出がましく食事を作らせてくれと……!!」
堪えきれなかった笑いが食堂の至るところから漏れだす。ベポはどうにか私を隠したいのか、ぎゅうぎゅうと私の身体をローの視線から遮るように抱き締めた。私は彼の腕の隙間から頭を出し手を出し、なんとかローと目を合わせる。
か、顔が怖い……。
身長差の関係で完全に見下ろされている。眉間に皺を寄せ口をひしゃげさせ、ローは苛立たし気に私とベポを見て、それから何かを確認するように食堂を軽く見回した。
そこまで広くない食堂には大きなテーブルが一つあり、その周りには椅子が沢山並べられている。壁には中身の少ない食器棚と、大型の冷蔵庫。少し離れたところにキッチンが備え付けられており、その横にはいつも通り消火用のバケツが置かれていた。
ローの視線が止まる。大きなテーブルの上にはところ狭しと料理が並べられており、食堂中に腹の空かせる匂いを撒き散らしていた。
見たことのある家庭料理から此処にある機材でどう作ったかも分からない肉の丸焼き、大鍋のスープは湯気を上げて食卓の上に鎮座している。
「あ、あの……お、お詫びといいますか、その、コックさんが居ないとのことだったので……。 お口にあえばいいのですが……」
視線がなまえに戻った。白い生地に「白熊」と印字されたTシャツが、丈の短いワンピースのようになっている。背には翼が畳むようにして鎮座しており、伺うようにローを見上げていた。
ベポに抱き付かれながらもどうにか存在をアピールする様は、本当にただの少女にしか見えない。
……なるほど、これがこいつらのアホ面の原因か。
ローは再度周りをぐるりと見渡すと、一つため息をついた。視線の先のクルー達はニヨニヨと気味の悪い笑顔を持ってベポと天使を見つめていたが、ローの視線に気付くとわざとらしく姿勢を正す。
それに何を勘違いしたのかベポが慌ててなまえを抱き締め声を上げた。
「キャプテン、おれ、ちゃんと見てたよ! 船にあったものしか使ってないし、なまえは手を洗ってからご飯作ってたし、それに、味見したらめっちゃ美味しかった!」
「そーゆうことでも無くてだな……」
眉間を揉むローは、テーブルの上どころかキッチンにも料理が置いてあることに気がつき、もう一度ため息をついた。
すると今度はなまえが我も我もと手を上げ言う。
「ま、まだまだ作ります!男の人ばかりですし、これじゃ足りませんよね……!?」
天を見上げるような気分だった。ツッコミが追い付かない。
色々と文句を言いたいところだが、まず何処から手をつけたらいいものか。差し迫ってはこの多すぎる量の料理を、ベポは全て船の物で作ったと言っていたところか。つまり、我が船の保存食は。
「天使屋……お前には色々と言いてェことがあるが、まず、もう、それ以上作るな」
「た、足りますか……?」
「俺の船に百人乗ってるとでも思ってんのか?」
「えっ、でも弟は三人でこの半分の量を……」
「てめェの弟は巨人族か何かか?ア?」
なまえは口元を両手で抑えた。表情は変わらないけれど、その動きで感情が読める。どうやら驚いているらしい。小さな声で「や、やっぱり三人がおかしかったんだ……」と呟き、無表情ながら目をぱちぱちと瞬かせている様はどうにも間の抜けた女だった。
……随分、あの時と様子が違う。
ローは静かに女の様子を観察する。医者としての癖なのか、部外者を警戒してなのか、彼はジロリと決して良くない目付きでなまえを睨んだ。
ひぇ、と再度ベポにーー今度は控えめに抱きつく天使の姿を見て、クルー達は顔を綻ばせる。男所帯の船内は勿論、島に降りたとしても彼女のような少女と関わる事など無いのだ。免疫が無くてもおかしくはない。
二つ名がそうさせるのか、誰も"天使"に対して警戒していない様子だ。それを感じとり、ローは怒りの矛先をクルーにも向けた。
「お前らも何故止めねェ……!」
「うぇっ! い、いやァ、あんまりにも天使ちゃんが一生懸命だったもんで……!」
「そ、それに礼をしてくれるってんなら……なァ?」
「キャプテン、本当に美味しいんだよ!」
旨いか旨くないかは問題ではない。無い、が。
空きっ腹には凶悪な匂いが蔓延している食堂は何処か浮き足立っている。
「あ、あの、本当に助けてくださって、ありがとうございました」
良かったら一口、と出されたのは小さく切られた肉にチーズ、何らかのソースがかけられているクラッカーだ。パーティー会場か此処は。そう思いつつ、ローは最近の食事を思い返す。
確かに、最近は自分たちで作る食事に飽きが来ていたのも確かだ。特にローとベポ、シャチにペンギンの四人は海賊団結成時からの付き合いである。お互いの作る料理に文句なぞ言わないが、レシピの更新なぞしていないので食べなれたメニューばかりになるのも当然の成り行きであった。
そんな中でのこの目新しい料理の山だ。クルー達もこの匂いに抗うことは出来なかっただろう。
なまえはこちらを見て、何故食べないのかと首を傾げている。顔よりも雄弁なその瞳がローを見上げた。
クルー達も息を呑んで見守っている。ローの次の行動によっては、この目の前の料理がゴミになるか彼らの糧になるかの分かれ道になるのだから当然なのかもしれない。
ローは目の前のクラッカーをチラリと一瞥してから、彼女の差し出した皿を通過して、テーブルの上の暖かそうな野菜と魚の煮物の深皿を取った。シャチが慌てて持ってきた箸を受け取る。ゴクリ、と誰かの喉が鳴った。
適当な野菜が箸に摘ままれ持ち上げられる。ローの口に、入った。小さな咀嚼音。
「……」
「……」
「……あの」
「…………まぁ、食えなくはねェな」
その言葉に、天使は口を開けて驚いた顔をした。食堂に来てから、初めて表情筋が仕事をしている。
それから、目を細め、柔らかく微笑んだ。
彼女の眼差しは、何とも甘く、恐ろしい。
ローは飲み込んだ柔らかい野菜の味を一瞬忘れた。
昔、妹が、母親と作った夕食の味を思い出していた。自分が作ったと言いつつ、ほとんどは母が作っていたそれの中で、唯一黒が多い煮物。父は嬉しそうに焦げだらけの煮物を食べて、妹を大袈裟なまでに褒める。そして、自分も、それを口に入れて。天使に向けた物と、同じ言葉を、言った。
妹は俺の言葉に━━
「あ!じゃあ俺も食べる! もー、すっごいお腹減ってたんだよね!ね、ね、キャプテン、いいよね?」
ベポの言葉で現実に引き戻される。何度か瞬きをして、ローは頷いた。
「━━ああ。ついでに、見張り以外の全員呼んで来い。こんだけあるなら残るとは思うが、見張り分も取って置けよ。……船の食糧をほとんど使っちまったんだ。天使屋、お前にはしばらくただ働きで返してもらう」
「えぇ!? え、あ、あの……えっ、保存食って他にあるんじゃないんですか!?」
「だからお前は俺の船を商船か何かだと勘違いしてんのか?」
船の食糧を殆ど使い切って置いて、よくもまぁそこまで惚けた顔が出来るな。そう続けると、なまえは事態を把握したのか顔をサッと青ざめた。
既に無表情に戻っていたが、あわあわと手を顔の前で振り、いや、でも、と何かを言おうとしては口を閉じる姿はどうにも鈍臭い。
おろおろとしつつ、ローを見上げる彼女は牢の中で見た天使よりも幼く見えた。
もしかしたらクルーも同じように感じていたのかもしれないと思い辺り、ローは納得したように心の中で嘆息した。天使の翼が人外感をより際立たせているのだろうか。それとも、彼女の所作によるものか。
気が付けば給仕のように料理を運んだり米のお代わりをよそったりとクルーの面倒を見に食堂を駆け回る天使を見やる。どうにも平和ボケした女だが、物は使い様。
”天使”の御利益とやらを得るというのも悪くない考えだ。いや単純に、久しぶりに食べる自分達以外の食事に胃袋を掴まれただけかもしれないが。目の前に盛られた食事を腹に詰め込みながら、ローは天使に声をかけた。
「天使屋、お前、俺の船に乗れ」
「! あ、え、う、嬉しいですけど……ごめんなさいっ!」
「……人の船の食料をこれだけ使い込んでおいて」
「そ、それとこれとは話が違いませんか!?」
「わぁい、なまえ、一緒に冒険しようよ!おれ毎日なまえのご飯食べたい!」
嬉しそうに笑うベポの言葉に、クルーの何人かが吹き出した。噎せながらもいきり立ち、シャチがベポを指差しながら大声をあげる。
「!? 白熊が天使ちゃんにプロポーズしてんじゃねェぞ!?」
「白熊ですいません……」
「うっ打たれ弱い!? ベポくん、私は嬉しかったよ!ありがとう」
「本当!?あ、でもごめんなまえ、おれメスのクマが好きだから……」
「何でおめェが天使ちゃん振ったみたいな流れにしてんだ白熊ァ!!」
「天使屋、お前の部屋はベポの隣だ」
「いやあの、乗らないですからね!?船には!」
そんなこんなで。なまえはしばらく乗船しながら使い込んだ食料分の働きをする、ということにひとまず落ち着いた。
なんとも賑やかな船中で、なまえは不思議と、寂しくなっている自分がいるのに気が付いていた。
彼らの……人間の、仲間になれれば、どれだけ良いだろう。すっかり私は人間を自分とは別の生き物だと思い込んでしまっている。なまえは胸の内から弾けるようにして湧いた感情を、そっと神へ捧げて、また給仕に徹するべくしゃもじを取った。